第6話 冴えてる理想の求めかた【原作6巻 英梨々視点】
「どうしよう」
わたしは、ひとりの別荘でそうつぶやいた。ここは、那須の別荘。冬コミの締め切り間際、わたしはここでかんづめになって作業している。
焦りが焦りを生んで、筆がさっぱり進まない。
このままじゃ間に合わない。進まない焦りが、どんどんスケジュールを遅くしてしまう。
最初はとても順調だった。一日二枚のペースで進んでいた。これなら、楽勝。そんなふうに考えていた。でも……
少しずつペースが落ちていく。考えれば考えるほど、悩みは深くなり、どんどんドツボにはまっていく実感があった。
一日のペースが一枚になり、そして……。
一枚も書けなくなった。そして、倫也との連絡もどんどんできなくなっていった。
「死にたい」・「もうダメ」
このセリフを何度、倫也にぶつけてしまっただろう? 自己嫌悪と焦りから来る八つ当たり。倫也との距離が遠くなっていく。それは、まるで小学生時代のときのように。
「だけど、これだけは……」
妥協したくはなかった。
あいつが書いたシナリオ。作業量が増えてしまったと恨み節をぶつけてしまったけれど……。
あのグランドルートは、私にとって、最高のシナリオだった。
そして、小さいころからの夢がかなう瞬間が、そこまで迫っているのだ。
私が原画家として、
彼がゲームの製作者として……
同じゲームを作る。
まだ、親友同士だったころに誓った純粋な夢。
商業じゃなくて、同人だけど……。
もう叶えられないと思っていた夢がそこまで来ているのだ。
ここで負けてはいられない。
霞ヶ丘詩羽にも、恵にも、あの生意気な後輩にも……。
「ちょっと、散歩でもしよう」
そう言って別荘の外に出てみる。
気分転換。
そんな風に、ちょっとした気持ちだった。
ドアを開けると、凍てつく冷気が私を包んだ。
別荘の中は暑かったから、薄着で来てしまったことを後悔する。
ここで、倒れるわけにはいかない。
「そういえば、小学校の時に倫也とここにきたんだっけ」
あの時は、私がはしゃぎすぎて熱を出してしまったっけ。
倫也は、心配な顔でずっと私を看病してくれた。少し良くなったら、一緒にアニメを見たり。
「もう一度、来ようね」
彼との約束はいまだに果たせていない。
小さいころの私たちが目の前に現れた気がした。
声をかけようと思ったのだけど、森の中へと消えてしまう。
なぜだか、視界がにじんだ。
雪が目に入ってしまったのかもしれない。
「そっか」
私は、つぶやいた。なにかをつかんだ気がする。
携帯をとりだして、倫也にメールを書く。
(今日、海を見た。もうなにも怖くない)
「だから、あんたの一番になってやる」
わたしは、決心を固めて筆をとった。
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