第1章 - クロノスの神狩と雷神の狂騒

邂逅 - 1

 人造じんぞう神格じんかく計画――その単語を知らぬ者は、二二世紀が間近に迫った世界には存在しない。

 人間という概念を革新し、震撼しんかんさせたその技術は、いまだに日本だけの専売特許だ。


 人類の永続的な生存と繁栄、資源と環境の保全、貧困や食糧難を解決するため、新たな科学技術の創生に取り組むことを目的とした『ユートピア構想』が二〇四〇年に国際連合で採択されて以降、各国はしのぎを削り、技術開発に投資をしてきた。


 多くの国が、人類の新たなステージへの到達を夢た。

 ありとあらゆる新興技術に莫大ばくだいな資金が投入され、一時期は特需も発生したほどだ。


 しかし、日本には『ユートピア構想』に取り組む以前に解決しなければならない問題が山積みだった。

 特に喫緊きっきんだったのは人口問題だ。他国と比較しても若年人口の減少ペースが著しく、壷型どころか三角州さんかくすよろしくバランスの崩れた人口ピラミッドが描かれた資料を目にして顔を青ざめさせた官僚たちは、この問題に対して真正面から取り組まなければならない岐路きろに立たされていた。


 そして。


 双子支援策だの三つ子政策だのと総人口を一から上昇させる施策が五月雨さみだれに展開されると同時。

 ユートピア構想実現じつげんのため、そしてまた極東に住まう人種こそを世界における最優良の人種とすべく白羽の矢が立った研究こそ、稀代きだいの天才科学者――知念ほむらが発案した、人造じんぞう神格じんかく計画と呼ばれる代物だった。


 いまでこそ各国から異能力チート揶揄やゆされる人造神格は、ギリシャやローマをはじめ、エジプト、メソポタミア、インド、北欧、南米、日本、中国、東亜細亜アジアや中央アフリカ、果てには数千年の昔に滅びて久しいインカやアステカ――等々、数多の神話をから発想を得て、森羅万象しんらばんしょうを引き起こす超能力を総称する代物である。


 発表された当時こそ倫理的な問題が続発したが、技術開発競争を進める中で他国の手垢てあかが一切ついていない、ただ一人の日本人が提唱した唯一のアイデアだった。既に遅れをとっていた日本にとっては喉から手が出るほど万能な技術であったため、政府公認で開発は進み、十年余りで実用化にこぎ着けた。

 他国の人種に対する優位性を確保しつつ、国際連合が掲げたユートピア構想を実現する神の一手はこうそうする。神格を発現した子ども向けの幼稚舎から高校が一気通貫に設立され、神格保有者向けの職業も次々と現れた。


 彼らの多くは世界的にも価値ある存在となる一方、神格の発現率が低い者、有用な神格を発現できなかった者――いわゆる落ちこぼれの烙印レッテルを押された『低神格者ていじんかくしゃ』も社会問題化した。


 犯罪に手を染める低神格者が増加する中、規律と法制、職業斡旋あっせん、優遇制度など、神格保有者に対するありとあらゆる措置を取り仕切るため、政府は神格省を設立。さらに神格省は、特に優秀な神格保有者を犯罪者たちの監視者たる存在――『抑止力』として秘密裏ひみつりに任命した。


 その『抑止力』の一翼いちよくを担うのが黒乃くろの家であり、狩神しゅうじんは次期当主として英才教育を受けてきた。


 神格も相応に有用な力を発現し、いまでは不自由なく開放できるまでに至っている。



 だからこそ、狩神としては『抑止力』としての活動により一層、邁進まいしんしていきたかったところなのだが……。

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