下ネタ好きの音坂さんは、正体を僕にしか見せない

スミンズ

下ネタ好きの音坂さんは、正体を僕にしか見せない

   1


 ただ僕と音坂さんはテレビを並んで見てたのだ。けどやってる内容はワイドショー。多重不倫をした芸人が、カメラを無視して逃げ回る映像が写し出されていた。


 「アハハ!こいつのちんぽ、ヤマタノオロチにでもなってんのか?」と、下品なコメントを言ったのは僕でない。はたから見たら清楚なお嬢様である、音坂さんだ。


 「そんなのみたことない。おしっこが大変そうだ」


 「えー、返しが真面目~。君のは何本?一本?二本?」音坂さんは腰かけてたソファーを僕寄りにグッと移動してきて、すいっと僕のズボンの間手で広げて覗いた。


 「おお、一本。君はひとりに尽くします」


 「四つ葉のクローバーみたいにちんこを扱うな!」僕は音坂さんの手を払った。「まずだな、ふたつちんこがある人はホントにいるんだぞ。そうすぐに何でも下ネタにするなよ」


 「けっ、冷たいの。別に払わなくたっていいものを」


 「僕のちんこをそう安く扱われたくないの!」


 「そっかいそっかい」音坂さんはひねくれたような顔をしてテレビに視線を戻す。本当に下品な女だ。僕はふと彼女の横顔を見る。全く、はたから見たら本当に美女なのになあ……。


 「どしたの?そんな人の顔見て」


 「いや、音坂さんってやっぱり下ネタ言うのに合わないよね」


 「…ふうん、君が良くいうよねえ。学校じゃがり勉を演じときながら、外じゃジャンプとサンデーにエロ本を挟んで買いにいくんだもの。むっつり野郎」


 「人間はむっつり野郎ばっかだよ!君みたいに下ネタをガツガツ人に投げ掛ける方が少数派だろ」


 「ガツガツって。君…、私はリュウ君だから下ネタを投げ掛けることができるんであって、ガツガツではないよ」


 「……だからなんで僕なんだ」


 「君がクラスで一番変態な男で、私がクラスで一番変態な女。そういうこと~」そういって音坂さんはにっこりと笑った。それから彼女は僕のタンスを勝手に開けると、その中の服の間からエロ本を取り出した。


 「人のもの勝手に漁るなよ」もう諦めているから、軽くそう言った。


 「ふむ、これは爆乳表紙」そう言うと彼女は片手で自分の胸を服の上から揉んだ。


 「君のはまるでないね」僕はぶっきらぼうに言ってやる。


 「君のちんぽもそうでしょうが」


 「やっぱり思うけどセックスもしたことない男のちんこのサイズを知ってるのはおかしい」


 「君もまじまじ私のサイズを観察してるよね」


 「もういいです」僕はテレビを消した。「今日は親が夕方の五時には帰ってくるから四時には帰れよ」


 「ハイハイ。りょーかい。んじゃ、シャワーだけ浴びて帰るね」


 「家で浴びろ」


 「ケチだなあ。そんなだから小さい男だって言われるんだよ」


 「悪かったな。というか君以外には小さい男とは呼ばれたことがないです」


 「私は君の小ささを知ってるからねえ」


 僕はわざと膨れっ面をしてやった。


   2


 「青野さんかわいいよなあ」昼休み、良く駄弁る高校のクラスメイトがそう言った。


 「ふうん」僕はぶっきらぼうに返事した。


 「なんだよ。青野さんかわいいと思わないのかよ?」


 「わからない。というかなんか最近、女子をかわいいとか美人とか思うのやめたんだよね」


 「何を悟ったんだお前……」クラスメイトはチョコレートを口に頬張った。


 「みんなおはよう!」そんな時、午前授業を全部すっぽかしてお嬢様がやって来た。


 「糞能天気な野郎だ……」僕はそんな音坂さんを見るなりそう呟いた。


 「リュウってなんか音坂さんへの評価酷くない?」


 「ああ、あいつはヤベー奴だから」僕はそう言うともう一度彼女を見る。すると彼女は僕に向かってあっかんべーをしてきた。


 「うわ、なんだあいつ!」僕は思わず立ち上がりそうになったが、クラスメイトが落ち着かせてくれた。


 「なあリュウ、お前って音坂さんと仲良いの?」


 「今の見てそう思います?」僕はクラスメイトに聞き返す。


 「うん」そう言うクラスメイトの顔は本気だった。


 「……あいつほんとはダルい奴なんだよなあ」僕は視線を音坂から窓の外に転じた。


 「羨ましいわ、お前」クラスメイトがそう呟いた。


   3


 「精神的向上心の無い奴はばかだ」音坂さんは夏目漱石のこころを読まされていた。きっとあいつのことだ。Kと先生のことより、先生とお嬢さんの結婚前夜の話を読みたがってるんだろう。勿論、そんなシーン無いけど。そんなことをボーッと考えてると、僕は思わず勃起してしまった。ばれないように僕は机に突っ伏した。


 「よし、音坂ありがとう。じゃあ次の行、音坂、誰に読んでもらう?」


 「それじゃあ精神的向上心の無いリュウくんで」


 僕は思わず音坂を振り返った。そいつの顔はとても勝ち誇ったような顔だった。くそ、知っててやりやがったな。だが今たつと起ってるところにテントができてるのがもろわかりである。僕は仕方がなく「頭痛酷いんでパスします」と言った。


 「ほんとに精神的向上心の無いやつやな」先生がそう言うなりクラス中は爆笑の渦に巻き込まれた。


 帰宅で、ある駅を過ぎたところから電車には僕と音坂以外誰もいなくなる。その瞬間、彼女は正体を現す。


 「いやあ、今日はホントに災難だったねえ。性的妄想心が強い奴はばかだ」


 「マジでバカにすんのな」僕は耳元のイヤホンをとると音坂を睨んだ。


 「バカもなにも国語の時間に勃起するなんて凄いよ」


 「音坂だってパンツ濡らしてたんだろ」


 「うわ、セクハラ!引くわ~」


 「何がセクハラだよ。本当のこと言え」


 「保健体育でしか濡らさないよお」


 「やっぱ変態じゃないか」僕はそう言うと音坂を観た。すると、彼女はちょっと分の悪いような顔をしていた。


 「あ、言い過ぎたか、ごめんよ」音坂は下ネタ好きな筈だが、たまに僕の下ネタに拒絶反応を起こす。下ネタの何の部分が彼女の琴線に触れるかは不明。ただ、その琴線に触れてしまったなら、素直に謝るしか無かった。


 「べつにい、気にしてもないよー」すぐ彼女は笑みを浮かべた。


 そんなことをいってるうちに、電車は音坂の家の最寄り駅に止まっていた。僕は、いつも通り「降りないのか?」と訪ねる。


 「ううん、リュウくんと同じく終点で降りる」いつも通りそう答えてきた。全く、家による気満々だ。


 「……僕はここで降りてみる」僕は少し考えるとそういって、電車を出てみた。すると、彼女も「え?ちょっと!」といいながら電車を降りた。すると間もなく電車は走り出していった。


 「音坂さんばっか歩かせんのもこっちとしては気が引けるんだよ。別に君の家に乗り込もうとも思ってないけど、たまには良いだろ、ここから行こう」


 僕がそう言うと、音坂さんは少し迷うような素振りを見せた。それから「じゃあうちに来る?今日お母さん帰り遅いって」とにんまり笑ってきた。


 「え?」僕は思わずそう聞き返した。


 「何、え?って。リュウくんちの時みたいに下ネタ言い合えばいいよお」


 「……うん」僕は何故だか、音坂さんは家に呼ばないものだと思っていたから、少し拍子抜けだった。


 音坂の家は駅から裏道に入ってすぐだった。といってもこの辺はそんな栄えてる訳でもなく、低い建物の中に紛れるように彼女の家はあった。佇まいはオーソドックスな2階建ての一軒家というところだった。彼女はカバンから鍵を取り出すと、勢い良く玄関の扉を開けて、僕を先に家に入れた。


 すると少し長めの廊下があり、両脇には計3つの扉と向こう側にはリビングが広がっていた。


 「あ、右の一番近い部屋に入って」音坂さんは後ろからいってきた。僕は言われた通りその扉を開けた。その中はシンプルな部屋でベットと小さな本棚と机があって、クローゼットもついていた。だが本当に片付いていて、そこに教科書が置いてなかったら音坂さんの部屋だとは思えないだろう。


 「学校にいるときの音坂さんのイメージ通りの部屋だな」


 「まるで私が沢山いるような言い方だね。ディ〇ニーランドの某ネズミじゃあるまい」


 「消されるぞ」僕はそう言いながら、一応女子の部屋と言うことで、行き場に困っていた。


 「ほら、たじたじしてないでベットに座れよ~」音坂さんはボンと僕をベットに押し倒した。布団はふかふかで、微かに柔軟剤の匂いがした。


 よいしょと僕はベットに座ると、音坂さんは教科書の並んでる本棚の間から、エロ本を取り出した。


 「現したな、本性」僕はそうちゃかすように言った。しかし音坂さんは少し真面目な顔をして「本性かあ」と呟いた。それから静かにエロ本をまた本棚に戻して、「リュウくんって、セックスしたいと思わないの?」と言い出した。


 「なんだよいきなり」僕は突然のそんな質問にキョドってしまった。


 「私はとってもしたい。気持ちよさを知ってるから。君と違って」


 「なんだよ、いきなり非処女自慢?」思わず不機嫌な顔になる。だがそんな茶々に構わず彼女は続ける。


 「けど、気持ち良くなれなくなった。いつからか。だからさっき、保健体育であそこを濡らしたって言ったけど、嘘。セックスでもいつからか濡れなくなった」


 僕は突然そうペラペラと話し出す音坂にどう反応すれば良いのかわからず、無言でいた。


 「病院へ行ったけど、恐らくホルモンバランスの崩れと精神的なものだって言われた」


 「ねえ音坂さん。そのセックス相手って誰?」思わず、そう聞いていた。もう口を閉ざそうとしても、もう口からその言葉は漏れきっていた。


 「友達」


 「友達って?好きだったの?」


 「どうだろう?でも相手がセックスしたいって言ってきてたから、それを受け入れたんだよ。そしたら気持ち良かった。だから何回も受け入れたんだよ」


 「……なんだ」僕は正直、絶望を感じた。僕の中では音坂さんを下ネタ仲間だと思っていた。だが音坂さんはセックス自体が好きだったのだ。「ホントに好きでもない人を君は抱けるんだね。ヤリマンなの?」思わず僕はいらないことを喋る。僕は悔しかったのかも知れない。


 「……」彼女は無言だった。ただ、本当に泣きそうな目で僕を睨んできた。僕は一度、ため息をついた。


 「僕がセックスをしたいかって話だったね。僕は勿論したいと思う。けどそれは好きな人に限ってだから」


 「じゃあ!」彼女は突然僕をベットに押し倒した。その流れで僕はベットと音坂さんの間に挟まれる形となった。さっきいじった彼女の胸は、見た目よりも柔らかく豊かだった。彼女の顔は、僕の顔のすぐ目の前にあった。


 「じゃあ?」


 「私は君とセックスをしたい」


 「……でも君はあそこが濡れないって言ったじゃないか」


 「そうだよ。病院ではたまにセックスに夢中になれなくなったらあそこが濡れなくなることもあるって言ってた」


 「そうか。好きでない人だったから?」


 「おそらくそうだと思う。いや、そう思ってた。だけどそれじゃおかしいんだよ。オナニーでも私は濡れないんだもの。私、どうしてもあそこが濡れない」


 「……」そんなことに泣くなよ。僕はこころの中で毒づく。いや、彼女にとってそれは大問題なんだろう。だけど僕はそんなにセックスが大事なことだとは思わない。勿論、好きな人とセックスはしたい。だけどそれだけじゃ無いだろう。セックスだけじゃないだろう。


 「音坂さんは、好きな人がいるの?」僕はぶっきらぼうにそう言う。


 「……うん。いるよ。クラスメイトのむっつり野郎」彼女は僕に微笑んだ。それで、僕は確信した。ここまでの彼女のセックスに対する考え方に疑問を感じ、絶望した理由。それは、彼女の中での仲良しの基準が、セックスであったことだ。だが、僕は思うんだ。彼女は、僕と下ネタを言い合うときは勿論笑っていた。だけど、たまにやるやり取り……、そうだ、クラスでのちょっかいや、電車の中での他愛の無い話。そんな時でも彼女は、確かに僕だけに笑みを送ってくれていた。なら、僕はそれだけで十分なんだ。たとえセックスができないであろうと、僕は今までが良いんだと気が付いているから。けど、両思いならばせめて、これくらいしといてもいいと思うんだ。


 「なら、僕はその気持ちだけで十分満足だから。目を瞑ってよ」上で重なる音坂さんに、僕は言った。彼女は少し戸惑ったけど、結局ゆっくりと目を閉じてくれた。僕はそれから自分もしっかり目を閉じて、唇をゆっくりと彼女の唇に重ねた。その唇は、ありきたりな表現だけど、とても温かくて、『ああ、女の子だなあ』という感じだった。




 すると、彼女は静かに顔を僕から話すと、目を僕に向けた。


 「なんでだろー、私とても嬉しい」彼女が少し涙目でそう言った。


 「嬉しいって…。ありきたりな」


 「ううん」彼女は目からポロリと涙を流す。「私、キスだけでこんなにいとおしく人を思えるだなんて知らなかったんだもん」


 涙は彼女の頬を伝わり、ポトリ、と僕の顔に落ちた。その涙は、あり得ないほど温かくて……。


 僕は彼女に笑いかけた。彼女は、僕の胸に顔を押し付けて、涙を流し続けた。


 嬉しいなら泣くなよ。僕はそう思ったけど、そんなこと言えるわけもなく、ただ僕は彼女の泣き止むのを待っていた。

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