終わりに
初めに「心当たりのある方は連絡を寄越してくれ」などと書いたが、やはり連絡は要らない。
今更何か語らったところで、あの日の私たちが鄙びた昔話の一つになるだけだろう。
自分勝手で申し訳ないが、最低限の秘密は守り、フィクションを幾つか混ぜたのだからどうかこれを見たとしてもそっと気づかなかったふりをして欲しい。
書き記していて思ったのは、これらは私にとって予想以上に大切で、神聖な思い出だったということ。
神がかり的な出会いがそう思わせるのかもしれないし、叶わぬ恋を美化しているせいかもしれない。
兎にも角にも、これが私の誰にも言ったことのない「平成の思い出」である。
夢物語か、暑さで見た幻覚だったのかと不安になるほど非日常的だ。
こうして文字に起こしたことで漸く現実だったと言える気がする。
ここまで私の思い出話と、いつかの約束のために付き合ってくれて有難う。
遠い夏の日、平成という時代に閉じ込めた希望があったことをどうか知って欲しかったのだ。
改めて感謝の気持ちをここに記しておこう。
関わった全ての人へ、感謝を込めて。
最期に、あの後彼はどうなったのかもここに少しだけ書いておこうと思う。
直接連絡を取ったわけではないから、わかる範囲内で。勿論詳しい名称や年代はぼかしておく。
彼はあの後、無事オーディションに受かって、とある役を勝ち取ったようだ。
その役が大変当たり役だったらしく、彼は本格的に仕事に専念するようになった。
ちょうど俗に言うイケメン俳優が流行りだしていた頃でもあり、ドラマやCMで度々見かけた。
その後、いくつかの映画や舞台でヒット。
今も尚仕事で忙しくしている。
時折テレビで見かける彼は、年相応に、いやそれ以上に草臥れてはいる。
それはお互い様である。
何せあれから十年以上経っているのだから。
当時憂いを秘めた少年の役やあどけない純朴な青年の役を多く演じていたが、今は険しい表情を浮かべる冷酷な悪役もこなしている。
きっと長いこと芸能に携わり様々な経験をして来たことだろう。
彼は歳の割に落ち着き払ったオーラを醸し出している。
感情の見えない大きく印象的な瞳が冷静沈着な役によくハマるのだと評価されていた。
しかし彼の瞳は、昔よりもずっと優しく、温かいものになったと私は思う。
彼は今まで一つ二つ噂程度の熱愛報道が流れたことがあったのだが、昨年めでたく結婚し、今年、父親になった。
完
箱庭東京 鬼木ニル @oniki_nil
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