教室と紺ブルマ
シオリの通う魔法学院の高等部の教室は、広大な学園の敷地の東側にある。
小学部と中学部は西エリアにあり、高等部と大学院が東エリアにある形だ。
始業のチャイムが鳴り、日直が朝礼の声をあげ、教室内の34人の生徒が一斉に着席する。
1限目の授業は魔法理論の授業だった。
「……シオリ?その格好はどうした?」
皆が着席したのを見届け、欠席者がいないか出席簿を片手に教室を見回していた担任教師のシモンの目が、シオリの席で止まった。
皆、ちゃんと魔法学院の指定の制服を着て着席しているのに、シオリだけ体育の授業に着る体操着に紺のブルマ姿だったのだ。
授業中の教室でブルマ姿でうつむく少女の姿はどこか、非日常的で…白い素足が妙に生々しかった。
「朝……トイレに入ったら……お水が降ってきて………」
よく見ると、シオリの髪の毛はまだしっとりと濡れていた。
クラスの数人の女子から、クスクスと笑う声が聞こえていた。
女子の中心グループのメンバーである。
顔を赤くしてさらに深く下を向くシオリに、容赦ないクラスの視線が突き刺さる。
女子生徒の憐れみを含んだ視線…。
そして、思春期男子生徒の性欲を含んだ視線……。
隣の席の男子の、ゴクリと生唾を飲み込む音にビクッと体を強張らせ、シオリはさらに背中を丸めて縮こまった。
机の上のノートさえ覆い隠してしまう大きい胸や、スベスベした太モモに男子の熱い視線を感じ、シオリは緊張と羞恥心で死んでしまいそうだった。
「それと、この…マッチョ精霊達はどうした?」
シオリの上空には、数は7匹まで減ったが、まだボブ達が憑依し飛びまわっていた。
「この子達は……今朝……間違って召喚して…しまって……」
「この精霊を? ……君が召喚したのかい??」
シモン先生はちょっと驚いた顔をして、ボブとシオリを交互に見比べた。
本来、実体を持った精霊を召喚するのは難しい魔法だった。それを専門とした『召喚士』という職業があるぐらいなのだ。
(朝っぱらから7人もマッチョ男連れてww
大人しそうな顔して、どんだけビッチなんだよぉww)
(うわぁww …てか1対7の8Pって超ヤリマンじゃんww
相当エグいプレイされてんじゃね?)
(サエコww ひっでぇwwww)
コソコソといじめっ子グループから卑猥な嘲笑が聞こえるたびに、シオリは眼球の奥が熱くなり涙がこみあげてきた。
「……ゴホン!」
担任教師のシモンはワザと大きく咳払いをして、教室を静かにさせた。
そして自分の羽織っていた、魔道士の証である黒のマントをシオリの背中にかけてやった。
魔道士にとってマントは魔法の真理を志す証であり、アイデンティティそのものであった。
「………先生………ありがとうございます……」
チッっと、小さく舌打ちする音が聞こえたが、それきりガヤは静かになったようだった。
「寮母のジェシカさんから、図書室掃除の件は聞いているよ。図書室の鍵を渡すから、放課後職員室にきなさい」
図書室の鍵は先生の管轄外の筈だが、どうやら「困っていることがあるなら放課後相談にのるから…」という先生の気遣いだと気づき、シオリは小さく頷いた。
シオリを安心させようと、シモン先生は丸メガネの奥で優しく微笑むと、授業に戻っていった。
大きい先生のローブはシオリの足元まですっぽりと覆い隠してくれ、ようやく彼女はホッと息を吐くことができた。
シオリはいつも、シモン先生には感謝していた。
一人ぼっちでいるシオリを見かけると、先生はよく心配して話しかけてくれた。
今年で40歳になる彼はとっても愛妻家で、そんな時はよく奥さんのノロケ話をしてくれた。
奥さんの誕生日には先生自らケーキを手作りしてあげたり、奥さんの故郷を巡礼する旅に出かけたり……そんな話をハニカミながら話す先生のことを、シオリは尊敬していた。
(本当に、奥さんのことを愛してるんだ………結婚っていいな…)
いつも上着の内ポケットに、奥さんの写真を潜ませていることをシオリは知っていた。
一度だけ写真を見せてとお願いしたことがあったが、恥ずかしがり屋の先生に、照れくさそうに話をごまかされてしまった。
田舎に残してきたシオリの両親も、いつも仲良しで彼女の前でもラブラブの夫婦だった。
シオリはシモン先生にそんな父の面影を重ねて、よく父親の事を思い出してしまう。
(ほら!シオリもよく見てなさい!!こんなにパパ達はラブラブなんだぞ!!
ママァ〜♡ チュチュ ♡チュッチュチュ♡♡)
(……本当に…パパとママって、仲…良いんだね………)
(そうさ!パパ達は愛し合っているんだから!!)
(そうよぉ〜、シオリも結婚するならパパみたいな人にしなさいねぇ〜♡
あっ!? パパはママのだから、あげないわよぉ〜)
(……いらない)
(ママ♡ 愛してるよ♡♡♡)
(もう、パパったらぁ〜♡
このまま家族をもう一人、増やしちゃおかぁ〜♡♡♡)
(お願いだから…自分達の部屋でしてね……(////))
シオリは、先生から借りたマントに染み付いた魔道草の香りに包まれ、懐かしい父と母のことを思い出していた。
シオリの父もシモン先生と同じ魔導師で、いつも魔道草の匂いをさせていたのだ。
(…パパ達、ちゃんと…元気にしてるかな……)
辛いことがあった時シオリはいつも、父と母のことを思い出し田舎に帰りたくなる。
だが、貧しいながらも一流の魔法学院に進学させてくれた事を思うと、簡単には帰れなかった。
「じゃぁ、前回の授業の続きから……182ページの魔導草の配合方法について……」
教壇の上では、チョークを片手にシモン先生が授業を始める。
目の前の大きな黒板にカツカツとチョークを走らせ、授業の要点をまとめて図解していく。
「………くすっww」
突然小さく笑ったシオリに驚いて、隣の席の男子生徒が何事かとシオリに視線を流した。
さっきまで泣きそうな顔をしていたシオリが、今度はニヤニヤの表情で口を押さえて笑いを堪えていたのだ。
男子生徒はポカンと不思議そうに、シオリのほころんだ横顔に見とれていた。
だが幸い、シオリのそれに気付いたのはその隣の席の男子生徒だけだったようだった。
(やっぱり……似てる(笑))
シオリは、教科書で口角が上がる口元を隠しながら、シモン先生の後ろ姿を見つめた。
いつもはマントに覆われていて、目にすることがなかった先生の背中。
初めて目にするマントを着ていない先生の大きな背中が、びっくりするほど父の背中にそっくりで、それがシオリには微笑ましく、可笑しくて堪らなかった。
(だって……ズボンから、シャツが片方だけハミ出してるところなんか……パパにそっくりなんだもん……)
朝から不運が続きばかりだったが、シモン先生のおかげで少しだけ和んだ気持ちになれたシオリだった。
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