第4話 初戦闘
チンピラに対して背後から右手を突きつけた形の少女。
背丈は僕と同じ程度。少し茶色がかったショートヘアは左側だけ三つ編みのおさげに纏められている。やや大きめな黒縁メガネは美人と言って間違いのない整った顔に、愛嬌を加えている。
どこか不敵さというか期待感を含ませた笑みを浮かべる少女。非常時だというのに思わず見惚れてしまう。僕の視線を追うようにチンピラが首を回す。
「あん? 何だテメエは!」
チンピラが僕を掴んでいた手を離し、少女を恫喝。
「何だその手は! ボコられてえのか!」
「警告するまでもなく強盗ですよね、これは。うんうん、不可抗力ですよこれは」
相手に腕を突きつけたままの姿勢。まったく怯む様子もない少女に、男が怒りをあらわに迫る。
マズイ。勝てるとは思えないけど、せめて少女を守るくらいはしなければ。
「逃げて!」
叫びながらチンピラの背中にしがみつく。
その瞬間、「ファイヤ!」という少女の叫び。と共にジジッと音がして視界の隅に青白い光が発生した――――突如身体に走る衝撃。足の先から背骨、頭までにビリッと電気が流れたような。
そのショックに僕は意識を手放す…………
ゆっくりと地面に倒れ込みながら「ああっ!」と大口を開けて慌てる少女の顔を見たような気がする…………
◇◇◇◇◇
「はっ」
目が覚めて、視界に入ってきたのは毎日自宅で目にしていた板張りで所々穴が空いた天井ではなかった。ずっと高い位置にある正方形の内装ボードが組まれたホワイトカラーの天井。ボードの接合部分には火災報知器。
「知らない……子がいる」
違う世界に来たからにはとりあえずテンプレやっとこうとした僕の意識は、横側に引きつけられた。
僕はどこかのオフィスの片隅、簡易的な応接室という感じのエリアの長いソファに寝かされていた。隣接する一人用ソファには携帯ゲーム機に興じる幼女がいる。
「おらぁあ! ハリセンと44マグナムを抱えたグッ○・ジッへの走りは誰にも止められんのじゃあ!」
勇ましい
ゲーム画面を覗き込むと手足が付いた青色の
「うぬ? 気づいたようじゃの」
半身を起こした僕に顔を向けた幼女は、そのまま首をひねり部屋の奥へと声をかける。
「おーい、ゆづー。こやつ目が覚めたぞい」
まるでアニメキャラみたいな喋りかたをする幼女。ただ、見た目とは裏腹に堂々とした態度。何というかその奇妙な喋り方が板についていた。
それから幼女はゲーム機をローブの中にしまいこむと、てくてくと部屋の外へ出ていった。
「お待たせですよ~」
入れ替わるように給湯室らしき一角から近づいてきたのは、先程チンピラに絡まれていた時に現れた少女。
「君は!」
「あら、おはようございます」抱えていたペットボトルの水やお茶をデスクに置きながら微笑む少女。
「街中で突然倒れちゃうから、ここまで運ぶのに苦労しましたよ」
「やっぱり。あそこでチンピラに立ち向かってくれた人だよね。あれから大丈夫だった?」
「ふふぅ、あんな不良くらいどうってことありませんよ。一撃です。道の隅に寝かせて、近くに落ちてたビールの空き缶を添えて酔っぱらいに見せかけておきました。しばらくするとどっかからやってきた人達に身ぐるみ剥がされてましたよ。街中なのに治安が悪くて怖いですねえ」
語られる予想外なチンピラの末路。少女の手で倒されたらしいが、それが意味するのは……
「あれってスタンガンとか?」
僕がチンピラにしがみついた時の衝撃。あれはこの子が反撃した巻き添えをくらったんじゃないか。
すると少女からは意外な言葉。
「その反応。やっぱり真上さんは他所から来たんですね」
「僕の名前! それに他所からって……」
思わず身を乗り出した僕に、彼女は今から説明しますよと言いながら対面するソファに座る。
「まずは自己紹介です。私の名前は藤沢
「真上圭一です」
「さてさて。色々疑問があるでしょうけど。もう察しているようですが、ここは真上さんのいた世界とは別の世界です」
僕は頷く。でも彼女がこの状況を知ってるのは何故だろう、その疑問はすぐに判明する。
「失礼ながら財布とスマホを預かっています。真上さんの名前や、分枝世界出身というのもそこから割り出しました」
言われてポケットをまさぐって、持ち物が無くなってるのを確認。藤沢さんが後から返しますからと一言。
「お札の肖像が違うのと、会員証やレシートからは元号のズレと、住所が番地レベルで違いが発生しているのを確認しました。総合すればお札が切り替わった1984年以前で枝分かれした分枝世界でしょうね。データベースに照会中ですが、おそらく未発見の世界です」
「ぶんし? データベース?」
「分かれる枝って意味で分枝です。平行世界やパラレルワールドって言いかえれば通じますか?」
「うん、分かるよ。よく似てるけど少し違う世界ってことだよね」
「はい。それでデータベースというのは、真上さんのような他所の世界からの漂着者……事故による転移者って意味ですが、そういう方達の元の世界の情報をまとめてるんですよ」
驚きである。僕の突飛な状況があっさり受け入れられるだけでなく、それへの対処体制まであるなんて。
「じゃあ、その僕の世界への戻り方ってのは分かるかな?」
「残念ながら新規の世界ですし、瞬間的な穴でしたから肝心な座標が取れていません」
「穴? 座標?」
何となく分かる気もするけれど。
「穴は自然現象、稀に人為的に……で時々開く他所の世界へ通じるトンネルだと思ってください。この世界では限定的ですが穴を感知できますし、規模によっては相手の世界の位置座標が取れて、転移できる可能性もあるんですよ」
「僕はその穴ってのを通ってここに来たってことなんだね」
だが藤沢さんはそこで首をかしげる。
「状況からするとそうなんですよね…………。警告が出た区域にドンピシャリで真上さんがいたわけですから、無関係って事はないはずなんです。でも時間もサイズも、検知されたスケールからすると人や生物が通り抜けてくるはずないんですけど…………」
「僕の感覚だとほんとに瞬きする間に、って感じで世界が切り替わってたんだけどね」
「まあ詳しくは専門部門で調べるでしょうけど…………確定なら監視体制の組み直しですね。早百合さんキレそう」
「早百合さん?」
「ええ、私の上司で先生で……」
そこで部屋の反対側でガチャっとドアが開く音。
「ほい、連れてきたぞい」
「あら、あなたが圭一君ね」
ひびきのよい女性の声。顔を向けると開かれたドアのそばには先程の幼女と、長身の美女が立っていた。楕円の縁無しメガネの奥から青い瞳が僕を興味深げに見つめている。
うわあ、心の中で感嘆のため息。
後部で結われ丸く纏められた、やや暗みがかった金髪。白い長袖ブラウスからスラリと伸びる白い手指。豊かな胸部はブラウスのリボン状の前立てで美しく仕上がり。
僕を見下ろすかのような長身を支えるのは黒いタイトスカートに薄手の黒タイツに覆われた脚線美。まさに教師や敏腕秘書といった佇まい。
「んっ?」
見惚れて返事もできないでいる僕に、違ったのかしらと小首をかしげる仕草も優美。
「早百合さんです」
藤沢さんが冷めた声で告げる。
「岡島早百合よ。よろしくね」
早百合さんはそう言って愉快そうに微笑み、藤沢さんの隣に腰掛けた。
「さて、圭一君。いきなりのことで混乱してるでしょうけど、それでも私の所で保護できたのは不幸中の幸いね。あなたが遭遇した穴は通常ならスルーしてるスケールだったんだけど、偶々出勤途中のゆづちゃんが通りがかって、ちょこっと確認してくれたのよ」
「ご褒美期待してますよ」
藤沢さんはそう言って大きな胸を張った。
「あの、穴が感知できるとか聞きましたし、データベースが作られてたりとか、この世界って僕みたいな存在は珍しくないんですか」
「そうよ。実際はあなたの世界でも表に出てないだけで、同程度には
受け入れ体制という言葉に、どうやら最低限の保障は用意されるみたいで、ちょっと安心する。
促されてテーブルに用意されていたお茶を飲み、一息つく。
そうしてようやく気になったのが、この二人の立場。藤沢さんは外見は女子高生だけど穴を確認に来たり、漂着者のデータベースに当たったり。岡島さんはそんな彼女の上司だか先生だかと言っていたが、どういう関係だ?
「岡島さんっていったいどういう立場の方なんですか?」
「早百合で良いわ。大抵の世界でサユリで通してるから」
「大抵のって、ああ、平行世界……えっとこっちでは分枝世界って呼んでるんでしたか。そういう他所の世界と実際にコンタクトとってるんですね」
結構気軽にすごいこと言ってるぞ。そう思ったけど、続く藤沢さんの補足にさらなる衝撃が。
「そっちもありますけど、早百合さんの場合は異世界に勇者とかで派遣されてるパターンが多いんですよ」
「異世界!? 勇者!?」
「ええ、分枝世界は基本的に地球の上で現代文明築いてる世界ですけど、異世界はもっと全然違う文化で、土台の惑星や物理法則から違ってるような世界ですね。分かりやすいとこだとゴブリンやドラゴンみたいなモンスターがいて魔法で倒せるような世界です」
「あるの異世界!?」
目を見張る僕に、藤沢さんがさらなる驚愕を
「そもそもここ、異世界への転生を斡旋する組織ですよ」
「ええええっっ!!!!」
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