第8話 スタンピード
「藤沢さん、魔法使えるの!?」
目の前で披露された夢の
「うーん、どうにも使えないです。今ので自前のマナの1/10を消費しました。ここは相性悪いです」
藤沢さんが口をとがらせてそう言ったが、何のことなのか。
「まあよいわ。弓槻が来たなら早百合もすぐ来るじゃろ」
「いえ、実は二人が渡界した直後に電話がかかってきましてね。早百合さんはそっちの応対中です。どうも真上さんの保護にみえたそうですが、早百合さんが突っぱねて揉めてました。私はこれ幸いとその隙をついて……おっと、二人がモンスターにでも遭遇してたら大変と思って駆けつけたんですけど、まさかほんとに襲われてるとは」
「いや、これスタンピードってやつじゃよ」
幼女が森の方を指差す。
先程ゴブリンが飛び出てきていたが、今も数体が続く。それだけじゃない、狼とかイノシシっぽい動物だかモンスターだかが数体……いや十数体が群れなしてこちらに向かってきている。
改めて観察すると、どうも森自体が揺れ動いているような。
まるで森に異変がおきて、鳴動しているような……
「スタンピードってモンスターが異常な大量発生するやつ?」
「そうじゃよ。たしかこの世界だと地震や台風のノリで定期発生するんじゃが、このポイントは普段早百合が行き来してるんじゃろ。ならばここが進行ルートになるはずがないんじゃがのう?」
「あっ!」
藤沢さんが口を押さえた。
「何か知っとるんか?」
「ええ、前に一度来たことあるんですけど、その時に早百合さんと一緒にあの世界樹の裏側の山で、主である火竜を倒したんですよね」
「はい、それー! おおい! 絶対お主らのエンジョイハンティングのせいで生態系ずれたんじゃろうが!」
「なっ、ちゃんと現地の要請で仕留めただけですから!」
「とにかく! あの飛び出てきた後続がこっちに来たらエラいことになるよ。藤沢さん、さっきの魔法であいつら倒せる?」
「うーん、さっきのは実用じゃないですね」
両手を見つめてそう答えた藤沢さんが、先程と同じく腕をまっすぐに構える。
「
ボシュっと音を立てて藤沢さんの手のひらから赤い球が発射される。一直線に飛んだ球は壁越しにこちらの様子を伺っていた生き残りのゴブリンの、その上半身を壁ごと吹き飛ばした。
「おおう、グロいのう」
幸いにえぐれた下半身は半壊した壁の向こう側に倒れて見えなくなる。
「……すごい!」
「いえ、全然です。やっぱり私はこれしか使えません」
「これだけって、さっき使った電撃魔法は?」
「あれはこの世界の魔法体系とはずれてるんで、無理に使えなくもないけど効率悪すぎです。威力も弱くなるし消費魔力も余分にかかりますし。本来魔法ってのはその世界固有の法則にのっとって行使されるわけですから、Aの世界で覚えた魔法は違うBの世界では発動しないんですよ。例えば……」
そこで藤沢さんが
「地球では物の燃焼には酸素と可燃物と熱源が必要っていう物理法則ですよね。ですから地球で火魔法を使うには、基本的に高温を周囲に発するタイプになります。でも……」
その球形は太陽のコロナのごとく、表面に赤々とした光がゆらぎを形作る。見るからに高熱を発していそうだが藤沢さんは涼しい顔。ファイヤーボール的なものであろうその魔法が、見た目と違い使用者には熱を伝えていないのが見て取れる。
明らかに物理法則が違う存在。
「ええ、今使ってる火魔法は物理的な熱は発してません。攻撃対象に命中した段階で燃焼という結果をもたらすタイプです」
そこで「ファイヤ!」との宣言で放たれた火球は、さっきよりも早いスピードで突き進み、こちらに向かっていた狼的なモンスターに当たり、対象を蒸発させる。
「この世界の魔法体系は契約型です。火属性の高レベルの魔物を倒す、精霊の加護を得る、火を司る神の試練に挑む、そういった火のアイコンと縁を結ばないと使えないんですよ。だから物理現象を模す体系の電撃魔法はここでは実用的な威力にはならないんです。私がここでまともに使えるのは前に早百合さんが火竜を狩った時のおこぼれで手に入れた
これだけ……藤沢さんはそういうが、この連発された火魔法は標的に当たるや、今度は炎が爆散し、その余波で近くのモンスターをも仕留める。
「いや、もう……すごい」
「おおう、さすが魔法だけはこやつピカイチじゃな。契約型なのに破壊エフェクトも範囲も変化させてるとは。
「マルチキャリア?」
マルチキャリア――――僕の世界にもあるIT用語だったな。たしか携帯電話なんかで複数の周波数帯域や通信方式に対応しているって意味だったか。
「こやつのように複数の異世界の多系統の魔法が使える者を差すんじゃよ」
「おおっ、二つ名っていうか称号!? すごい!」
「ふふふっ」と藤沢さんが不敵な笑みを浮かべる。
「ざっと十一の異世界の三十五の体系の計二百種以上の魔法が使えます。あの程度のモンスターなら私の敵じゃありません」
◇◇◇◇◇
「これ、押されてきとるよな?」
幼女が心配そうに藤沢さんの顔を見上げる。
森のあちこちから出現し、こちらに向かって走り込んでくるモンスター達。最初は断続的であったが、今は切れ間なく続く。それにモンスターの種類も虎みたいな、かなり大柄なタイプが混ざりだした。
藤沢さんの言葉通り、彼女の放つ火球は一撃でもってモンスターを屠っていく。だが単発ならともかく、スタンピードというモンスターの大群を相手にするには手数が足りなすぎた。
「ファイヤ!―――ファイヤ!―――ファイヤ!」
最初は森を出た所で仕留めていたが、数が増えるにつれ防衛ラインが除々に後ろに下がっていった。
モンスター達は目印があるからか、僕らを目的としているのか、この神殿という一点に集中してくる。そのため近づかれる程に一回の攻撃でより多くをまとめて仕留めることができる。
その効率性で何とか数十メートルの距離は確保されているけれど……
「ええい、早百合はまだかや! ゆづ、この増加ペースでどこまで持つんじゃ?」
「それよりもマナが足りない方が問題ですね。この世界では魔法のエネルギー源であるマナの補充ができません。ここは世界樹の根本だとか特定の聖地だとかにしかマナが貯まらないケチケチタイプです。このままじゃ数分で尽きますねえ」
「おおーい!」
想定以上に追い詰められている状態。
向かってくるモンスターの大群を見据える。
と、そこで地面からいくつかキラリと鈍い光が発せられているのに気づく。
目を凝らすと角ばった黒い石らしき物。それがモンスターの成れの果て、血溜まりと肉片の中に見え隠れしている。
「あれって、ひょっとして……魔石ってやつ?」
「……ですね。この世界では一定確率でモンスターが落とす核……魔物としての心臓みたいなものです。ゴブリン程度なら私の
まるで魔石が残るのが不服だと言わんばかりの口調で。
一定確率でドロップする魔石。まるでゲームみたいな設定の異世界なんだな。そして、それなら連想されるものが。
魔石……ゲームでは魔道具の材料だったり、換金できたり、あるいは――――
「それって、あの魔石があればマナの補充ができるのかな」
攻撃の手を休めないまま、藤沢さんがこくっと頷いた。
その横顔に浮かぶ疲労の汗。それを見て僕は一度息をのみ、告げる。
「分かった。僕があの魔石を取ってくるよ」
一番近くに転がっているもので五十メートルはあるだろうか。そこを最終ラインとして今もモンスター達が刈り取られていくが、まごうことなく危険地帯。だが僕が行かなければどのみちマナ切れでアウトだ。
ここまで彼女一人に戦いを任せているのだ。僕だってせめてサポートくらいはすべき。
そう決意しての宣言であったが、藤沢さんが訝しげな顔を向けてきた。
「ファムちゃんが行ったほうがいいのでは?」
あれ?
「おおい、なに物騒なこと言っとんじゃああ!」
「だって、ファムちゃんお豆腐勇者の加護を使ってるんですよね? なら安全なのでは?」
「そういう問題じゃないっつうの。ここは圭一が、男が、決死の覚悟を決めた所じゃぞ! そこを汲んでやれっちゅうんじゃ! あらかたのモンスターは弓槻が片付けるんじゃけど、最後の方だけちょろっと活躍して『いやあ君を救いたい一心で勇気が持てたよ』『なんて男らしいの。ステキ! 抱いて!』って流れにならんかなっていう、そんな期待を秘めたこの顔をみるんじゃあ!」
「ちょっとファムちゃん言い方!」
否定は出来ないけどさ!
藤沢さんまで呆れたような顔を僕に向ける。
「もういいよ、僕行くから!」
モタモタしてると決心が鈍りそうで、僕は駆け出した。
緩やかな傾斜のつく丘を思いっきり走る。
前方からは今も狼が、イノシシが、虎が、こちらに向かってくる。
目が合う。やつらがはっきりと僕を獲物と定めたのが分かる。
思わず足を止めそうになったところで先頭の虎が炎上。額の角を残して消滅――――藤沢さんの援護射撃。
「うわわああああ!」
声を上げ恐怖を紛らせる。足がもつれそうになるのを誤魔化しながら進む。
進行方向のモンスター達が優先して炎に刈り取られていく。藤沢さんを信じて視線を魔石に集中させる。
「はっ、はっ」
全力疾走の果て、息が上がるかという所で魔石の元へ。
それは宝石というよりも整った黒曜石といった風。
しゃがみこみ掴みあげる。結構軽いな……そんな拍子抜けするような思いを抱きながら反転すると、
「ひぃッ!」
目の前には大口を開ける狼。その周囲にも数体。
しまった! 横から回り込まれてた。
だが――――次の瞬間、特徴的な青い毛色が炎に包まれ、四肢の先端を残して狼が消失。開けた視界の向こうにはこちらに手を伸ばす藤沢さんの姿。
「う、撃つぞ―――」
藤沢さんのポーズを真似て左手を向けると、狼達は低く唸り声を上げて警戒体勢をとる。
意外と効果のあった咄嗟のハッタリ。
だがすぐに僕が魔法を使えるわけじゃないとは見抜かれるだろう。
迷わず逃走を選択。
踏み出した足の先、焼け跡が付いた狼の爪の間に転がった魔石。そいつも拾いつつ走る。来たとき以上に全力疾走。
「グルゥワァア!」
「あわああああ!」
背後からはモンスターの雄叫びと荒い息遣いが迫る。
火球が連打され僕の左右に着弾。爆風に巻き込まれたのか「キャン」と子犬みたいな鳴き声が聞こえ、モンスターの圧力が薄まる。
だがすぐさま後続が追いすがってきた。再び藤沢さんの攻撃。射線上に僕がいるため、爆発の余波による間接的な形を取るしか無い。
多少怯みはするものの、ヤツラの追跡は止まない。そしてついに……
「あがぁっ」
狼の牙がズボンのベルトに食い込む。
首を振る勢いで地面に引き倒される。
――――爆発。爆発。爆発。
僕の周囲、円を描くように打ち込まれる火球。
それが意味するのは威嚇。そして密着されてこれ以上の直接攻撃はできないという限界。
狼は僕の腹に爪をたてて遠吠え。もはやこれは自分の戦利品。手を出すなと宣言するように。
「藤沢さん!」
地面に倒され仰向けの体勢のまま、腕を頭の方へと振り上げる。
魔石を放り投げる。腕の力だけで必死の投擲。
せめて、せめて彼女にこれを!
狼が不快そうに喉をならし、大口を開けて僕の首元を狙う。
ああ……もうここまでか……
――――そう諦めかけたところで目に、口に何かが入り込んできた。
「ぶへっ」
口から吐き出し、目からぬぐったのは砂粒。
何でいきなり砂が?
「真上さん!」
名前を呼ばれ、我に返る。そこで僕の上でマウントを取っていたはずの狼が、周囲のモンスター達が、砂に目を潰されて顔を地面に擦り付けるようにもがいているのに気づく。
慌ててその場を離れて二人の元へ。
「頂きます」
左手に残った魔石を藤沢さんに渡すと、
「さあ、それじゃあ大盤振舞いですよ!」
とファイヤの宣告を連発していく。
その結果を確認もせず、僕はその場にへたりこんだ。
「ようやったぞい圭一!」
神様にバシバシと頭を叩かれながら、震えが止められない手足を放り出す。
「ははっ……僕……生きてる……生きてるよ……」
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