夢見る少女じゃいられない

魔法少女…。

全国の小さい女の子たちが憧れる、夢と希望を与えるメルヘンでマジカルな存在。


魔法でキュートな衣装にチェンジし、不思議な魔法や鉄拳で悪者をブッ殺す。

一部の熱狂的な大きいお友達たちにも、大変有難いご支持を頂いているキュアな存在である。


そしてここは、『魔法少女の国』。

魔法少女のエリートを育成するための『魔法学院』が存在し、学校そのものが国として機能している珍しい独立学園国家だ。

魔法少女の国というだけあって、人口の多数は若い女の子達ばかりだが、近年の少子化と魔法少女離れにより人口減少が進み、現在は男子生徒も入学し事実上の共学化していた。男の子が魔法少女になれる時代が到来したのである。


『魔法少女の国』は、別名『夢の国』と呼ばれている。

一度入場ゲートをくぐれば、そこが現実だと忘れさせてくれるような幻想的な世界が広がる。


魔法の国のモフモフな姿の幻獣たちがお出迎えしてくれ、一緒に記念撮影してくれたり、水の精霊の噴水が華麗にダンスし花々が楽しげに歌い出す。

特に夜に見る魔法でキラキラと豪華に演出された夜光ナイトパレードなど、5回テールランプ点滅でおもてなしのサインである。


学園キャンパスが街そのもので、エリアごとに『水』や『緑』などテーマが決まっていて、園内を歩いているだけで世界中を旅しているような気分に浸ることができる。


そして国内の中央には、一際目を惹く真っ白で大きなシンボル的なお城がそびえ立つ。

壮大で優雅で気品溢れるその姿は、多くの女の子たちにそこで待つ王子様を夢見させうっとりさせた。


だがあれは『お城』ではない。

『魔法学院』……つまり、学校だった。



◇◆◇◆◇◆



「一日フリーパスチケットですと、大人7,400円になります♡」

入国管理ゲートで、担当のキャストがニコニコ笑顔でそう答えた。


この時期になると、修学旅行生の団体客が大型馬車でひっきりなしにやって来て、魔法少女の国は殺人的に忙しくなる。

入場まで軽く1時間の行列待ちで、入場者たちもイライラで次第に殺気立ってくる。


それでも接客指導がしっかりと行き届いているので、彼女はアキバが「1日滞在で7,400円って!3人で22,200円って!!」と悲鳴をあげても嫌な顔一つせず、とびきりのスマイルでアキバの震える手から入場料を受け取った。


田舎育ちのエルフ少女のリジュが、入国ゲートをくぐるなり眼下に広がるファンタジーなアミューズメント空間に、目をキラッキラにレボリューションさせながら叫んだ。

「ここが魔法少女の国なの!?こんなにいっぱいの人、初めて見たぁ!!」


「この角度、超〜写メ映え♡ 11万画素で頂きぃ♡」

自撮り棒で魔法学院の校舎をバックに、ユウナもFOMAで好き勝手にパチりまくる。


「もう!皆さん、ちゃんとここに来た目的を忘れないでくださいねっ!」

そう言いながらそこは流石に大人の女性らしく、アキバは大枚を叩いた分の元を少しでも取ろうと、そこら中のパンフレットやアメニティを貰いまくっていた。まったく、せっかくの和風美人も台無しである。


そもそもここに来た目的だって、アキバが王国から持って来た『王国ウォーカー・最新号』には、最新のオススメレジャースポットや、行列のできるグルメ特集などは載っていても、肝心の『試練の祠』の場所が記載されていなかったから、新たに地図を探しに立ち寄ったのだ。


ここ魔法学院は、魔法の研究施設でもあるため、その図書館の蔵書量は隣国イチである。

ここで揃わない本はないと言われていた。


「ほらほら!そんなに走り回ると迷子になりますよ!」

アキバは好き勝手に動き回るリジュとユウナを追いかけながら、必死にそう呼びかけた。


このエリアの一番の人気スポットは、骨組みがボロボロの耐震偽装マンションをテーマにしたお化け屋敷『ボーンデッドマンション』だ。3LDKで駅まで徒歩3分なのに、家賃7000円という…いろんな意味で想像力を掻き立てる恐怖物件がモチーフとなっている。


無職のオジさんが日雇いの害虫駆除をこなしてゆく『プー太郎さんのハニーハント』もあるが、そちらはあまり人気がないらしく客はいなかった。


「うわぁ♡ あれに乗ってみたい!!」


「あっちのチュロス!旨そうじゃん!!」


「もう!二人とも勝手な行動しないでっ!!」


アキバはテンションが上がった二人の自由さに翻弄されっぱなしで、まるで幼稚園の引率の先生状態だった。


…そんな田舎者丸出しの三人の元に、目をキラリと光らせ、ひょこひょこと近づく怪しいシルエットがあった。

それは人型の『大きな耳のネズミ』っぽい姿をした、魔法の国の使者だった。



ジャァーーン!!



「やぁ!ボク、ロッキー!よろしくね!」

突然目の前に立ちはだかったそのネズミは、裏声に近い甲高い声でユウナ達に挨拶した。

かなり練習したであろうポーズでウインクもバッチリだ。


「か、可愛いいいっ!!」

リジュが目をハート形にさせて、その謎の生物に抱きついた。


その隣で(…え?? どこが???)と、アキバがちょっとキモいネズミを見つめる。

ユウナの後ろでワンにゃが「ワニャ〜ン」と怯えた声をあげていた。

ロッキーからはどこかニセモノ臭い、バッタもんの雰囲気が醸し出されていた…。


「ねぇ!お嬢さん! 僕と契約して、連帯保証人になってよ!」


「なるなる!連帯ほしょーにんになる!!」


「ちょ、ちょっと待って!!リジュ!?」

差し出された契約書類に、何の疑いもなくサインし実印を押そうとしているリジュを、アキバは寸前のところで静止した。


「何考えてるの!?見ず知らずのげっ歯類の連帯保証人になるなんてっ!!

 トンズラされて、借金肩代わりさせられるだけよっ!!」

男なんて信用しちゃダメ!!とアキバ(24)は、大人の顔でリジュを叱った。


「やだなぁ!借金の連帯保証人じゃないよぅ!!『魔法少女契約』!つまり魔法少女へのスカウトだよぉ!!」


ロッキーの話によれば、魔法少女のスカウトのために人間界にやってくる妖精が、この国には沢山存在するらしい。

彼らにはノルマがあって、それを達成しなければお国に帰る事ができない。

逆に多くの魔法少女を獲得できれば幹部に昇格し、そのぶんギャラのマージンは多くなり、報酬もネズミ算式に増えるという…なんだか怪しいシステムだった。


「未成年の少女に声をかけ、怪しい書類にサインさせるなんて……犯罪の匂いがするわね」

胡散臭そうに魔法の国のネズミをジト目で見下ろすアキバ。


「ちなみにお姉さんは、もう少女じゃないからボクと契約できないよぅ!」


「うぐっっ!!!」

心無い「もう少女じゃない」の言葉が、アキバの胸に突き刺さった。正確には「もう随分前から少女じゃない」が正解なのだが。

そんなことは十分承知だが、それでもせめてこんな夢の国の中でくらいは、少女の気分でいたいと思うアキバだった。


「お姉さん、だ、大丈夫だよぉ〜♡ 今からでも入れる…し、終身型の魔法少女契約もあるよぉ〜♡」


突然現れた黄土色のずんぐりむっくりしたクマの妖精が、ハチミツを舐めながら言った。

鼻にかかるゆっくりした喋り方と、太った体にピチピチ密着した萌えアニメキャラのTシャツがそのキモさを倍増させていた。


「と、年増の魔法少女は、一部のマニアが喜ぶから問題ないよぉ〜♡」


「……結構です!!」

なぜか一瞬の間を開けたあと、アキバはピシャリと断ったのだった。

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