第18話 オメガ Ω
「初めまして、石川の家内のミシェルと申します」
店に入ってきた女性はやはり石川さんが言っていた奥さんであった。
細身だけど要所は肉付き良く、肌の色つやの輝き、サラサラに手入れされた肩まで伸ばした赤毛。シンプルながら真新しい服装。人の良さそうな柔和な笑み。私生活が充足しているのが見て取れる。
夫である石川さんに大事にされているのだろう。それは奥さん本人から嫌という程証言される事になる。
「それにしてもほんと綺麗なお嬢様達ね。私もお腹に四ヶ月の子がいるんだけど、最初は主人みたいな男の子が欲しいって思ってたけど、あなた達見ちゃうとやっぱり女の子って気になるわね」
名前だけの自己紹介を終えた後、さっそく店から十分程離れた所にあるという自宅へと案内される。その間ずっと奥さんとの会話が続いた。
僕らに関しては詮索しないようにと言われているらしく何も聞かれる事はなかったが、その分話題に登るのは自分の旦那がいかに魅力的かというのろけ話。
近所のお兄さんであった旦那さんがどれほど知的で度胸があって頼りになって、子供の頃から才覚を示していたとか、夜には楽器の弾き語りで愛を語ってくれるとか。終いにはプロポーズの言葉まで披露されそうになって、それは僕が止めた。そんなの聞かされてこの後石川さんにどういう顔を向ければいいのか。
「ここが最高にカッコイイ所なのに……」
奥さんが残念そうにこぼした所で石川家に到着。
二階建てで大きな窓があって、レンガと漆喰塗りの壁が組み合わさった家屋。所々に装飾も施されて他の家と比べても一等上等だけど、決して周囲との調和を乱さない品の良い造り。花に溢れた小さな庭もあってそのまま現代ヨーロッパの古民家と言っても通じるくらい。
案内された室内。入り口ドアを開けてすぐの居間には、テーブルと椅子。やはりここにも鉢植えされた花が彩りを添え、高価そうな壺や水晶、木彫りの飾り物があちこちに置かれて部屋の佇まいを華やかに演出している。
奥の台所では最近雇ったお手伝いさんだという近所のお婆さんが働いていた。
「あの人ったら私の妊娠がわかった途端に妊婦は体を冷やしちゃだめだなんて言ってね。まったく、親が怠け者だと子供が神様の元で遊び呆けて加護無しで生まれてくるっていうのにね」
「連れ合いを亡くして独り身の私を心配して声掛けして下さったんですよ。ああも情け深い方がご亭主なのですから、奥様は本当に果報者で御座いますよ」
お婆さんの言葉にミシェルさんが照れて身を捩る。
「あれ、これは何ですか?」
藤沢さんが部屋の隅の作業机に目をとめる。机の上にはナイフと均等に整えられた厚めの木の板が数枚。工作の途中なのか木くずが薄っすら付着している。
「それね、あの人が子供に遊ばせるんだって言ってしばらく前から作り始めてるの。何でもツミキって言って積み上げて遊んだりお勉強に使うんですって」
お腹をさすりながら「まだ生まれてくるのもずっと先なのにね」と我が子に語りかける。
「私も子供の頃遊んだ事があります。私が使ってたのはこれ一枚一枚にいろんな単語を書いてたんです。犬、猫、リンゴ、花とか」
「あら、そういう事だったの。じゃあ確かに今からいっぱい用意しきゃいけないわね。色々教えたい言葉があるもの」
お日様、兎、ふわふわワッフル、チョウチョ、お父さん、お髭。楽しそうに子供に伝えたい言葉が紡がれていでいく。
いずれ生まれてくる子供がどれだけ深い愛情に包まれる事になるのか、垣間見えるその暖かさに自然と僕らの顔も笑顔となる。
やがて話が石川さんが既に赤ん坊用のベッドを注文している―――という内容になって、ミシェルさんから僕らの今日の寝床の件が持ち出される。
昔住み込みで夫婦者を雇っていたそうで、僕らはその二人が使っていた二階の部屋に泊めてくれるそうな。
「ベッドは二つだけどいいのよね」とミシェルさんに確認される。
いや、分かってるよ。ファムと藤沢さんが一緒のベッドで僕がもう一つの方だ。
ファムが「構わぬよ」と鷹揚に承諾。
「従者は床に寝かせておけばよいでな」
「敷物くらいは用意しますからね」と奥さん。
あれ、ほんとにそういう扱い?
職場でダンボールで仮眠とってたっていう幼女こそどこでも構わないだろう。この邪魔者さえどこかに追い出せたら今夜は藤沢さんと二人でお泊りなのに。
そんな僕の視線にファムが目を合わせてきてニヤリと笑い、顔を寄せて小声で話しかけてくる。
「ほう、良いのか。別に妾は構わぬぞ。あの情の厚そうな婦人ならば妾が父母が恋しいとぐずって甘えれば寝室で添い寝してくれようぞ。後はお主次第じゃが? 今夜はゆづと二人きり、1/3の確率で選択肢に正解するとムフフなイベントに突入じゃよ」
お、おい、そんなハッキリと意識させるなよ。
…………藤沢さんと二人きり。引率の先生は居ない。
ちらっと彼女の方に目をやると何やら悩み中。と、一瞬僕の方を見てまたすぐ目をそらし何やらつぶやき出す。
「あれ、あの反応。ひょっとして向こうも僕の事を意識してしまったとかだろうか、な?」
「いやあ、何かベッドにトラップ仕掛けるとかぶつくさ言っとるぞ」
何だと……と思って耳をすませると物騒な言葉が聞こえてくる。
「うーん致死性の火力だと家に延焼しちゃいますし。あっ、今こそ買ったばかりの土魔法を組み合わせて近寄った瞬間串刺しに……」
「意識はしとるみたいじゃね……」
「僕向けのトラップ!? そんな、襲ったりしないよ!」
藤沢さんは右手に先程の土塊を生み出し、さらにそれを先の尖った岩石状に変性してのける。「うん、これならイケます!」
僕の方をちらっと見て「フフ… たのしみですねぇ」と恍惚混じりの笑顔。
「おいおい圭一、弓槻の顔見たかや。ありゃあ完全にお主の事誘っとったぞい。これ据え膳食わねば何とやらって言うやつじゃぞ」
「違うよ、これ
「何はともあれ女子の期待に応えるのが男ってもんじゃぞ。じゃあお邪魔虫の妾は御婦人の所に行くでな。CG回収ガンバ!」
僕はファムに頭を下げる。
「すいません、無理です。一緒に居て下さい。このイベントシーンってフラグ立ってないのに突入しても、はなから正解の選択肢が出てこなくってBADEND一直線のタイプだよこれ。僕詳しいんだ」
「仕方ないのう。では今夜は皆でセカの誇るクイズゲームの最新作にて完成形『パーティクイズ OMEGA Ω』で盛り上がるでな。
このゲームはテレビのクイズ番組を模してるのが特徴でな。ゲームの入りは時報から始まって個性豊かな芸能人回答者やテンション爆上げの司会者との絡み有り、実在商品のCMが入ったり時には放送事故もあったりと凝った演出じゃよ。
クイズの出題もテレビ番組みたいにタイムアタック形式やジャンル選択形式などバラエティ豊富で単純な知識量では勝負が決まらないのが面白いところ。
さらにはこの最新作のOMEGAはオプションのアクティベーションユニットに対応しておってな。プレイヤーの動作や位置を感知するこのユニットによって、○×クイズで実際に部屋の左右に別れたり、早押し代わりに挙手制にするなど、まさに体感ゲームの趣き。普段ゲームをやらん
「お、おう……悪くないね……やるなファム」
基底世界の芸能ジャンル、常識ジャンルを知らない僕には不利だけど、パーティーゲームは盛り上がってなんぼだものな。女子交えてゲーム大会なんて修学旅行でも実現しなかった夢。気分が今から盛り上がる。
藤沢さんは魔法の発動を目にしたお婆さんに光球の設置や台所の火付け仕事の手伝いを依頼されていた。
「お安い御用です! ファイヤ! ファイヤ!」
「大したもんだねえ」お婆さんの感嘆の声にむふっと藤沢さんが頬を緩める。
ミシェルさんがファムに話しかける。
「そういえば主人が皆さんにオーク肉の料理をお出ししなさいって言ってたんだけど、オーク料理なんてありきたりでしょう。何かリクエストはあるかしら」
何と、異世界ファンタジー定番のオーク肉! ありきたりというが石川さんが奥さんに言い付けたのは初任務の僕らが珍しがるのが分かっているのだろう。
さすが石川さんだ。僕らが喜ぶツボを心得てる。出来る男の気遣いに感謝しているとお婆さんが申し訳なさそうに告げる。
「奥様、ちょうどオーク肉は切らしておるんです」
「あらそうだったの。じゃあちょっと買いに行ってくるわ」
「奥様、私が行きますから」
「まだ料理の下ごしらえに入ったばかりでしょう。それくらい私に任せて頂戴な」
そう言って外出の準備を始める奥さんに慌てて声を掛ける。
「ミシェルさん、それじゃあ僕も行きますよ。荷物持ちくらいはできますから」
オーク肉なんてどこで売っているのか。せっかくなんだから見てみたい。
「あら、すぐ近くの解体所へ行くだけよ」
解体所! 知ってる、冒険者ギルドに併設されてるやつだ!
漁港の直売所で水揚げ直後の魚を買うようなものだろうか。ますます興味深い。
「よいよい、一宿一飯の恩義じゃ。荷物運びであろうと草むしりであろうと存分に使ってくれい」
ファムが気前の良い主人顔。従者設定を完全に受け入れてしまったのかミシェルさんも「それじゃあお願いしちゃおうかしら」とあっさり受ける。いや、いいんですけどね。
僕を売り渡したファムは今度はそわそわした態度で言う。
「すまぬが妾はちと疲れが出ての。料理ができるまでしばし横にならせてもらってもよいかの」
絶対部屋でゲームに興じる気だ。では部屋を整えると言うお婆さんに藤沢さんが自分がやりますと申しでる。
「ベッドメイキングには時間をかけたいものですから」
ほんとに今夜決める気だよこの娘……。
そのままお婆さんに二階へと案内されていく二人を置いて僕とミシェルさんは家を出た。
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