トモダチ宣言

「それとアンタに、最後にひとつだけ聞いときたい事があるんだ…」

お互いの拳を交わした後、サエコがそう切り出した。


「…何?」


「どうしてあいつを……シオン先生を許したの? あいつ、アンタを襲ってレイプしようとしたんだろ?」

少しだけシオリに同情するような口調でサエコが尋ねる。同じ女性として、暴力で女性を服従させようとしたシモンに怒りを覚えているようだった。


「先生は……ひとりぼっちの私に話しかけてきてくれたから……それは、本当に嬉しかったから……」


「…シオリ……」


「サエコさん……この一週間の拷問のような修学旅行訓練って、本当に辛かったね…。

…でも、私は辛かったけど楽しかったの。だって、ユウナさんとリジュさんとアキバさんが一緒にいてくれたから…」


少し寂しげな表情でシオリは言葉をつなげた。


「この地獄のような一週間も、それまでの2年間に比べれば平気だって思えた。

 …だって、ひとりぼっちは寂しいもの……」


「………。」

複雑な表情でシオリから目を外らすサエコ。

シオリのことをバカにしたりイジワルしてきた一人として、シオリの言葉は心の中にどんよりとしたものを残した。


「…それは………」

サエコは堪らず、シオリの顔を見つめた。


だが…成長したといっても罪の意識を感じないほど、もう子供ではなかったが、素直に謝れるほど大人には、まだなれていなかった。




「あのぉ、毎度空気読まない感じで悪いんスけど、ひとついいッスか?」

そんな微妙な空気の最中に、マイペースな口調でシオリの迷彩制服の胸元から、魔道書の『3年生の修学旅行のしおり』が舌をべろりとしながら顔を出した。

初めて喋る魔道書を目にしたサエコは一瞬ぎょっとするが、すぐにそれが最近クラスで噂になっていた例の魔道書だと思い当たった。


「仮契約から今日でちょうど一週間たったんで、シオリさんとの契約が『本契約』になりましたぁ! 魔法少女のご契約、あざぁっす!!」


「え………?」


事情を知らなかったサエコが、思わず驚きの声をあげた。

仮契約…? 一週間…? と、訝しげな表情で魔道書とシオリを交互に見比べる。


「あ……そういえば……仮登録……なんだっけ? あまりにバタバタしてて、忘れてた……」


「はぁっっ!!??」

サエコが信じられないと甲高い声を出す。


「じゃぁ何!?この一週間の間に解約可能だったわけ!?もしかしたら、他の誰かが契約して魔法少女になることも可能だったってこと!?」

1ヶ月無料だからと勧められ、そのままズルズルと継続して、見もしない動画サイトのお金を払い続ける典型的なタイプだった。


「ご、ごめん…なさい……」

サエコの剣幕に、シュンと肩を落とし落ち込むシオリ。


「アンタはいつも、そうやってドジばっかやって………バカぁぁっっっ!!」


「はぅっ!?」

ガシっとシオリの肩をつかみ、真剣な表情で詰め寄るサエコ。


「一年生の時から、アンタのそういうドジでトロくて、すぐ面倒ごとに巻き込まれるところがイライラして大嫌いだったんだよ!」

ずっとサエコの心にわだかまっていた感情が、堰を切ったように言葉となって溢れ出る。


「そりゃぁ、アンタをイジメたアタシらが一番悪いに決まってるよ!!確かに悪かったよ!これでも最近は、少しは反省してんだよっ!!本当にゴメンだよ!!

 でも、見てるだけでアタシをイライラさせるアンタにも、まったく問題無くはないんじゃね!?」


「ご、ごめんなさい……」


「そうやってすぐ謝るところもイラっとする! アンタ、ユウナ様に選ばれたんだよ!スゴイ事なんだよ!それにアタシらなんかより、すごい魔力を持ってんだよ!?

 …だからさぁ、もっと胸を張りなさいよ!!自信持ちなさいよ!!」


真剣な表情でシオリの肩を掴む、サエコの手に力が入る。

思わずシオリは、真正面からサエコの顔をマジマジと見た。


三年間近く毎日のように同じ教室で暮らしてきたはずなのに、シオリは初めてサエコの顔をちゃんと見たような気がした。

そして、(サエコさんって、こんな顔してたんだ…)と、今更ながらシミジミと思った。シオリは、もっとサエコが怖い顔をしている人かと思っていたのだ。


「…わ、わかったわ…サエコさん………」

想像してたよりも可愛げある顔をしたサエコを前に、シオリはいつもよりも緊張せずに彼女と言葉を交わす事ができた。


「ユウナ様!こいつ天然ドジっ娘なんで、すみませんが守ってやってくださいっ!!」


「大丈夫♡ ウチらが守ってやるって!」

いつの間にか目を覚ましたユウナが、シオリの後ろに立っていた。


「そうそう、アタシ達、すっごい強いから!!」

リジュも口のまわりにヨダレの跡を残しつつ、自慢げにそう言い放つ。


「…ユウナさん……リジュさん………」

いつの間にか守る側と守られる側が逆転していたが、彼女達にそれはもう関係なかった。


「だって、ウチら友達じゃん」

にぱぁ♡と満面の笑顔で、ユウナがシオリとサエコに笑いかけた。


「と………ともだち……!?」

ずっと憧れていたその響きに、うっとりとシオリの目頭が熱くなる。


訓練中からすでに『友達』ではあったが、改めて言葉で聞くと…その瞬間、本物の友達として認定されたような気がしたのだ。


本当ならいちいち言わなくても伝わるのだろうが、シオリはユウナ達本人の言葉で、ちゃんと「友達」だと言って…その言葉を聞いて、安心したかったのだと気付いた。

言わなくたって伝わることでも、言って貰えばもっといっぱい伝わることだってある。それが嬉しいコトバなら尚更だ。



「……えへ……えへへ……うへへへへ………うぅ………(笑)」


「な、何よ、シオリ! アンタ、笑うか泣くかどっちかにしてよ(笑)」

サエコが苦笑いを浮かべる。


シオリはにっこり満面の笑みで、ポロポロと涙をこぼし泣いていた。

嬉しくて泣くとき、人は笑いながら泣けるんだ…とシオリは今日、また一つ新しい発見をした。


「ぐすん……ごめんなさい…でも…止まらない…の……うぅ………」


止まらないのは涙ではなかった。

自然と顔がほころび、嬉しさでニヤニヤと顔がニヤけ笑ってしまうのを、シオリは止めることができなかった。

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