第5話 冴えない文化祭への向かいかた【原作5巻 霞ヶ丘視点】

「霞ヶ丘先輩。やっぱり、あの追加シナリオには、シナリオ以上の意味がこもっていますよね」

 彼女は、別れ際にそう言った。いつものフラットな口調からはかけはなれた、彼女の声に私は心がかき乱される。私のほうから彼女を呼びだしたのに、すでに主導権を明け渡してしまった。


「(なんで、あなたがそんなことを言うのよ)」

 最初にそのことに気がついて欲しかったのは、あなたじゃないのに……。私は、感情を悟られないように、必死に無表情をよそおう。そうしなければ、すべて爆発してしまいそうな気分だったから。


 ※


 文化祭が迫っているある日、私は加藤さんを呼びだした。彼が、倫也くんがはたしてどちらのシナリオを選ぶのかさぐりを入れるために。


 ある程度、話した後に言われたのがさっきの言葉だった。倫理くんは、悩み中で何度もシナリオを読み返していると言っていた。まだ、望みがあると私は少しだけ希望をみいだした。その油断したところに、あの爆弾発言が生まれたのだった。


「(どうして、あなたがそのことに気がついてしまうのよ。彼じゃなくて、あなたがっ)」

 そして、私は、今日はじめて、彼女の、加藤さんの顔をまじまじと見つめる。この心の声が頭の中で何度もこだました。それによって、どんどん心の中に複雑な感情が生まれていく。希望、羞恥、憎しみ、嫉妬……。去年、私がいたはずの立場には、彼女が座っていることへの焦燥感。いや、私がいた場所以上の場所に彼女はいるのだ。そして、なによりもムカつくことは……。

 彼女の表情は、いままで見たことがないものだったことだ。

 少しだけもの悲しそうで、愁いをおびたその顔は……。

 そして、はかなくも可憐で……。

 どこまでも、メインヒロインだった。


「ええ、ありがとう。加藤さん。でも、これは、私と倫理くんの問題だから」

 そう言って、私たちは別れた。かろうじて、でた言葉がそれだった。

 加藤さんは、まだなにか言いたげだったのだけど……。

 私は、そこから逃げ出した。


 ※


 文化祭当日、私の足は体育館へと向かう。

 演劇部が上映している『和合ラプソディ』をもう一度みるために。去年、彼と一緒に見たあの劇を……。

 たぶん、そこには倫理くんがいる。

 加藤さんはもう、ある程度自覚しているのだ。だから、彼女は、私に会いに来た。

「さあ、どちらを選ぶの? 倫也くん。巡璃? それとも、私?」

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