第11話 バイト先は異世界転生斡旋業
異世界チート生活を夢見た僕に早百合さんが告げたのは魔法を覚えちゃだめだという冷たい言葉。
「えっ? 何でです!?」
「あのね、圭一君の防御膜に引っかからないっていう体質はどこの異世界にも所属していないのが大前提なの。魔法なんか覚えたらそこの異世界に紐付けされちゃうでしょ。そしたらその異世界の住人としてそれ以外の世界から膜が反応するようになっちゃうのよ」
「いや、でも簡単な魔法くらい……」
「そりゃあまりローカルなシステムに依存しない魔法もあるけどそれもダメ。圭一君は転移コストが0だから1くらいの簡単な魔法ならいいよねってわけにはいかないの。そのせいで折角の特性が失われたんじゃ、結局普通の人と同じように膜にある程度反応するようになって100のコストがかかるようになりました、ってなるのよ。
これがゆづちゃんなら違う世界の魔法を一つ覚えると1000の転移コストが1100になったりするけど、あの子はもう魔法の
さらには魔法はもちろん、その異世界にしかない特殊なスキルの習得もダメだと追加される。
「そんな……」
チートや魔法無しで異世界行って主人公が一から這い上がるラノベも読んだことあったけど、習得自体が禁止されるなんて主人公の処遇じゃないよ。
「まあ圭一君はせっかくそんな素敵な特性を持ってるんだから魔法やスキルだなんて気にしなくていいの。それじゃあ改めて勧誘するわよ。その体質、私のために活かして頂戴。気軽にバイト感覚でいいから、ウチの組織に入って一緒に異世界巡りましょ」
そう言って早百合さんは手を差し伸べてくる。
僕は一度周囲を見渡し、早百合さんへ告げた。
「あっ、いえ、無理です」
リクルートの辞退を告げると、「えっ」と早百合さんの表情が笑顔のまま固まった。
いや、だって……
周囲には僕を殺しにかかってきたゴブリンの死体が転がり、近くでは藤沢さんがザクザクと土龍に剣を切り込んでいて…………今、ついにずっとお目当てだったらしい魔石を掘り当てて満面の笑みで歓声を上げていた。
大分返り血で服が汚れているけど、気にしている様子もない。
何というか……これが異世界なんだなあって。
モンスターが
「ふーん」
早百合さんの表情がこの子は何言ってるのかしらという風に。そのまま僕の肩を揺さぶってくる。
「あなた男の子でしょー! 男子のなりたい職業トップ10に異世界勇者は常にランクインしてるのよ。普通飛びつくでしょー!」
「ちょっ、早百合……さん、苦しいです……」
職業って。転生の斡旋業があるような所だと異世界勇者ってリアルな職なのか? 子供のなりたい職業っていうと普通サッカー選手や警察官とかだよな。お巡りさんはともかくJリーグ選手だとなれるのは千人二千人ってレベルだからそれよりかは可能性あるんだろうか。いや、それよりも…………
「それ幼稚園児が将来戦隊モノのヒーローになりたいっていう枠じゃないですか?」
「ちゃんと真面目な解答結果よ。毎年保険会社が発表してるけど小学生から六十代の男の子まで異世界勇者は常に上位なんだから。三十代以降なんてほぼトップね」
「って、何で二十代以降に調査してるんですか! というかそれ二十代からは意味違いません!?」
叔父さんも昔は転職したいってよくこぼしてたけど、労務状況が悪化し続けてる最近じゃあ異世界行きたいしか言わなくなってましたもん。
「といいますか、魔法もチートスキルも無いなんて、そんなの勇者じゃないですよ。絶対序盤の村付近に出てくるゴブリンに殺されます」
「大丈夫よ。固有システム由来のスキルじゃなくて、地道に頑張って身につけた技術なら問題ないから。それにゴブリンなんてやってみればチョロいって。何なら今から二、三匹捕まえてくるから、こう度胸付けにやっちゃいましょ!」
「何物騒な事言ってるんですか! せめて右眼を魔眼に替えてくださいよー!」
「まあ客観的に言って、いきなりモンスターの集団に放り込んだ上に剣で刺してくる上司の下では働きたくないじゃろ」
幼女が冷静なツッコミを入れるが早百合さんはそれを無視。
「それにうちの組織給料良いわよ。特に圭一君は替えのいない専門業務に携わるわけだからバイト扱いにしても各種手当盛り放題。さらにここだけの話……異世界によってはポケットに入る程度の物品の持ち出しは黙認されてたりするからね。どう? やりようによっては大きなボーナスになると思わない?」
「おおっ」
たしかに保護者のいない以上、自立の為の資金は必要だものな。
「それに仕事だって簡単なものばかり。実際の所、ゴブリンだとかそんな魔物となんて戦わせたりしないわよ。うちはそういうのがやりたいってお客が来るんだから」
「おおっ……おお?」
高額給与に簡単な仕事。あまりに耳障りの良い言葉が続き、それだけに却って疑念を抱かされ、はっと冷静にかえる。
叔父さんも殆ど定時退社で賞与あり各種手当ありと聞いて入社したのに、実際は毎日五時間のサービス残業に休日出勤、賞与どころか不明諸経費が天引きされてたものな。
「うーん……」就活は慎重に。叔父さんからの心からの忠告を思い出し躊躇する僕に対し、早百合さんはすくっと立ち上がると太陽を仰ぐ。
「それにしても暑いわねえ、ここ」
そう言うと
「あわわあああ……」
にやあと歯を見せて笑う早百合さん。すっと僕に体を密着させてくる。
「私の期待、答えてくれないの?」
甘い声で僕の耳元に囁く。思わず息を飲み込むと漂ってくる香水なのかシャンプーなのか、判りやすい柑橘系とかじゃあない"大人の女性の匂い"としか形容を知らない香りが鼻腔をくすぐる。
ぎこちなく首を回して早百合さんの顔を向くといたずらっぽいウインクが迎えてくる。赤面して顔を逸らすとそこには双丘が作り出す魅惑のスポット。ブラウス越しの上品な膨らみと露わな谷間の暴力的な色気が織りなす混沌の聖域。
五感を刺激する、なんてあからさまな色仕掛け。
「どう、その気になってくれた?」
「あわわあああ……」
「あら、意外と抵抗するわね」
「初心者にいきなり強攻撃食らわせるから
二人に好き勝手言われていると、背後から声が。
「何やってるんですか?」
「あわっ」
振り向くとそこには魔石を大事そうに抱え込んだ藤沢さんの姿。
「あっ、いやその……」
そこでニヤリと口角を上げた早百合さんが藤沢さんに伝える。
「圭一君がね、とっても転移向きの体質なのが判明したの。なんと圭一君を先導させたゲートを通れば私達が通過しても以前のコストの1/10でここまでこれるのよ」
「えっ、じゃあそれって」
「そう、圭一君がいれば現状の予算で好き勝手に異世界行き放題ってわけ」
あれ、何か早百合さんが仕事の効率アップ的な目的で勧誘してきたと思ったら、私欲にまみれた発言を。
早百合さんが鍵を振りながらそう言った途端、藤沢さんがガッと僕に迫る。
「さすがです真上さん!」
魔石を取り落とすのも構わず、興奮した表情で僕の手をとって。
「もちろん圭一君がウチに入ればの話だけどね」
「もちろんですよ!」
藤沢さんが即座に了承。いや、あの……
「ですよね、真上さん」
そこには満面の笑顔。にへっと小さく開いた口には白い歯が輝く。
期待に満ちた瞳がレンズ越しに僕を見つめる。
その目を見返しながら……
そう……だよな。高額給与に簡単な仕事ってのは定かではない。ひょっとしたら今回みたいに危険な事態が待ち構えてるかもしれない。
でも、少なくとも。バイト先でカワイイ娘と出会える。これだけは確かなこと。
だから僕は、返答を待ってうずうずしてる藤沢さんと、してやったりみたいな顔をしてる早百合さんに告げた。
「弱輩者ですが、よろしくお願いします」
こうして僕は――――異世界に来たと思ったら実際は平行世界だったけど、そこには転生斡旋業なんて奇妙な組織があって、結局異世界を巡るはめになったのであった。
「アーメン」
神様がそばで憐れみの表情で十字を切っていた。
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