後継者

お昼寝あとのおっぱいを飲ませ終わり、抱っこした赤ちゃんの背中をトントンと叩いてゲップをさせてやる。

豪快にげぷぅとゲップをすると、満面の笑顔でキャッキャと笑う赤ちゃん。

恵理子もつられて、「あらあら(笑)」とニコニコ笑顔でそれに答えた。


「すみません。お待たせしてしまって……」


「とんでもない!突然押しかけたのは私どもの方です!」

隣の部屋から、襖越しに魔王軍司令部の男の声が返ってきた。


恵理子は捲り上げていた胸元をおろし、赤ちゃんを抱っこしながら男達を待たせている茶の間に戻った。


「お茶も出さずにゴメンなさい。いま、淹れますね」


「いえいえ!どうぞお構いなく!!」


恵理子は赤ちゃんを茶の間のベビーベッドに寝かせ、お気に入りのオモチャを与えると、慣れた手つきでササっとお茶を淹れ二人の男に差し出した。

二人ともまだ先ほどのダメージが残っているのか、辛そうに前かがみになりながらお茶をすする。


「…では、私は本当に『魔族の王族』の血を引いているんですね……」

恵理子が席に着くと、当然その話……『魔王継承』についての説明がはじまった。


「はい。びっくりするほど遠い血筋になりますが、その通りです」


「そうですか……遠い血筋でしたか…びっくりするほど……」

恵理子はベビーベッドで、オモチャに必死に噛り付いている赤ん坊をチラリと見た。


(じゃぁ、あの子も…私の王族の血を引いてしまっているのね…)

ハァと思わず、大きな息を漏らしてしまう恵理子。


我が子に、平和で平穏な…幸福的人生を送ってほしいと願うのは、母として当然の親心だろう。

自分が魔王になってしまえば、当然次の王位継承権の第一位はこの赤ん坊になってしまう。


魔王になるということは、莫大な権力を持つかわりに、この魔界の運命をも背負わなければならない。

過去にどの魔王も、人間界の勇者と死闘を演じ、傷つき……そして多くの魔王が命を落としていった……。


現在の魔王のように、封印されただけのケースなどまだ幸運な方だった。

魔界の覇者である魔王とは、とっても過酷で危険な副業だった……。


(それにもし、私が封印されたり……死んでしまったら……)

まだ幼い我が子を見つめ、胸が苦しくなる恵理子。


(この子を残して死ぬなんて、絶対にできない!)

恵理子は自分の命がどうこうなんかよりも、この子のためにも絶対に生きねばならないと強く思った。


「本当に申し訳ありませんが、このお話、辞退させて頂きます」


「それは、やめておいた方がよろしいかと……」


「どうしてですか?」


「その場合、魔王継承権はあなたのお子さんが第一位に繰り上がり、継承の意思を確認できる年齢まで魔界王宮で保護されることになります……」


「そ、そんな!?」


「もちろん、お子様とお会いすることはできますが……育児や教育の大半は宮廷の教育係や世話役の役目となっております。帝王学を学び、武術や、おしゃれコーデも極めて頂きます。今のような生活をするのは難しいかと……」


「じゃぁ、私が魔王になれば?」


「我々の部署の仕事は新しい魔王就任の手助けです。新しい魔王さえ決まってしまえば、我々の仕事は完了です。あとの事は管轄外です」


「本当に、お役所仕事なんですね」


「ええ。魔王さえ決まれば、あとは適当な後任者に形だけの引き継ぎをして、速攻有給休暇を消化してバカンスに行きます」


魔王が交代する千年に一度しか仕事がない部署。実は相当役立たず達の掃き溜めとなっているようだった。


「それに魔王になれば、様々な特典も受けられます。お買い物の時は、常にお買い物ポイントは50倍サービスです」


「お買い物ポイントが…50倍……」

ごくりと唾を飲む魔王・恵理子。


「そのうえ、お肌もツヤツヤになり、はりもバッチリ若返ります」


「お肌のツヤも!?」

出産後の育児疲れで、肌のカサツキを気にしていた恵理子ががっちり食いつく。


だがすぐにハッと我に帰り、ぶるんぶるんと首を振る恵理子。

見た目は幼くても、そこは流石に三十路女。目の前の誘惑にホイホイと食いつくほど甘くはなかった。


「魔王にならないで済む方法はないのでしょうか?」


「そんなに魔王になりたくないのですか?」


「当たり前じゃないですか!」

魔王になるということは、人間界に攻め入ったりと、とても危険な役目だ。

なにより超面倒臭いと恵理子は思った。それもこの、育児中の忙しいときに…。


「そうですか。……実は一つだけ、回避できるケースがあります」


「本当ですか!?」


「ただし、この方法はあまり時間が残されていません。

 新しい魔王が実際に時期魔王として着任するまでに、あと数年の猶予があります。その間に、あなたよりも王位継承権の高い人が見つかれば……」


「ビックリするくらい遠い親戚の私よりも、王族の血筋の人が見つかれば……ということですか」


「そうですっ!大正解ぃぃぃっっっっ!!」

長身の男は急に、持病の発作でも起こしたのかと思うほどのハイテンションで、懐から取り出した正解ピンポン器を連打し、「50ポイントげっとぉぉぅっっ!!!」とけたたましく叫んだ。


赤ちゃんが驚き、ビクっと固まった瞬間にはすでに、ちゃぶ台越しに恵理子の膝蹴りが男の顔面を強打していた。


「もぉ!さっきからご近所さん迷惑ですよっ!!」


膝蹴りを食らった男があまりの光速攻撃に、遅れてやってきた衝撃を感じ倒れたときには、男の顔は裏返したオナホールのように、内側にめくれ込んでいた。

 

それを見て、きゃっきゃと笑い声をあげる赤ちゃん。

そして、「ぷぅぷ…ぷぅっブwちょw 顔面ヴァージンループwww」と笑いを堪え、鼻水を吹き出す大男。


恵理子はその光景を見ながら、自分は本当に次期魔王候補に選ばれたのだろうか……と、疑わずにはいられなかった。

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