邂逅 - 2
「まさかそれが、こうなっちまうとはなぁ……」
満天を埋め尽くさんと咲き乱れる桜が、春風に撒かれて淡桃色の吹雪を舞い散らせる。
新年度を迎えた都立
都内で一等優秀な生徒たちが通うともいわれ、日本が誇る
新東京
未だ汚れを知らない
国内有数の大きさを誇る神格保持者同士の戦闘専用に建造されたコロシアムを除けば、他の施設は建物内を移動すれば
在校生たちによる歓迎の声を聞き流しながら、狩神は迷うことなく入学式の会場である
「あ、あのっ」
「ん?」
間もなく大公会堂へ辿り着くというところで背後から呼び止められ、狩神は足を止めた。振り返ると、栗毛色の髪をいじくる見知らぬ女子が一人。
「きみが、黒乃くん、でいいですか?」
「あんたは?」
「あ、えっと、
「なんか用?」
尋ねると、州欧と名乗った女子は萎縮した様子でこくりと頷いてみせた。少し大人びた栗色をワックスで濡らしているためか、整髪剤特有の香りが鼻孔をくすぐる。
「入学生代表の、
「そうだけど……。つうか、よく俺のことが分かったな。初対面だってのに」
「うん、その、先生が写真を見せてくれたから……。なんとなく、覚えてて……」
指を絡めてもじもじと身体を揺らし、所在なさげに視線を左右に散らす州欧。
気弱にも見える一方で話しかけるなというオーラを全開にしていた狩神に話しかけてくるのだから、果たして度胸があるのやらないのやら。掴み所のなさに、話しかけられた狩神もうまいこと二の句が出てこない。
ややあって、州欧がぼそりと呟く。
「私、会場の中が居心地悪くて、それで校舎のなかを散策してたんだけど、偶然見かけたから、声、掛けちゃった……」
「こんな適当でぞんざいでなおかつ自信なさげなナンパを受けるのは初めてだ」
縁起が良いのやら悪いのやら。
「そういや答辞は州欧さんが先でいいんだよな? 大トリは俺がやるってだけ聞いてるけど、それで間違ってねぇな」
「う、うん……そうだよ。これから、よろしくね」
「おう。それじゃあお先に」
他愛のない会話を早々に切り上げ、狩神は大公会堂へと踏み入る。
中はすでに満員だ。
三階建ての会場には一年生から三年生までが所狭しと詰まっている。
「……にしても、あんな気弱そうな子が女子の代表ねぇ。退屈にならなきゃいいが」
成績優秀なのだろうが、どうにも戦闘向きではなさそうだ。
やはり学長から聞いているとおり、暇を持て余した『抑止力』が望むような環境ではないのかもしれない。
「まぁ、ないものねだりをしても仕方がねぇか」
狩神はぼそぼそと独り言を呟きながら会場一階の最前列、昇降段の間際に設けられた席に腰掛けた。指定席の隣にはリザーブのつもりなのか水玉模様のハンカチが置いてある。
やがて戻ってきた州欧は、軽く狩神に会釈をして席に座ると、すぐさまじっと目を閉じてしまった。新入生の挨拶のことで会話をする余裕もない、といったところか。
(ま、緊張しちまうのはある種当然か……。居心地も悪いって言ってたしな)
大公会堂の一階は、活気が溢れる以上に殺気立っている。
当然だろう。
ここにいる全員が、友達である前に、これから三年間、
詰まる話、隣り合う誰かは今日も明日も敵。競い合うことが第一義の存在。
隣同士談笑をする新入生が珍しいくらいで、会場の空気は限界まで膨らませた風船のように殺伐と張り詰めている。
その様子を二階、三階席から臨む上級生たちも、先程までの歓迎ムードから一遍、
「それでは、これより入学式、および始業式を始める。まずは、新入生の言葉」
新たな門出を祝福するには少々場違いな雰囲気のなか、式典がはじまる。
学長不在のために副学長が開幕の挨拶をし、その後、在校生代表の答辞が
「一年生次席、州欧弥生です。世界に誇る神宮高校で、新入生代表として、こうして答辞を述べる機会があるとは、思いもよらず、
淀みなく言い終えた州欧が堅苦しい表情を保ったまま狩神の隣へと戻ってくる。
「案外やるじゃんか」
州欧にしか聞こえない声で賞賛すると、彼女はうっすらと笑みを浮かべた。
「あはは……、なんとか乗り切った、かな」
「んじゃ、今度は俺の番だな」
名前が呼ばれ、狩神は舞台へ登壇する。
スピーカーの前で顔を上げると、眼前にずらりと並ぶは
一身に注がれる負の感情を振り払うように、狩神は
「どうも。一年首席の黒乃狩神です。州欧さんみたいによくできた答辞はできないんで、そこは勘弁してください。それとここにいる先生たちは万が一に備えて臨戦態勢を取ってください。……ああ、別に俺が暴れるわけじゃないっすよ。ただちょっと、場が荒れるかもしれないんでってことっす」
狩神はそう忠告をしてから、
上品な言葉も飾り付けた挨拶も
この場に、敵意と失望とを叩きつけろと。
感じたままを脚色せず、ありのままに吐き捨てろと。
やれと言われた以上は、忠実にこなす。
「……言いたいことは山ほどあるが、まずはてめぇらに対する意識付けからにするか」
すぅ、と狩神は肺に息を溜め込むと、ゆっくり、はっきり、明確に感情が伝わるように吐き出す。
「俺が首席ってことは、少なくとも新入生は全員、俺より
どいつもこいつもシケた面で睨みを利かせてやがるが……、はっきり言って、お前らとは踏んできた場数と死線の数も、見てきた世界の広さも、人生の濃度も、なにもかもが違う。
たかだか三年、血反吐を吐く程度の生半可な努力でこの俺を越せると思うなよ?」
会場の気温が一気に三度は下がっただろうか。
いい。これでいい。
狩神の狙い通りに、殺気が、敵意が、憎悪が、怨嗟が、嫉妬が、困惑が、増していく。
「学校生活なんてのは俺にとってはただの暇つぶしだ。それ以上でも以下でもない。恩義のある人がどうしてもっていうから、今日はここにこうして立ってる。
それだけだ。たったそれだけ。……なぁ、その程度の志で入学した俺が頂点だぞ? そんでもって、あろうことか目の前にいる奴らが日本で一等優秀な
そうして狩神は、大仰に、眼下に立ち並ぶ新入生へ指を指して断言してみせた。
「お前ら全員、このまま一所懸命に自己
「「「っ……」」」
会場で何人もの新入生が息を呑んだ。
あるいは拳を握り、歯を食いしばり、
そう。これでいい。すべて、目論み通りだ。
「……とまぁ、偉そうに発破を掛けてやろうと
この三年で血反吐以上のものを吐いて、俺を超えてみな。
ここは広大な世界へ飛び立つ雛鳥を育てるための箱庭じゃない。神格保有者として悠々自適な学びができる楽園でもない。
優秀じゃない奴の末路くらいは……まぁ、ここにいる連中だったら言わずもがな知ってるだろうよ。そいつを努々忘れずに、せいぜい頑張ってくれ。
あ、そうそう。俺と早々にタイマン張りたい奴がいたら、このあとコロシアムにきな。そこで相手してやるからよ」
――だから、精々、俺を退屈にさせないでくれよ?
そうして狩神のスピーチが終わり、締めの挨拶をすると同時。
大公会堂が割れんばかりの
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