邂逅

夕暮れ時。

魔王の崖からは、魔王村の様子がよく見えた。


畑仕事を終え、教会の保育園に子供を迎えにゆく母親達。

村に一軒しかない居酒屋には、早くも一番客が暖簾をくぐる。


勇者が村を出てからすでに数週間が過ぎていた。

勇者襲撃事件があった当初は緊張感があったこの魔王村も、今は落ち着きを取り戻し、以前に近い暮らしぶりに戻っていた。


そして魔王は、毎日暇を持て余していた。

この人間界で唯一の話し相手だったユウくんが旅に出て、魔王は以前のようにひとりぼっちになってしまったのだ。


何百年もの間たった一人で耐え忍び、孤独には慣れていたはずの彼女だったが、今は暇で暇で寂しくて……毎日涙して泣いてばかりの毎日だった。


ユウくんと出会う前のように心を閉ざし、無機物のようにただ岩壁と同化し思考を凍らせることができれば……。

以前のように考えることをやめ、呼吸すら数年に一度の氷の大地の巨木のように、時間の流れを早送りすることができればどれほど楽かと……。


しかし、魔王はそれはしなかった。

どんなに辛くても、寂しくても耐え忍んだ。


…ユウくんが帰ってきたら、絶対にとびきりの笑顔で迎えると決めていたからだ。

満面のニッコニコ笑顔で、おかえりのチュっ♥をするんだと魔王は息巻いていた。

いっぱいペロペロして、ぐちょぐちょのべとべとにするんだとハァハァしていた。


そのためにも、このユウくんの帰る場所…魔王村を守るのだと心に決めていた。


美少女勇者に封印され無害となった魔王だったが、対魔族にとってはひとつだけ対抗手段があった。


『魔王権限』。

魔王という肩書きを使い、『魔王の威厳』で魔族に命令する、いわゆる『上司の命令』というやつだ。


(くくくっ…。これでも妾は、魔界の魔王なのじゃぁ!!)

こんなときだけ魔王っぽさを演出し、魔王モードの顔つきになる魔王。


魔族にとって、魔王の存在は絶対だった。魔王の命令には従わなければならない。

魔王権限で『撤退せよ!』と命じられれば、魔族ならばそれに従い撤退しなければならない。

今の魔王がユウくんのためにできることは、それが精一杯だった…。


(…はっ!?何じゃっ、この気配は!?)


…それは一瞬だった。

村の近くに魔族の気配を感じた瞬間には、ソレはもう魔王の目の前に到達していた。


「なっ!?」

遅れてやってきた音が魔王の鼓膜を揺さぶったときには、目の前の女性はすでに最初の第一声を響かせていた。


「はじめまして。『魔界結婚相談所・がちんこパートナー』から来ました、紹介員の恵理子と申します」

小柄で童顔のその女性の唇から、違和感満載のセクシーで色っぽい声が発せられた。


そして、その第一声が魔王の脳内で言語に変換される頃には、恵理子はご丁寧に一枚の名刺を魔王に差し出していた。



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魔界結婚相談所・がちんこパートナー

チーフ紹介員  兼  魔王(仮)


田中 恵理子


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この魔族の女性が何者なのか?

どうやって魔界から人間界にやってきたのか?

何の目的で魔王の目の前に姿を現したのか?


あまりに全てが一瞬のこと過ぎて、魔王の頭は激しく混乱していた。

様々な『?』の疑問が魔王の脳内を激しく駆け巡るが、やがて、それらを追い越して一つの『!』な衝撃が、魔王のぐるぐると回っていた頭の中からポンと飛び出した。


「ま、魔王……じゃとっ!!??」

その名刺の肩書きを目にし、魔王は驚愕の声をあげた。

なんと魔王の前に現れたのは、魔王だったのだ。


ただし、魔王(仮)。


「はい。次の一千年の魔王になります。…カッコカリ、ですねど♡」

恵理子と名乗ったその小柄な魔族の女性は、そう言ってプロの営業スマイルで微笑んだ。


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