出かけるときは忘れずに。忘れるときは出かけずに。

一週間後。



朝日が水平線から昇り、逞しく鍛え上げられた魔法学園三年生の生徒達を刺し照らす。

学園のグラウンドに整列した生徒達の影が遠い校舎まで長く伸び、影の端が三年間学んだ母校に名残惜しそうに触れタッチする。


全員、戦闘用迷彩柄の学園制服を身にまとい、顔にまで迷彩メイクを施した生徒達。

今日は修学旅行の初日。…出発の朝だった。


ユウナ達が魔法学院に転校して来てから、一週間が経過していた。


…しかし、ただの一週間ではない。

修学旅行という命がけの卒業試練に挑むための、厳しい修行と鍛錬の一週間だった。


ときには血反吐を吐き…その血だまりの中で「整列・点呼」の繰り返した。

あるときには、か細いロープの上にくくりつけた寝袋で眠り、「10時消灯就寝」を叩き込まれた。

自由行動日の見学ルートに至っては、念密な下調べと何百回もの緻密なブリーフィングを経て、まだ行っていないのにすでに行ったものと錯覚してしまうほどだった。


まさに軍隊さながらの、生涯忘れることなどできない地獄のような一週間だった。

…だが、それを生き抜いたクラスメイト34名の顔は、一週間前の幼さの残る顔とは違い、大人の顔……そして『戦士』の顔へと成長していた。




「これから、修学旅行に出発します!! 皆、お忘れものは無いわね!?」

生徒達の前に立ち、竹刀を持ったアキバが彼らの闘志を奮起させる。


「おやつは500円まで!お小遣いは5,000円までよ!肝に命じなさい!!」


「はいっっ!わかりました!!!」

一糸乱れぬ統制のとれた返答が、生徒達の列からあがる。


「就寝は10時!規律を犯したものには厳罰のうえ、先生からお家の人への電話もありえると思いなさい!!」


「はいっっっ!わかりました!!」


「それからペイチャンネルはホテル側で止めて貰っているから、無駄な抵抗はしないように!!」


「ええぇ〜〜〜」と男子の声。


「ごほん…! 最後にいいこと!?アナタ達、絶対に誰一人欠けることなく生きてここへ戻りなさい!!

 確かに危険な旅だけど、これは理事長命令よ! 家に帰るまでが『修学旅行』ですっっ!!!」


「はいっっ!!!!!」


「では、各グループ、出発っっ!!!!!」




アキバの号令で、4名づつのフォーマンセルに分けられた各グループが、目的地の見学先ルートへと特殊部隊のような前傾姿勢のまま散らばっていく。

無駄話など一切なく、手のサインだけで意思を疎通できるまでになった彼らに、もう言葉は必要なかった。


「えっと…私たちも、出発しましょうか?」

早起きが苦手で、立ったまま目を開けて眠っているユウナとリジュにシオリはそう声をかけた。


シオリが所属するグループは、ユウナ、リジュ、シオリと、足りない枠を特例としてアキバが入り4人の班となっている。

この一週間は、トイレのとき以外はこの四人で過ごす事が義務付けられていた。


たったの一週間だったが、シオリがこの学園で過ごしてきた二年半よりも濃く…長く充実した学園生活だった。


「ほら…ユウナさん、リジュさん…起きないとまた、アキバさんに怒られちゃいますよ!?」

イビキをかいたまま一向に動こうとしない二人と対照的に、シオリはいつアキバに怒られるかとビクビクしていた。


「ちょっと!!」


「ひぃっっ!?」

緊張で体を強張らせていた状態で後ろから腕を掴まれ、シオリは素っ頓狂な悲鳴をあげ狼狽えた。


「まだ納得いかないわ!どうして私じゃなく、アンタなの!!」


「……サエコさん…」

シオリが後ろを振り返ると、怒りと悔しさをごちゃまぜにしたような表情で、サエコがシオリの腕を強く掴んでいた。


ユウナに、同じグループになることを断られたのがよほどショックだったのだろう。

彼女はあの日以来、前にも増して因縁をつけてきてはシオリに絡んでくるようになった。


「できれば、私がユウナ様を守りたかった!私も同じグループになって、ユウナ様の盾になりたかった!!」


「……。」


「シオリ…あんた、死んでもユウナ様を守りなさい…。いい事!あなたは壁、ただの肉の防壁なんだから!」


「…わかってる。勇者様は、私が命にかえても守るから…」


「あ、当たり前よっっ!!!」

サエコは目に溢れんばかりに涙を浮かべ、シオリの襟元を掴んだ。


「絶対にユウナ様を無事に連れて戻りなさいよ!!それまで死ぬ事は許さないんだからねっ!!」

そう言い捨てると、サエコはシオリを突き飛ばすように襟元から手を離した。


そして、スゥッと握りこぶしをシオリの前に差し出す。

魔法学院の伝統のひとつで、修学旅行出発前に行う『再会』のおまじないだった…。


「……サエコさんも…生きて戻ってね……」


シオリも右手で握りこぶしを作ると、サエコの拳にゴツンと当てる。

ゲンコツ同士がぶつかる音が、シオリの心にずしんと響いた。


楽しい時間を一緒に過ごしてくれる仲間よりも、苦しいときに共に戦ってくれる友を得なさい。


この一週間…シオリたち3年生は血が滲むような訓練で、修学旅行に必要な協調性と団体行動をみっちり叩き込まれた。共に死地をかいくぐり、同じ釜の飯を食べてきた3年A組34名の絆は『戦友』として、いつしか根っこの部分で運命を共有する同士になっていた。


……生きて、この魔法学園に戻る。

とてもシンプルな、その一つの目的の元に。


「ふん……」

そう言ってサエコが顔を背けたため、シオリにはサエコが今、…悔しいのか…照れ臭いのか…嬉しいのか……その感情を読み取ることはできなかった。

たとえ短くても、密度の濃い時間と経験は人間を大きく成長させる。


二人とも少しだけ、大人へと成長していたのだった。

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