第9話 ボスキャラ登場
それから。
僕らは魔石の回収を二回繰り返す。
このサイクルが有効なのは確認できたから、マナに余裕のある内に藤沢さんが総力射撃、モンスターを一掃したタイミングで魔石をあるだけ回収。
安全マージンをしっかりとった状態なので、最初の時みたくモンスターに接近することもなくマナを補充する流れが確立。
スタンピード自体はいまだ続くけれど、峠は越えた――――そんな安堵感が漂う。
「ふひー、まあこれなら乗り切れそうじゃのう」
神様のセリフに同意しようとして、ふと森の方に目をやる。
改めて観察すると、どうも森の様子に不穏なものが感じられる。森が揺れ動いているような…………というのはさっきは比喩表現であったが、これ、今は実際に動いていないか!?
どっどっどっと静かな振動を感じるような。
鳥が飛び立っていく。大木が倒れ、土煙が上がっていく。
――――何かがこちらへと近づいてくる印。
「何じゃ? 何じゃ!?」
藤沢さん達も攻撃の手を止め、森へと意識を集中させる。
振動が錯覚ではないと、石床の上の小石の震えが教える。
倒木による土煙が次第に森の端へと移っていき、ついにそれが姿を現した。
数十メートルもの大木を弾き飛ばしながら出てきたのは大きなイグアナ。
但しそれは距離があってもなお巨大としか言いようのないサイズ。
四つの鉤爪の付いた太い四肢が十数メートルの巨体を支える。表皮には鈍い光沢を発するエメラルドグリーンの鱗。その鱗が変化したのか角であるのか、背中に何本も生える棘状の刃。それは頭部をもびっしりと覆い、意外と小さな眼は金色に光る。
猪めいたモンスターが登場の余波で撥ねられる。
足の遅いゴブリンや小型のモンスターがその一歩の踏み込みに潰される。
ただの移動で周囲のモンスターを蹂躙したそいつは全長をこちらに晒したところで、口を大きく開け、ことさらに凶暴さを示す牙を揺らして咆哮。
「グルワアアアアア!!!!!」
距離を置いても心臓を縮み上がらせる叫び。
遠目にも伝わる圧倒的な存在感。強者感。
ああ、何ということだろうか。
そう、あれは言うならば…………「モンハン出れるよ」
「何か不思議と納得させる言霊力の溢れたワードじゃの、それ。詳細プリじゃよ」
「わかりやすく言うと、『とても強い』んだ」
モンハンの最上位レベルに違いないよ。
「そのまんますぎじゃろ。しかしそんな小学生並の語彙表現なのに、妾の背筋が凍りつくのはなぜじゃろうね」
「あれは特徴からして土龍ですね」
「おいおい、名前からして早百合が出張ってきた火竜と同格かや。こりゃヤバいじゃろ」
「その割には二人とも余裕ありそうですけど……とにかく、出し惜しみなし、全弾放出します!……
藤沢さんが右手から火球を生み出すと、それを浮かばせたまま横へ小走りに移りながら次弾を装填していく。
「セット、セット、セット…………」
およそ三十近くの火球が上下段の二列に並ぶ。くるっとターンしてその中心に位置した藤沢さん。伸ばした両手の指で作った四角は照準を合わせているのか。並んだ火球、コロナのごとくの表面のゆらぎが激しく動く。
やがて宣言。
「
ボシュっと音をたてて連続して射出される火球。
やや弓なりに、今までにない遠距離からの攻撃。
初弾が頭部に命中。黒い爆煙が土龍の上半身を覆い隠す。
間髪入れずに次弾が全身に命中。数十メートルもの炎の柱が立ち上がる。
「すごっ……」
やがて爆煙がやみ。散った炎の破片が空へと溶けていく。
その爆心地、草がキレイに円状にえぐられた跡地には。
かすかな黒ずみ、外周部には角や魔石がいくつか転がり、今の攻撃が数十体のモンスターを巻き込んだことを示す。
そしてその中央には土龍の姿。
瞼が閉じられ、地に伏せたその姿は微動だにしないが…………
「やったかや……?」
だが、幼女の不吉なセリフに応じるように土龍が微かに震え、首をもたげる。
「ゴルゥウウウウー!!!」
龍が後ろ足で立ち上がり、首を直上に、咆哮。
その叫びと共に首筋から、背中から、血が滲み出てきたが明らかな軽傷。
「ひええ! あやつ、こっち睨んだぞい!」
「逃げるよ!」
幼女の言葉通り、振り下ろした首をこちらに向けた土龍は前足を地につけるや猛スピードで突き進んでくる。
戦闘力の無い子供と僕。今やマナをろくに残していない少女。もはや逃げるしか手はない。
だがどこへ?
二人の手を引っ張り、走りながら見回すが隠れられるような所はない。
せめて障害物の多い遺跡中心に逃げ込む?
僕が囮に二人と逆方向へ逃げたら?
ゲーム機で気が引ける?
自分でも有効とも思えない考えが散発的に浮かぶ。それでも何とか誤魔化しくらいにはならないか、必死に頭を回そうとするが、だが…………
「早い!?」
ドシドシと間近に聞こえる音と地面の揺れに振り返ると、さっきまでの防衛ラインをあっさりと越えて、既に土龍は神殿エリアに踏み入ってきていた。
経過した長い年月を、それでもかろうじて形を残していた石壁が振動で崩壊。
突進を受けた柱が僕らの目の前まで弾き飛ばされる。
「ひゃっ」
落ちてきた柱、その衝撃で飛び散った破片をよけて藤沢さんがバランスを崩す。
「藤沢さん!」
離してしまった手をもう一度繋ごうと、地面に膝を付いた藤沢さんに駆け寄る。
だが、そんな僅かなロスで土龍は僕らを射程に収める。
さらに加速を増した龍は、その途上の電撃を食らって横たわってたゴブリンを、僕の反撃でもかろうじて息があったゴブリンも、まとめて踏み潰してついに目の前へと迫った。
接近しすぎてその太い前足のみが視界を埋める。
そして龍が再びゆっくりと立ち上がり、咆哮。
まるで獲物に最後を通達するように。
これはもうダメか……
頭上の轟音に身を
「何よ、あなた達。私がいない間に面白そうなことしてるじゃない」
突然の声に振り返るとそこには右腕を腰に当てた、モデルみたいなポーズをとる美女。
「早百合さん!?」
そばには光のゲート。その上部から光が消えていき、背後の景色が見える。
ようやく……ようやく来てくれた! 勇者が!
「早百合ー! 早う! 早う!」
幼女が指さすのは、追加された獲物をギョロリと見下ろす土龍。
「あー、はいはい」
早百合さんはゆっくりと視線を僕らから土龍へと移し、右腕を大きく十字を切るように動かす。
そして――――詠唱。
「霊峰の裾 天つ
其を守るは
――――悪鬼悪獣 一片たり通さず!」
空に切った十字の軌跡が眩しく光る。一際強く輝いたその交叉点が直後、等間隔に上下左右に分裂する。それが僕らの前方へ、頭上へと広がっていき、ドーム状に覆う。
「ガルゥウウウウ!」
光点の拡散に戸惑ったかのような龍が、太く短い前足を振り下ろす。だが「ガキィン」と金属が衝突したかのような音。豪腕を止めたのは光のバリア。
「ふひぃ。早百合の絶対城壁じゃ。これで一安心じゃよ」
眼の前の現象が理解できないであろう土龍は幾度も前足を叩きつける。それでも壊せぬ光の壁に苛立ち、今度は肩からの突進。やはり微動だにせぬ光の壁。
助かった……
僕ら三人は抱えあったまま深く息をついた。
「それより早百合ー! なかなか来んと何やっとったんじゃあ!」
「圭一君を連れてこうって連中が来てたのよ。ゆづちゃんご丁寧に次長様に報告しちゃったでしょ。あいつら追い返すのに手間取ったのよ。それよりこれスタンピードよね。こないだの火竜討伐の影響がこんな所に出てきたって訳?」
「お主のせいじゃろ」
幼女の抗議を「それじゃ、ちゃっと片付けてくるわ」と返した早百合さんは、どこから取り出しのか一振りの大剣を握っていた。幅広で柄の装飾が古めかしい感じの剣を軽々と肩にかつぎ上げる。
「ほんにバトルジャンキーばかりじゃのう。んじゃ妾もどうせならゴブリンや狼をボコれる痛快アクションゲームの『守護英雄』でもするかのう」
幼女は呆れた風にそう言って、石柱に腰掛けるとゲーム機を取り出した。
「女騎士クー・コロセア、君に決めるんじゃ! 存分に暴れろい!」
画面を開くと流れ出す壮大な音楽。戦闘開始を告げる声『Ready…Go!』。
そいつをバックに早百合さんは今も龍の攻撃に反応し明滅する壁に向かい……何の抵抗もなく通り抜ける。
そこからの早百合さんの活躍。それこそゲームみたいな光景が目の前で繰り広げられた。
壁を通り抜ければ、当然ながら狙いを定めてくる土龍。その振り下ろされた尖った爪を最小の動きで躱す。
その突進を軽やかに飛び上がり躱す。連動して叩きつけられた太い尻尾を、華麗に回転し躱す。
その都度振るわれる大剣。土龍の全身が刻まれ血しぶきが吹き出る。
悲鳴めいた咆哮と共に投げつけられた遺跡の残骸。空中にてそいつを足場代わりに飛び回り土龍の懐に着地。
と、一瞬きらめく大剣。
そして……ごとりと土龍の首が落ちた。その四肢が力を失い、どさっと巨体が地面に横たわる。
そうして早百合さんは息も切らさずにものの数分で土龍を仕留めてのけた。
「すごい……」
僕はその舞い跳ぶ動きに見惚れながらそうこぼす。
それから早百合さんは剣を担ぎ直すと森の方へと歩みだす。土龍の登場で一旦リセットされた感があったが、今もモンスターの氾濫は続いている。既に数十体がこちらへと走り込んでいた。
「あっ、早百合さんばっかりズルっ子ですよ! 真上さん、魔石! 魔石その辺に落ちてませんか!」
藤沢さんは辺りをうろつく。土龍に踏み潰されたゴブリンの死体から魔石がのぞいてることを伝えると、嬉々として拾い上げるや早百合さんの後を追って駆け出していった。
「テンション上がってきたぞーい!」
早百合さんが僅かに歩みを早め。群がるモンスターに正面から当たる。
剣を横に一振り――――狼十数体が上空へと弾きとばされ、落下と共に息絶える。
繰り出す一突き――――剣から伸びた光が一直線上に走り、その線上の大型モンスターが串刺しとなりガクリと絶命。
「くらうんじゃ! 真空波! 正義剣!」
やがて後を追った藤沢さんも加わり、その腕から火球が連発される。
「燃えるがよいぞ! ポイニクスアロー!」
草原のあちこちで。剣が振るわれる度に走る光と衝撃波が、立ち上る火炎が、リズムよく鳴らされる電子音が、モンスター達を蹂躙していく。
やがて森からは何の動きもなくなった所で、
『K.O!』
ゲーム機から終了の報。
その瞬間に最後に残った一匹の哀れなモンスターに大剣が突き刺さり、血が吹き出る間もなく、火球がその全身を焼却させた。
「終わったな」こちらへと戻ってくる二人を見ながら僕は大きく安堵の息をつく。
「おう、ゲームクリアじゃ。ほらほら、見るんじゃよ圭一、このハイスコア」
ゲーム機を掲げて誇らしげな幼女に、はいはいと適当にあしらっていると――――
ドクン、と心臓が大きく鼓動した。途端に背中に悪寒が走る。それでいて身体中がほてったように熱を感じる。額に浮き出る脂汗。動悸と共に全身に刺すような痛みが巡る。
「なにっ!?」
手を胸に。必死に心臓を抑えるが痛みは収まらない。頭が石にでもなったようにずしりと重い。
「あっ、がっ……あぐっ」
たまらず膝をつく。
「早百合……さん」
痛みに歪む視界に差し込まれた長い脚。
震える全身を必死に動かして見上げ、助けを求める。
眼鏡に日光が反射して表情の伺えない早百合さんがゆっくりと動く。
担いでいた大剣を降ろし―――
「あがっ……!?」
僕の腹部に差し込まれる大剣。
な、なぜ…………
そこで僕の意識は途切れた。
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