第4章
スナック・せーぶぽいんと
さて…お話は『勇者襲撃事件』の日にまで遡る。
◆◇◆◇◆◇
シュポッ。
お店の名前の入ったマッチで火を起こすと、イレーナは細長いタバコに火をつけた。
そして白い煙を肺にたっぷり入れ、ニコチン不足に飢えた体を癒すと肉厚な唇から吐き出す。
今年44歳になった彼女は、古くなったシャッターを担ぎ上げ自分の店に入ると、いつものようにカウンター席でまず目覚めの一本をふかしていた。
ここは北国の場末の小さなスナック『スナック・せーぶぽいんと』。
イレーナはそこのママさんだった。
時刻はすでに午後の2時過ぎだが、昨夜も店の若い子の相談事を聞いてやり、結局お店を閉めて出たのが明け方だった。
朝に店を閉めて帰宅し、それからシャワーを浴びすぐさま息子の朝食&弁当を準備し、学校に送り出してからやっと就寝…。
(ふぅ、この歳で午前さまは、結構シンドイんですけどねぇ…)
目の下に疲れの跡が見えるが、イレーナの印象はまだまだ30代で通用するほど若く色っぽかった。
だがやはり、年々ハードな夜型生活が厳しくなってきていたのも事実だ。
(さてと、今日のお店の準備しなくちゃ…)
心の中でそう呟き、イレーナが重い腰を上げたときだった。
ドドドドォォォォン!!!!
低い重低音を響かせ、店の奥で青白いイナズマが走った。
そして、店内の奥のボックス席が激しく軋み吹っ飛んだ。
イレーナが視線をそちらに向けた時には、赤い古代文字で描かれた魔法陣が光を失い、残像を残し消えていくところだった。
……それは明らかに、勇者が転生をして復活するときの転生の魔法陣だった。
「ハァ……。 なんて日だい……まったく……」
イレーナは迷惑そうな顔をして、頭を抱えた。
寝不足続きとお月の物でタダでさえ頭が重いというのに、さらに面倒な来客の登場で彼女のテンションは一気にだだ下がりした。
店の奥のひっくり帰ったボックスソファーの影で、もぞもぞと巨体が蠢きゆっくりと立ち上がる。
それはまるでミケランジェロの彫刻のような肉体をした屈強な大男だった。
しかも全裸。
「…またアンタかい。そうしょっちゅう『転生』されると、ウチも商売のジャマなんだけどねぇ」
そうボヤきつつも、イレーナはカウンターの奥に丸めてあった特大サイズのガウンを大男に差し出す。
大男はしばらく固まったまま、何か考えているようだったが、彼女が差し出したガウンに気付きそれを受け取った。
「あぁ………すまぬ」
そしてぼそりと、ザックは一言それだけ言った。
先代勇者で、ユウくんの父でもある地上最強の男『覇勇者ザック』。
全裸の巨漢は彼であった。
ここ『スナック・せーぶぽいんと』は、勇者が復活するような教会でも何でもない。
いつもの常連客の他に、たまに旅の冒険者が立ち寄る程度の寂れたスナックだ。
そんな庶民の夜の溜まり場に、数年前ザックは『死に場所』を求めてたどり着いた。
(アンタ見慣れない顔だね。どうしたんだい、そんなしょっぱい顔して?
アタイで良ければ、話ぐらいなら聞くよ?)
そう言って出されたオシボリの温もりに、その時のザックはすがるように顔をゴシゴシとこすった。
『強い』とは何かさえ見失い、なんの為に『修行』を続けているのかさえわからなくなっていた当時のザックにとって、その温もりは人としての何かを思い出させてくれた。
(アンタがあの伝説の最強の勇者ねぇ……なんだか随分、煤けた背中だねぇww)
生きた伝説を前にしても、イレーナは臆する事なく他の客と同じように接客してくれた。
ザックの過去話を聞き、そして自分の身の上話を話して聞かせてくれた。
(まぁ、こんなケチな女だって逞しく生きてるんだw 才能もお金もなくても、一日でも長く生きれれば、そいつの方が強いってことじゃないのかねぇww)
生きた者勝ち。
死んでも復活してしまうザックには考えたこともない発想だった。
まるで野生動物のような、その日しのぎの発想だった。
……だが、ザックには天の啓示のように感じられた。
刮目した目からはとめどなく涙が流れ、ザックにはイレーナの背中に女神のごとく後光が差して見えた。
「おぉ……神よ………」
そう言って、ザックはこの店で懺悔(ボトルキープ)した。
……強さを求めるあまり、家庭を犠牲にしてしまったこと。
……強さを求めるあまり、息子に厳しくし過ぎてしまったこと。
……強さを求めるあまり、我を忘れて暴走し妻を殺めてしまったこと……。
その晩ザックは、飲み干した水割りの数だけイレーナに自らの罪を告白し、デュエットした数だけ忠誠を誓った。
(うわぁ このオッサン、メンドくせぇ……)
そんなイタい客に渋々付き合いながら、イレーナはずっと苦笑いするしかなかった。
それ以来、不思議なことにザックは死ぬと魔王村の教会ではなく、この『スナック・せーぶぽいんと』で復活するようになったのだった。
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