第3話 異世界転生対策会議 ースキル鑑定編ー
「なあ圭一、転生直後の幼い頃にスキル鑑定されるっていう展開あるだろ。あれって詰みだよな」
叔父さんがネクタイを締めながら突然そんな話を始めた。
「えっ、ラノベの話?」
「いや、これからの話なんだが……異世界に転生するのに備えようっていう」
「ああ……そういう」
僕、
こういう時は近所にある叔父さんのアパートに行って、積まれた漫画やゲームを楽しむのがお決まりの過ごし方。
だけどいざ訪れてみると、当の叔父さんは急な休日出勤を命じられたとかで、身支度に追われていた。その最中の叔父さんの鑑定がどうの転生がどうのという問いかけ。
「そろそろ転生してもいいと思うんだよな」
毎日五時間のサービス残業に、たまの休みも欠員が出たからと容赦ない呼び出しがかかる。紛うことなきブラック企業の社畜たる叔父さんが、遠い目をしながらそう言った。
「で、異世界行くのはいいとして、スキル鑑定がどうしたの?」
「いや、幼児期にレアな
「させたいよね」
祝福……その手の物語では異世界の住人が生まれながらに持っている才能。普通は時間と労力をかけて身につける技能を、最初から使いこなせるという代物。その世界の神からの授かりものというのが定番の設定。
「ぼくは逆にあれが心配でね。神様に
「いいことじゃない?」
「いや、魔法スキルみたいな持って生まれた才能みたいなのならいいんだよ。使えるかどうかは生まれつき素質を持ってるかどうかで決まる、みたいな扱いされてるやつなら。問題は知識系のスキルだよ。料理とか計数とか錬金術とか、学習や訓練で身につけられるようなやつ。ぼくらが持ってるスキルってそっち系統だろ。
そうすると赤ん坊の頃からそれ持ってるってことは知識も持ってる、
「ラノベだと神様にもらうようなレアなチートスキルだけ表示されてるみたいだけど」
「いや、現実にはそう都合よくいかないだろ。ああいう世界では家庭の主婦が料理スキル持ってるんだぞ。宮廷料理人クラスだけ持ってるならともかく、一般人の腕でもスキル扱いされるなら、ぼくらの持ってる知識や技能もスキル表示されちゃうって」
「現実とは……」
というか何で叔父さん空想でもすぐに自分が排除される想定をするのだろう。それでも朝から暗い顔になる叔父さんを元気付けようと、僕は思いつきを口にする。
「でもさ、料理だって現代日本のメニューは作れるけど、異世界じゃ食材もレシピも分かんないよ。それってスキルとは言えないんじゃない? それに中世レベルなら薪の火加減調整とか、下手したら魔物を捌くとこまで出来ないと料理スキルって認められないんじゃないかな」
叔父さんによくカレーをリクエストされるけど、現代日本ではカレールーの投入で"作れる"と言って問題ないが、中世ヨーロッパ的世界では香辛料をブレンドする知識がないと作れるとは言えないと思う。
「なるほど……そういう考え方もあるのか」
「それに錬金術って、叔父さんが元素周期表や化学式とか覚えてるからってことだよね。でもああいう世界はオリハルコンとか魔石みたいな未知の金属や物質があるわけでしょ。そっちの知識がないんだから片手落ちってことでスキル扱いはされないんじゃない?」
「ふーん……そうすると計数スキルは……まあこれくらいなら。地球でも歴史に名を残す数学者って子供の頃から才能発揮してるからな。案外ああいう人達も鑑定にかければ生まれつき計数スキルくらい持ってそうだよな。そこまで不自然じゃないか」
叔父さんのほっとした表情を確認しながら、僕はでもなあと思案する。
たしかにラノベの舞台の中世ヨーロッパ的世界の料理は分からないけど、それこそ
じゃあやっぱり料理スキルは鑑定で見える可能性があるよな。
それともああいうスキル表示はエリアごとに別れてるんだろうか。同じ『料理スキル』でも生まれた国の料理ができないとスキルとして認められない、みたいな。『剣術スキル』も国によっては両手剣のことだったり、日本刀のことだったりで実態が違っていたりとか?
うーん、改めて考えるとその辺のシステムがどうなってのか、よく分からないな。
まあそういうのは実際に異世界行ったら確認してみよう。
「あれ……そういやぼくの自動車運転スキルって、自動車の無い異世界でどういう扱いになるんだ……?」
「さあ……?」
心配しなくても叔父さん就職してから車を運転する暇なかったから、錆びついてスキル失効してるんじゃないかな。
そんな会話をしている内に叔父さんの身支度は終了。僕も日頃の漫画代代わりの朝食の片付けを終える。
そして僕らはアパートを出た。
「はあ……転生だ……もう転生しかない……」
叔父さんはそう呟きながら弱々しい足取りで駅へと向かっていった。
「ちょっと、叔父さん。事故とか気をつけてよ!」
◇◇◇◇◇
「……という流れで僕の方が異世界に来ることになったとは」
アパートを出て僕が向かったのは繁華街のゲームショップ。叔父さんが予約していたRPGタイトルを代わりに購入してくるように頼まれたのだ。そして人混みの中を歩いてて、踏み出した足の先に落ちていたカプセルトイの類であろう小さな人形。それを跨いだその瞬間――――世界が切り替わった。子供の頃から何度も見てきた街並みが見覚えのないものに変わっていたのだ。
「正確にいうと現代日本なのは変わらないから、平行世界って方だけど」
どことも知れない街の風景に、最初は「この歳で迷子か?」と思った。自分がぼおっとして気づかない内に道を間違えていたのだろうと。でもスマホで地図を確認しようとしてなぜか圏外。
怪訝に思いながらも目印になる建物を探そうと辺りを見回して違和感。視界に入る看板の数々――――全国展開を掲げるフランチャイズのハンバーガー屋。アイドルの日本横断ライブの告知。圏内トップ合格率を誇る進学塾。
その全てがまったく知らない店名。聞いたことのないブランド。
半ばパニックになったところで、路地に少し入った場所のコインパーキングに今は珍しい公衆電話があるのが目につく。
飛びつくように近づき、コインを投入。家族、友人、歯医者、高校。スマホに登録してあるだけの相手に電話してみるも、どれも番号が存在しないというメッセージが応答。
そこで電話帳が備え付けてあるのに気づき、記憶にある施設を探そうと手に取る。だが開いて知れたのはもっと衝撃。巻末に地図があったのだ。縮尺の大きい簡易的なものだったけど、少なくとも僕の家があるはずの住所には、大きなショッピングセンターと公園。
さらには裏表紙に記された刊行日――――まったく違う元号。
そこでようやく理解する。受け入れる。自分が異世界―――いや、平行世界に来たのだと。
そうして今は公衆電話そばのブロック塀に腰掛け、一息入れている所。現実感がなさすぎて案外落ち着いてきたのが自分でも妙な感じ。
「お茶は普通に美味しいな」
コインパーキングには飲料自販機も置かれていて、そこになけなしの五千円札を投入してペットボトルのお茶を買ったのだ。
お釣りに出てきた千円札は、ほぼ確信していた通り手持ちとはあちこち違いがあった。最大の差は肖像画が別人だったこと。聞いたことあるようなないような偉人の顔。
有名人が、会社が、元号が、お札が違う。共通するのは地名と日付くらいか。
現代日本なのは間違いないけど僕がいたのとは少し違う世界。
さて改めて確認しておくと、僕の現在の状況は…………無戸籍、無保険、学歴無し、ほぼ無一文。
「端的に言ってこれ詰んでるわぁ」
別の世界に転移したのに何のチートも祝福もないなんて。
念の為チェックしてみたけど、ステータスはオープンしなかったし、瞑想しても魔力もチャクラも反応なし。
「叔父さん、『異世界対策会議』が何の役にも立たないよ……」
異世界にチート無しで放り込まれることも考えて、今まで二人でコンクリートの成分調べたりYouTubeで井戸掘り動画をチェックしたり、プリンやマヨネーズを自作したりもした。
なのに転移先が現代地球じゃあ対策を活かしようもない。
「まあ十八歳まではどっかで保護してもらえるかもだけど……」
そこでせめて今の年齢を証明するものを持っていただろうかと、財布をあさっていて気づく。
叔父さんからゲーム代の一万円札を預かっていたのだ。これなら他所の世界から来た証明になるんじゃないか?
小銭もだけど、このお札は偽造防止技術もちゃんと対応していて自販機を通り抜ける精度。それでいて肖像画や細部のデザインが違っているから店頭で使えないという、偽札にもならないおよそあり得ない代物。
そんなものを一介の高校生が手にできるはずがない。
あとはスマホもだな。これの基幹部品なんて製造できるのは限られてるだろう。調べてもらえばこの世界の部品とは違いがあると分かってもらえるはず。
どこに持ち込めばいい? マスコミじゃあ売名行為狙いに思われるか。ストレートに警察か? まず偽札犯として捕まるかな?
お札をひっくり返し眺めながらこれからの身の振り方を思案していると、
「よお、ちょっとそれ貸してくれっか」
と突然頭上からダミ声がかけられた。
「はっ?」
顔を上げるとガラの悪い坊主頭の男がこちらを見下ろしている。
誰だ?
困惑で身が固まった僕に対し、坊主頭は「おらよ」とシャツの胸元を掴み上げ、そのまま背後の壁に押し付けてくる。
「かはっ」
衝撃で落としたペットボトルが中身を
マズイ。ようやく事態を把握。このチンピラ、これカツアゲだ。転移してすぐに襲撃されるというどっかで見たような展開。
「オークっていうか山賊っていうか、こんなとこだけテンプレ!?」
「何がオークだ! てめえ勇者気取りか!」
思わずのツッコミに反応が。チンピラに意外や教養があることに驚いていると、その背後に人の姿が差し込まれる。思わず助けを求め視線を送る。だけど……ダメだ。
そこに現れたのは、黒縁の角ばったメガネをかけ黒いブレザータイプの制服に身を包んだ女子高生であった。到底このチンピラをどうこうできるはずがない。
逃げて、そして助けを呼んで欲しい。そう叫ぼうとしたが少女の不可解な動きに目を奪われる。
その右腕がゆっくりと伸ばされ、手のひらが開かれ正面の坊主頭の体に向けられる。
「ふふぅ、これはもう緊急時対応って事でセーフですよねっ」
嬉しさを隠しきれないという風な笑顔と共に。
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