胎動 - 1


 二二世紀が迫った新宿は大改築に大改築を遂げている最中だ。


 二三区の東側にデータセンターやオフィスを集中させ、西側には歓楽街やテーマ―パーク、カジノや競馬場などの娯楽施設を集中させることで経済合理性と活性化を狙った新東京都構想。


 その煽りを受けるように、大人たちは渋谷を境に東へ、未成年は西へ集中していった。

 無論、神宮高校もその大きな枠組みに則り設立されており、従来東区域に存在していた公立、私立の学校も可能な限り移転してきている。


必然、金曜日の放課後ともなれば、新宿駅付近は未成年でごった返す。


「あっちもこっちも餓鬼だらけだな……」


 見慣れた景色だが日が高いうちに駅前までやってきたのは久々だった狩神は、見慣れない新宿の別の顔を前にあちこち視線を彷徨わせる。


 年季の入ったテレビスタジオ前は待ち合わせの定番。その隣はいま、新世紀にオープンを控える日本最大級のカジノの建設の真っ只中。

 円形に象られた基礎の地下一階にはカジノ施設が詰め込まれ、二階にはゲームセンターやら未成年向けのショッピングモールやらがテナントとして入ることとなっており、立入を遮る看板には『二○九九年十二月竣工』とある。


 大規模な工事現場を取り囲むように片道二車線の道路が走り、道路を挟んで反対側の区画にずらりと並ぶのは映画館や喫茶店、数々のアパレルショップにフードショップ。

 誘惑が軒を連ね、目を引くような極彩色ごくさいしきの看板が天蓋てんがいを埋め尽くすように静止画をおどらせる。


 その隙間をうようにして踊る電光掲示板も負けじと、あちこちのお店の広告やら無料公開されている映画やテレビアニメを垂れ流す。視界があちこちと散ってしまうのも無理はない。


 日を跨ぐ頃にもなれば大半の店舗はシャッターを閉ざすため閑古鳥が鳴くものの、時間帯によっては歩行者天国にせざるを得ないほどの大混雑になる。


 十年前と比べてすら、すっかり様相も様変わりし、渋谷に次ぐ歓楽街となった若者の街。頭痛がするほどの喧噪が支配し、至る場所が明るく、活気に満ちあふれている。


(この時間は、案外平和なんだよな……)


 影の落ちる場所が極端に少ない新宿駅近辺ともなると、裏取引に適した場所はおのずと限られる。

 そんな場所も日のあるうちは警察官の巡回で十分事足りることもあってか、密売取引の需要もない。


 狩神は前を歩く女子二人を見失わないよう確かな足取りでついていく。大混雑の大通りに、横に広がって歩くほどのスペースはない。


「なんか、ダブルデートって感じがするよね」

「…………なぁ」

「ん?」


 狩神の隣を歩く長身の男が微笑むにながら小首を傾げながら覗きこんでくる。


「隣にはべらせる相手が僕じゃあ流石に不満だったかな?」

「……別にそういうことじゃねぇんだ。なんつうかよ……もっと他に言いたいことは山ほどあるんだがな」

「この機会だし、なんでも言ってくれていいよ?」



「……じゃあ言わせてもらうけどさ、あまりにも別人すぎるだろお前っ!?」



 狩神が声を張り上げてしまうのも無理はない。


 なにせ、肩を並べているのは連日の如く狩神へ熱烈なラブコール――もとい再戦の申し込みをしまくっている戦場いくさば軍師ぐんじである。


「よく言われるんだよねぇ、それ。どうやら戦場に立つと人が変わっちゃう性格みたいでさぁ。これも神格の影響なんだろうけど、困っちゃうよ」

「ジキル博士かよ……」

「あはは、流石にそんな猟奇的りょうきてきじゃないよ」


 柔和な表情で眉を曲げて微笑む戦場は、どこからどう見ても温厚で頼りなさげな優男やさおとこである。入学式のあと、いの一番に喧嘩腰を大上段に振りかざしてきた同級生とは似ても似つかない。


 困惑する狩神は距離感を測るように質問をぶつけていく。


「にしても、まさか不破や州欧と仲が良いとは思わなかった」

「不破さんとはお互い、きみがたたき売りした喧嘩を即決して買った仲だったからねぇ。それに、普段は別々の教室だけど、特別クラスは同じってこともあってさ」

「そいつはまた合縁奇縁というやつだな」

「そうかな?」

「そうだろ。一学年二百人もいて、俺の喧嘩を買った、たった二人が同じ特別クラスってのは」

「だとしたら、僕は不破さんと気が合うのかもしれないなぁ」


 戦場が前を歩く不破の背中をじぃっと見つめながら口にする。


「やめとけやめとけ。あんな気が強い女、付き合うだけ疲れるぞ。尻に敷かれるだけだ」

「縛られるの苦手そうだよね、黒乃くんは。授業はサボってるみたいだし、クラスの輪とか友達とか、そういう人付き合いも得意じゃなさそうだもの」

「そういうわけじゃない。ただ、あんまり意味がないと思ってただけだ」

「なら、今日のこれはきみにとって意味があるものなのかい?」


 にやりと、戦場いくさばが笑った。


「嫌な質問をするんだな、お前は」


 戦闘は愚直で下手くそなくせに。


「そうかな?」


 また視線を前にやって、おどけたように両手を挙げる戦場。


「二人とも綺麗だものね。変な虫が寄りつかないようにボディガードを申し出たくなる気持ちは分からないでもないよ。どころか光栄な役回りだもの」

「なにやら勘違いをしているようだからはっきり言っておくけどな、そんなつもりで二人についてきたわけじゃないぞ」

「それじゃあ、どういう経緯なんだい?」

「俺に息抜きとやらを教えてくれるらしい」

「……そいつは誰もがうらやむおもてなしじゃないか。妬いちゃうなぁ」

「そんなに憧れるようなもんか? 女子と遊ぶだけだぞ?」

「あまり学校でそういうことをあけっぴろげにしないほうがいいよ。後ろから刺されても文句は言えないからね」


 友達のいなかった狩神に、女子からアプローチを受けることの価値は理解できない。


 池袋方面へと歩いて数分。先導していた不破と州欧が雑踏のなかで立ち止まった。


「着いたわ」

「……ここって」


 不破の隣に並んた狩神は、目の痛くなるような原色に輝く豆電球に飾られた看板を見上げてうめき声をあげる。


「ゲームセンターだけど?」

「それは知ってる」

「なに、きょとんとした顔しちゃって……さぁ、行くわよ」

「ま、まじかよ……この時間にゲーセンとか、地獄かよ……」


 新宿一巨大なゲームセンターは、既に入口付近が未成年でごった返している。


 軒下には昔も今も客寄せとして大人気のクレーンゲームがすらりと並び、一歩踏み入れればガンアクションやリズムゲーム、カーレースの大型筐体きょうたいには二桁を超える待機列。

 人とぶつからずに歩ける通路はどこにもない。


 馴れた所作で人混みをかい潜り、店内へと入っていく二人を追いかける。


「いつ来てもうるせぇ場所だな……」


 耳を押さえながらあちこちに視線を投げる狩神の表情は渋い。


 禁止薬物の受け渡し場所として指定されることも多いゲームセンターは、幾度となく出入りしている。

 誘惑に負けた未成年が様々な裏取引をする場として活用するにはうってつけの騒々しさと死角の多さ。

 日中だろうが夜間だろうが、時間帯を問わず取締が強化されているスポットの一つがここだ。


 取締とりしまりのために電子の筐体に数時間じっと息を潜めていた経験も、捕縛の際に筐体の鋭利な角にあちこち身体を打ち付けた経験も、犯罪者を取り押さえるはずみで目が飛び出るほど高額な機材を破損させたことだって、まだ鮮明に思い出せる。つまり、たのしい思い出など欠片もない。


「黒乃くんは何度か来たことがあるのかい?」

「あるぞ。まぁ……ゲームをしに来てたわけじゃねぇが」

「え? ゲーム以外にすることある?」

「……世の中には知らねぇほうがいいことがあるってこったな」


 小首を傾げる戦場の肩に手を置いて、狩神は首を振る。


「気にするな……で、あの二人はどこ行った?」

「それならあそこに」


 そう言って戦場が指さしたのはエアホッケーの筐体が置かれている一角。

 不破と州欧はお互いにマレットを握り、盤上を浮遊する円盤を叩き合っていた。


「中々手練れだね、二人とも」

「……くだらねぇ」

「さすがにあれくらいはやったことあるよね?」

「…………ノーコメントだ」

「ん? もしかして自信ないのかな? まさかそんなことないよね、黒乃くん」


 狩神が肩を落として嘆息する。


「煽り方が下手くそすぎるだろお前」

「やるやらないは別にしても、合流しようじゃない。あっちもその気みたいだしね」


 戦場の肩越しに見やると、不破が手招きしていた。


「あんたたち、突っ立ってないで身体動かしなさいよ。折角なんだから、ほら」


 近寄るや否やマレットを手渡される狩神。


「あ、そうだ! この前の借りを返すときだわ! あんた、あたしと勝負しなさい! 買った方はあとでジュースおごりね!」

「唐突になにを言い出すかと思えば……」

「あたしの誘いを断るつもり?」


 狩神の眉がぴくりと上がる。


「……あらかじめ言っておくが、こういう場所でのエスコートは経験がない。そういうわけでその手の容赦は苦手なんだが、それでもいいか?」

「遠慮はいらないわよ? できるものならやってみなさい」

「…………そうかい」


 手加減は無用、その言質を取った以上、手を抜くのは失礼に値する。

 狩神は腕をまくり、マレットを握る右手に力を込める。

 久方ぶりのエアホッケー。

 十一点先取のミニマッチ。



「それじゃあこっちは全力でいかせてもらう、ぜっ――!」

「甘いっ!」


 円盤を勢いよく叩いた同時、それは狩神のポケットへと吸い込まれる。


「…………は?」

「あら? まさか、そんな程度?」


「……っ、は、はははははははっ! んなわけねぇだろ。小手試しってやつだよ! 本番はこっからだっつーのっ! おらよっ!」

「フッ――」

「う、おっ!?」


 またも。


「馬鹿な、そんなはずがねぇ……! 神格も開放しねぇで、俺の亜音速アタックについてこれる……だとっ!?」

「それくらい神格保有者だったら誰でもできるに決まってるでしょうが!」

「ぐっ…………!?」


 立て続けに狩神の手前にあるポケットへと正確無慈悲に吸い込まれていくパック。

何度攻め込んでも完璧に防がれる攻撃。


 気付けばダブルポイント、トリプルポイントと点差は離れ……。


「やぁっ!」

「く、ぐっ…………」


 ついに不破から一点も稼げずにゲームセット。


「ゲーセンきたことあるにしては弱すぎない?」

「う、うるせぇ! こういうのは苦手なんだよ! ガンシューティングなら誰にも負けねぇぞ!」

「あ、だったら……、私と、やってみる?」


 負け惜しみとばかりに吠える狩神の側でおずおずと手を上げる州欧。


「だ、大丈夫……こう見えても、それなりには、やってる、し……」

「それじゃあ、あたしから弥生にバトンタッチね。丁度一台空いてるし、そこでやりましょうか」


※※※


 ついで狩神と州欧が選んだシューティングゲームは、HMDをかぶり、VRの画面上に湧き出てくるゾンビを撃ち倒すものだ。


「そんじゃあやるか」

「……久しぶりだから、ちょっと鈍ってる、かも……」


 筐体にコインを投入し、映像の右上に映るスコアを目の端で捉えつつ、州欧のスコアに目を配らせながらゲーム開始。


(とりあえず様子見をして…………って、は?)


 狩神は愕然と目を瞠る。

 積み上がっていく撃破数。みるみるうちに突き放されていく。


「え? はっ? いやいや、あり得ないだろ。そんなに敵、湧いてないだろ?」

「倒せば……次が、ポップアップ、するから……。一撃で仕留めれば、この速度が、だせるよ?」


 電子的な爆音ばくおん喧噪けんそうのなかに響く州欧の声は、どこか自信ありげで。


「そのペース、全部一撃必殺じゃねぇと無理だろーが!」

「そ、そうだよ……だから、弱点の眉間に、命中させて……」

「う、嘘だろ…………っ!?」


 脳漿のうしょうをぶちまけながら頭蓋ずがいをふらつかておどり寄ってくるVR上のゾンビたち。


 その眉間に命中し続けることなど、熟練の狙撃手でも不可能に近い。


 神業かみわざに相応しい銃さばきと狙撃でまたたく間に撃破数を積み重ねていく州欧の表情は、しかし淡々としていて、時折ときおり笑みまで浮かべる余裕まであって。


「…………ま、まるで歯が立たん」


 平々凡々よりは上々といったスコアの狩神は、隣に並ぶスコアを眺めながら舌を巻く。


「あ、やった……」


 表示されるスコアが黄金に輝いた。どうやら年間レコードらしい。


「……って、待て待て。スコア一位から十位が同一人物じゃねぇか。そこに食い込むって……州欧、まさか……」


 引きった苦笑いを浮かべる狩神に、州欧も苦笑しながら頬を掻く。


「申し訳なくなっちゃうな……今年もまた、こうなっちゃったか……」

「やりこみ過ぎだろ……」


 時はまだ四月である。久しぶりで腕がなまっているかも……なんて思わせぶりな心配は一体なんだったのだろうか。


「そんなこと、ないよ。月に一回とか、二回くらいだよ、プレイするの」

「……そいつはまた、とんでもない」


 才能ギフトというのは誰にどう宿るか知れた物ではないな、と狩神は嘆息する他なかった。


※※※


「それじゃあ最後は僕かな」


 意気軒昂いきけんこうと胸を張る戦場が鼻を鳴らす。


「なにをするつもりだ?」

「ふふ、レバガチャさ。これならさすがのきみも、腕には多少自信があるだろう?」

「…………ふっ、なるほど」


 狩神の頬がわずかに緩む。


「……ああ、問題ない。それなら唯一、俺もやったことがある」

「初心者をぼこぼこにするのは性に合わないし手加減しようと思っていたところだけど、遠慮はなしってことでいいのかな?」

「そいつはこっちの台詞だ。で、筐体は勿論、アレでいいな」


 狩神が指さした先、ずらりと並ぶパイプ丸椅子と、漆黒を纏うアーケード型の筐体は、 世界各国で最多のプレイ人口を有する対戦格闘ゲームのそれだ。


「技制限、キャラ制限なしだぞ」

「そいつはいいね。いま練習してるキャラがいるから、それで腕試しといこうかな」

「模擬戦と同じようにボコボコにしてやる」

「それこそ、こっちの台詞だね。準備はいいかい?」

「はン。いつでもかかってこい」


 筐体を挟んで獰猛どうもうわらう二人。


 やがて始まるゲームは、コンマ一秒を競うようなボタンの連打とレバー操作によって極限まで研ぎ澄まされたコンボの雨嵐がモニタ上に荒れ狂い。


 そして。


「おおおおおおおおおおおおおおおっ!」

「らああああああああああああああっ! ――ッ!?」


 狩神の眼前に映し出されるyou loseの文字列。


「よっしゃあああああああああっ!」

「なんでだ……何度やってもぎりぎりで押し切られる……ッ!」


 悔しさのあまりリトライを繰り返し、すでに対戦回数は二桁を超え。

 しかし狩神はただの一度もwinの文字を掴むことができずにいた。


「詰めが甘いね、黒乃くん」

「なんでだっ!? 何度やっても最後の最後で捲られる……ッ! つうかおかしいだろ、そのキャラそんなに強かったかっ!?」

「ははぁ、さては黒乃くん、巷で一番強いと言われるキャラだけ徹底して使い込んでるね? ダメだよそれじゃあ。キャラにはそれぞれ特徴と相性ってのがあるんだよ。そいつを知ってこそ、だろう? 知識量と経験が物を言うのは神格保持者同士の戦闘と違うところはないと思うけどね?」

「くっ……」


 得意げになってまくし立てる戦場に一杯食わせてやりたい狩神だが、至極真っ当かつ図星を突かれ、言葉に窮する。


「そろそろ終わったかしら?」


 白熱したバトルの蚊帳の外になってしまっていた女子二人が戻ってくる。その手元には小さな犬型のストラップと缶ジュース。どうやらUFOキャッチャーで暇を潰していたらしい。


「ねぇ黒乃くん。さっき約束したこと、忘れてないわよね?」


 未開封の缶ジュースをちらつかせながらしたり顔の不破に、狩神は小さく舌を打って小銭を渡す。


「散々だ……」

「でも、気晴らしにはなったでしょ?」

「まぁ、そうだな……」


 確かに気分はすっきりしている。溜まっていた日頃の鬱憤うっぷんやもどかしさを発散できたことは間違いなく、わだかまっていた心のもやも、少しは晴れていた。


「金が消し飛ぶのは、金欠には痛手だけどな……」

「親からの仕送りとかあるでしょ?」

「親、か……」


 その呟きはゲームセンターが奏でる轟音ごうおんに掻き消され、不破や戦場の耳には届かない。


「なにか言った?」

「……いや。なんでもない。とにかくあれこれ使いすぎてな、こっちは本当に金欠なんだよ。もうこれ以上は流石に勘弁してくれ」


 滅入ったとばかりに両手を挙げて降参の姿勢を見せる狩神。

 見かねた不破がしばし考え込み、閃いたとばかりに提案する。


「なら、ゲーセンはこのあたりにして、お店でも回ろっか」

「ウィンドウショッピングってやつか……」

「それなら散財しないし、財布にも優しいでしょ?」

「まぁ、そりゃそうだが……んなことして楽しいのか?」

「なに、文句あるの? だったら黒乃くんこそなにか提案しなさいよ」

「……とりあえず寮に戻って――」

「却下」

「ちっ」

「こうしているのは楽しくない? 面白くない? 少しは気晴らしになったってのは、嘘?」

「……そんなことはねぇけど」

「なら決まりね。文句は聞き受けないわ」


 断言する不破。

 狩神は項垂うなだれ、不承不承といった様子で頷く。


「分かった分かった。不破が満足するまで付き合ってやるよ。それで文句ねぇだろ?」

「…………はぁ」

「なんだよ、その反応は」

「……なんかちょっと、悲しいなって、そう思っただけよ」


 寂しそうな声を出した不破に違和感を抱いた狩神は顔を上げ、後悔した。


(なんなんだよ、その顔は……)


 強引にこんな場所まで連れ出しておいて、なんでそんな顔をする?


 俺が楽しそうにしてないからか? 満足してないように見えるからか? それとも呆れているのか? 誰にも負けないと豪語した俺が肩すかしの実力だったからか?


 網膜に焼き付いた不破の、憤りでもなく、呆れたわけでもなく、ただただ、無念とばかりに自らを責めるような。


「それじゃあそろそろ出ましょうか」

「…………っ」


 胸の奥につっかえた言いようのない感情を吐き出せるはずもない。

 不破は踵を返して狩神に背を向けると、州欧の手を取って外へと出て行く。


「なんともまぁ不器用だこと」


 からかうように戦場が呟く。


「だからこそ青春なのかもしれないけれどね。ただ、いまのはどう考えたって黒乃くんが悪い」

「俺が?」

「気付いていないようだから世話がないね。そんな態度じゃあ、確かに不破さんが落ち込むのも道理だ」

「なんでお前がそんな知った風な口をきくんだよ」

「むしろ分からないほうが不思議なくらいだけれどね……とにかく彼女たちを放っておくわけにはいかないし、さっさと合流するよ」


 言って戦場が二人を追いかけていく。


 流石に一人になるのは御免だったのっで、少し間を置いて立ち上がる狩神のポケットが震えた。見ると、州欧からメッセージが一つ。


『もうちょっと楯奈に、気を、使って、あげて』


 軽く眩暈めまいがして、こめかみを押さえる。

 いよいよ、どうやらこの場の悪者は狩神という合意形成がされているらしかった。


「なんだってんだ……どいつも、こいつも」

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