第二章 神様にもらったスキル鑑定・奪取・譲渡のチート3点セットで異世界でスキル屋さんやってます
第12話 ペア
再びの光の奔流の中を通り抜けて戻ってきた、現代日本のオフィス空間。明るい照明と適温に管理された室内。清潔感のある什器や家具類。
間違ってもモンスターなど出現しない安心感にほっとする。僕は応接エリアのガラステーブルに残ってたペットボトルのお茶をもらって喉を
「あら、もう届いてるわね」
そう言って早百合さんは入り口そばに設置されたレターボックスから大きな封筒を手に取る。
テーブルに広げられたその中身は書類の束。
「これ、圭一君の入社手続きの書類よ。まずは職員コードだけは作れるように履歴書と諸々の承諾書にサインだけしてくれればいいから」
「住所の記入欄とかありますけどどうすればいいんですか?」
「それはこっちで入れとくわ。この近くに私が個人所有するアパートがあるから、そこに一室用意するわね」
って事は僕は今後はひとり暮らしするわけか。家事はまあ何とかなると思うし、何よりこれって女の子が訪問してくるような嬉しいイベントが発生する可能性が。
給湯室で土龍の魔石を洗ってた藤沢さんが戻ってくるのを目に、そんなことを夢見る。
その彼女は早百合さんに話かける。
「ところで予定だと早百合さんってこれから別の異世界に行くことになってますよね。真上さんも同行されるんですか?」
えっ、もう次の異世界へ?
「うーん、そうね。ここに居ると圭一君の処遇にとやかく言う連中が来るかもしんないし…………よし、圭一君。これから簡単な任務があるの。肩慣らしにちょうどいいから一緒に行きましょ」
早百合さんの言葉を受けたのは藤沢さん。
「じゃあ私も汚れた服を替えてきますね」
「えっ、ゆづちゃんも着いてくる気なの?」
えっ、まさか藤沢さん来れないの?
話が違いますよという僕の咎める視線を流して、早百合さんは立ち上がりオフィスデスクの方に近寄る。
「ほらこれ」と数枚の文書を掲げる。
「未成年を無許可で渡界させた件の始末書。ゆづちゃんを何度かこっそり異世界に連れてったけど、それがバレて問題になったじゃない。法務部の連中って何かって言うと私を目の敵にして絡んでくるのよね」
「それ代筆したのは私なんですが……」
「法律に縛られるつもりはないけど、しばらくは控えとくわ。成人するまでもうちょっと我慢なさい」
指を頬に当て考え込むような仕草をした藤沢さん。
「でもいいんですか? 真上さんが加入されたとなりますと、当然現地での作業ノルマが増えますよね。……事務作業も」
その言葉に早百合さんがびくっと肩を震わせた。
「今までは早百合さんお一人ですので荒事だけ
「うっ……」
「いいじゃないですか。真上さんがいれば渡界予算は軽減するんですよね? 私達がこっそり加わっても大丈夫なのでは? それに誰かが真上さんを守らないと」
「それは私が―――」
「早百合さん、絶対現地で真上さん放ってモンスター狩りに行きますよね」
「そんなこと……ない……と思うわよ」
「絶対行きますよ」
藤沢さんの断言に早百合さんが口を尖らせるも「まあちょっとは行くかも……」と横を向きぼそっと。
「うわっ」ほんとに大丈夫かな、僕。
「事務作業の補助と、現地での真上さんの護衛。私達を連れて行かない選択肢は無いと思いますが?」
書類仕事のサポートを取引に藤沢さんが同行許可を迫る。
うーん、早百合さんは事務仕事苦手なんだろうか。見た目は女教師や敏腕秘書っぽくって、僕の提出した書類のちょっとした誤字や計算ミスを細かく指摘されて厳しい指導を受けたい感があるんだが。
ふふふ、こんなにミスの多い子はじっくりと手取り教えてあげないといけないわね、みたいな感じでお願いします。
と、そんな僕の思いを読んだように神様が言う。
「ほれ、早百合の奴は異世界召喚の関係で小学校中退しとるからの。魔術の系統いくつも極めとるし頭の出来はいいんじゃけど、
「なるほど……というか早百合さんってそんな子供の頃から勇者やってたんだ。歴戦のベテランなんだな」
やがて交渉がまとまったのか、二人共に満足げな表情を浮かべる。
そして早百合さんが大事なことを忘れてた、と呟きこちらに顔を向ける。
「ところで、ファム。あんた精霊部から異動願い出してたわよね」
「おっ、ようやく妾をブラック部門から解放する気になったかや? うむうむ。やっぱり妾って今やってる異世界構築。こういうクリエィティブな仕事が向いておるんじゃよね。適材適所、ノルマに追われる生活って心が荒むんじゃ」
「クリエイティブぅ?」
早百合さんの顔が苦々しく歪む。
「へええ。私が小学校の頃、あんたに調停してこいって放り込まれた世界覚えてる?――――エルフだドワーフだ犬族、猫族、狼人だとか人族だけで十数種。それに地続きの土地に魔界置いてスライム、オーク、オーガ、魔族の方も知的種族だけでも十数種。やたらと種族を作っといて、それぞれ交配不可。それもまだ食って食われての関係にあった内はよかったけど、あんたが得意気に小麦だじゃがいもだ導入して両者の食生同じに仕向けるとか…………
こんなの破綻しろって言ってるようなもんでしょう! 私がどんだけ苦労したと思ってんの! あんたに異世界構築許可したのは今回のみよ! さっさと精霊部に戻りなさい」
神様は「ああいや、その節は大変お世話になったんじゃよ……」と弱々しくこぼし、しばし沈黙した後に突然叫びだした。
「つうかもう人間関係切り売りするような営業仕事は嫌なんじゃよ!」
涙声で続ける。
「妾……聖女神学園を主席で卒業したのに……。こないだ後輩が構築した世界がようやくMクラスに到達したいうからお祝いしようと連絡したら……なんか凄い好調ですアピってきて、何なのかなこの子って思ったら、だから勇者とか要らないんですよおって。ああ…………そういう意味なのって…………妾めっちゃ警戒されとったのじゃなって」
聖女神学園…………何かイメクラみたいな名前だけど、響きがそう聞こえるだけで仮にも神様が集うであろう学び舎であるなら、さぞ崇高な理念で運営されているに違いない。何か叔父さんのゲームコレクションでその名を見たような気もするけれど。
神様が顔を覆い静かに
「妾、純粋にお祝いしたくて…………そりゃあ話の流れでと思うてパンフくらいは用意しとったけど……こんな……こんなマルチや宗教にはまった先輩扱いされるなんて…………あんまりじゃよおぉ…………」
体を丸めて泣き伏せる姿はイタズラを叱られた子供のようではあるけれど、その
その姿を見て叔父さんの事を思い出す。
一時期会社の営業の人がメンタルを壊して休職したそうで、お弁当の製造ラインにいた叔父さんが代役に駆り出されて慣れぬ外回りを命じられて悩んでいた。新規開拓しなきゃいけないけど中々契約に結びつかないという事で頭を抱えていた叔父さんに、まだ子供で契約の規模をよく分かっていない僕が「じゃあこれで買ったげるよ」と貯金箱を差し出したら泣きだしてしまったことがあったな。
「いいんだよ、圭一。叔父さん頑張るから」と咽び泣いていたその姿が目の前の幼女に重なる。
「早百合さん……よく判らないんですけど、もう少し手心を加えたげるとか」
そんな言葉が思わず口をついて出てきた。
「やっぱりノルマってきついんですねえ」と藤沢さん。
「何よ二人共……。いいのよ、このバカは私が小学生の頃にいきなり拉致して、自分が調整に失敗した異世界を救ってこいとか行って適当な加護だけで放り出したような奴よ」
小学校中退って、神様。他人事みたいに言ってたけど自分がやったことだったのか。
「基本うちで捕まえ……契約社員になってるのは、この世界の人間を本人の同意無しに異世界に転生なり転移なりさせた連中だからね。同情する必要はないわ」
「いや、妾は死ぬ寸前の者を勧誘しただけじゃからね! お主の時も通り魔と揉み合ってる所にトラックぶつかってきて挙句衝撃で工事中の鉄骨が落ちてきたら、これもう死亡確認でいいじゃろう!?」
「人間そんなぐらいじゃ死なないわよ」
「そんなんお主くらいじゃよおぉぉ」
幼女が再び伏せて泣き喚く。
「早百合さん……」さすがに情状酌量の余地はありそうな気がするんですが。
「まあ……たしかにファムもここ最近はノルマ未達が常態化してるのよねえ。さすがに人脈も絞り切った感があるわね」
早百合さんがマルチの親玉みたいな事を言い出しましたよ。
「ってことでファム、朗報よ。希望通りあんたを精霊部から異動させたげる」
「おお」神様の泣き顔に希望の火が灯る。
「これから圭一君には異世界で活躍してもらうんだけど、生憎と圭一君は魔法を使えないからそこんとこ、あんた圭一君とペア組んでフォローについて来なさい。ゆづちゃんが護衛するって言っても、逆に高コストのこの子を連れてくからにはそれ以外の仕事も担ってもらうから、サポート役がもうちょい欲しいのよ」
早百合さんからは意外な指示。僕にとっては悪い話ではないのか……? だが神様はショックに呆けた顔を見せる。
「へ……? 妾が……こんなショボイのの…………」
早百合さんと僕とを交互に視線を動かす。そしてやおら早百合さんのスカートに縋り付いた。ぴっちりとしたタイトスカートに皺が寄る。
「いやじゃああああああ!――――そんなん恥ずかしすぎるうううう! せめて……せめて……イケメン勇者とペアにしてほしいんじゃああああ!―――」
「おい、この幼女」
何だこの嫌がりようは。そりゃあ僕はモブ顔だけどさ。
「こう、加護を与えて異世界に降ろそうとした勇者候補に――――
『強大な異能力? 神話級の武具? そんな他愛なき加護など必要ありません。私はただあなたのそばに立つ事を望みます。その栄誉こそが百の加護より私を強化するでしょう。
あなたのルビーの如き煌めく瞳で見つめられれば、我が肉体は燃え上がり千の魔物を屠りましょう。
あなたのその天上の音楽を奏でるが如き澄んだ美声で我が名が紡がれれば、それこそがこの身体への恩寵。例え万の軍勢であろうとも傷一つ付けることは適わぬでしょう』
『ふふっそんなわがままな勇者は初めてよ。でも嫌いじゃないわねそういう欲張りな男』
――――みたいなそんな体裁を取って欲しいんじゃああああああ!」
叫びながらちらっと目線を上げて早百合さんを見る幼女。
「ファムなら転移先の設定もできるから単独行動も可能。万一の時も圭一君の魂だけでもサルベージできるし。思ったよりいい流れになりそうね……」
だが早百合さんは幼女のアピールなど気にも止めてない様子。ってか今何か物騒な事言ってません?
「ああぁああぁあああ!――――。ええい分かったわぁ! ならばイケメンじゃ。もうただの外見がそれっぽく整っているだけの男でいいわい! 妾が下界を見下ろしてたら泉で水飲んでた半裸ローブのいい男がいたんで思わず逆ナンしちゃったいう設定でええええ。そこだけは譲れんぞい!」
「馬鹿なこと言ってないで、あんたいまの業務も引き継ぎ準備しときなさいよ」
「ああぁああぁあああ!」
「ターゲットしているファムさえいれば圭一君の居場所も掴めるだろうし。よし、圭一君、アパート移ったらファムも一緒に住まわせといて。普段は押入れに突っ込んどけばいいから」
「あ……ああ……」と嗚咽している幼女が早百合さんの言葉を聞いて「ふへっ!」と驚きの表情。
「えっ、じゃあ妾シャバに出れるんかや?」
「まあ忌々しいけど許可したげるわ」
幼女は「あっ、あはああぁ」と喜びとも衝撃に呆けてるともつかない声を上げる。と思ったら――――
「いやったああああ!」
立ち上がり両手を掲げて歓喜の雄叫び。そしてやおら膝をついて両手で顔を覆ってまた泣き出した。
「これで、これでお布団で眠れる生活がやってくるんじゃな…………もう仮眠とるのにダンボールを布団に、ペーパータオルの束を枕にして庶務課に怒られるような日々が終わるんじゃな…………良かった……良かったんじゃよ…………」
想像以上に精霊部とやらはブラック部門だったらしい。
「良かったね」もらい泣きの涙が僕の頬をつたった。
「はっ!」幼女は今度は僕の方を向き語りだす。
「圭一よ。聞いたかや? 妾とペアを組んで住居を共にするという事はじゃ。つまりお主には妾に健康で文化的な生活を提供する義務があるということであるぞよ」
「健康で? 文化的な生活? というと――」
「うむ。まずはアパートには無線LAN完備じゃろう」
「まあどんなアパートに住むかは分かんないけど、その辺は揃えるつもりではあるけど」
「テレビは大画面でな。妾のセカハードコレクションはどれも現役稼働なんで接続端子はなるべくたくさんのやつで頼むぞい」
古いハードは最近のテレビには直接は繋がらないのでは?
「衛星放送は? レコーダーは? いや今なら動画配信サービスの方がよいかの?」
「まあその辺りは初任給出てからじゃないかな」
「まあ仕方あるまいの。……あとはアパートの立地はちゃんと書店とコンビニとファーストフードが徒歩圏内にあるかの。あーと、ピザ屋も配達圏内にないとな」
こいつ……。
「思いっきり不健康で退廃的な生活送る気じゃないか」
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