ふたりのシオリ

(ここは……?)


そこは試着室だった。


壁にはハンガーが一つだけ掛けてあり、後ろを振り返ると厚いカーテンが一枚。

ひとが一人が入れるような狭い空間に、大きな姿見の鏡が備え付けてあった。


そして鏡の中に、見知らぬもう一人の自分……別次元のシオリが立っていた。


鏡の中の彼女は、きわどいセクシーなドレスを身にまとい、大人びた真っ赤なルージュを唇に塗っていた。背中には悪魔のような鉤爪のある翼を持ち、お尻からは先端がハート形の尻尾も生えていた。


シオリとまったく同じ顔をしていたが、彼女は男を誘うような夜のメイクをしていて、化粧一つでとても妖艶で怖いくらいに美しかった……。


彼女は『もうひとりの別の自分』なんだ……と、シオリの直感は感じていた。



『アナタがなりたい、アナタは…何?』


鏡の中のもう一人の自分が、シオリにそう問いかけた。




変身呪文を唱えたシオリの体は、中央校舎の屋上で不思議な虹色の絲に包まれ光の繭になった。

そしてその中で彼女は今、生まれ変わろうとしていた。



…ここは、いわばシオリの『精神世界』であった。




「私がなりたい、私……?」


『そう…貴女が本当に望んている姿よ…

 あなたはそれに『変身』し、今こそ生まれ変わるの…』


不思議なものでそう問われると、なぜか心の中から自分の嫌いなところだけがどんどん溢れてきた。


持って生まれた強力な魔力のせいで、いつも失敗ばかりしている自分…。

発育が良すぎて、男性の好奇な目に晒され、いつもビクビクと怯えている自分…。


(私は、ただ…お友達と一緒にお喋りしたり……普通の学園生活が送りたかっただけなのに……)


シオリはただ、普通に友達が欲しかった。

一人は寂しかったし、惨めだったから。


そのために何度も頑張った。

その度に勇気を振り絞った。

それでも…うまくいかなかった。


そして何度も傷ついた。

その度に自分に言い訳をした。

結果…自分がキライになった。


心が傷だらけで、ぼろぼろになってしまった……。


(………私……だって……本当は……)


シオリの体が、数センチメートルだけ空中に浮き上がった。

それは、彼女が生まれ変わる『変身』の予兆だった。


「わ、私は……醜く卑しい『豚(ブタ)』になりたい!!」


『…………え〜っと…?

 ……ちょっと待って貰っても、いいかな?』


予想外のシオリの言葉に、もう一人の鏡の中のシオリが焦った顔をする。

試着室のシオリと、鏡の中のシオリの視線が会った。


「もうウンザリ!私は男に見向きもされないような、醜いブタで結構です!

 そうすれば他の女子にも嫉妬されないし、食いっぱぐれもないし!!」

 

相手が自分自身だからか、シオリは初めて遠慮なしに感情をあらわにして叫んでいた。


『でも、ブタはやめない!?

 ほら、他にもっと可愛い動物とか色々あるしっ!ねっ!?』


シオリが豚になるということは鏡の中のシオリも豚になる、という事と一緒だった。

彼女達は、シオリという体に同居する同じ『シオリ』の精神体なのだから。


「ブ、ブタさんだって……可愛い……!!」


『あぁ……もう最悪ぅ……』

鏡の中のシオリが、頭を抱えうなだれた。


その瞬間、中央校舎の屋上で光の繭が弾け、魔力が溢れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る