覇勇者ザック

そんなこんなで、先代勇者ザックは今日もまた『スナック・せーぶぽいんと』の店内を吹っ飛ばし、転生復活したのだった。

店のママであるイレーナにしたら、はた迷惑この上ない話だった。


(まったく、なんて迷惑な客だい……)

だが、イヤな男ではないとも思っていた。


(伝説の最強勇者ったって人間なんだ。ウチの店に来る客はそういった傷者ばかりさ。

 まぁ…この人の場合『手負いの獣』って感じだけどねぇw)


渋々と店内のソファーや吹き飛び割れた花瓶を片付けると、イレーナはカウンターに戻り水割りを一つ作った。

そして、天井を仰ぎ見ていたザックの前に差し出した。


「んで、今日はまたどうしたんだい? 随分と嬉しそうじゃないの?」

普段見ることのない嬉々とした表情に、イレーナはそうザックに尋ねた。


厚い胸板をガウンからはみ出させ、ザックは水割りをガブリと喉に流し込むと、クククッと不敵に含み笑いを漏らした。

そして一言。



「…息子が、『娘』になっておったわ……」



「へぇ、そうかい。

 まぁ私らみたいな夜の世界じゃ、よくある話さ。あまり気になさんな」

 

息子が物心ついてから娘になり、夜のネオン街で『あけみ』とかの源氏名で店で働き出す。

イレーナはそんな身の上話をいくつも聞かされ生きてきた。


「奴め……このワシを、殺しおったわ……フッフッフッ!」


「………へぇ」

イレーナはむしろ、この男を殺せる者がこの世にいることに驚いていた。


「じゃぁ、その息子さんとやらが…無敵のアンタを殺したってのかい?」


ザックは空になったグラスをイレーナに突き出すと、数年前に失った左目の傷口をさすり不敵に笑う。


口下手なこの男は多くを語らなかったが、どうやら……

魔界の猛者どもの気配を感じその場に赴くと、娘の姿になった息子が戦っていて、魔族ごと息子を最強奥義でぶっ飛ばしたら息子の反撃にあい自分も死んでしまった……という話らしい。


「アンタねぇ…なんでそうなるの? アンタの息子でしょ?何がどうなったら魔族ごと息子ぶっ飛ばして、そのうえ息子に殺されるのよ……」

露骨にヤレヤレという顔をして、イレーヌは肩をすくめた。


「強者同士が闘うのは修羅道の道理。地上最強は、二人もいらぬ…」


「地上最強?…じゃぁ、アンタの息子さんも相当強いのね?」


「『息子』ではない」


「はい?」


「鬼神のごときは、『娘』の方よ……ククッ」

ザックは今まで以上に歓喜の表情を浮かべ、潰れた左目の中に ガザッッ っと指を突っ込んだ。


「ちょ!?アンタ!? な、何してんのさ!?」

突然の常識を逸脱した行動に、血の気を引かせ怯えるイレーナ。


ザックが眼窩から指を引き抜くと、元は眼球があった場所から、まるで涙のように血の筋が流れ垂れる。


「血が出てるじゃない!!待ってな!?今薬草を持ってくるから!!」


「いらぬ」

ザックが立ち上がったイレーナを手で制す。

彼の言葉どおり、もうすでに左目の血はとまり、傷口すら塞ぎかかっていた。


「はぁ……アンタぁ…体まで常識外れの規格外なんだねぇ……」

ふぅと安心したような呆れたような顔で、イレーナはその場に座りこんだ。


「勇者の血族は、もとより再生力に長けておる。手足を捥ぎ千切られようが、死ねば元の五体満足で復活できる」

左手に付着していた血糊が、光の小さな粒子となり天に昇る様子を睨むように見つめると、ザックは言葉を続けた。


「だが…5年前にあの『娘』に穿たれたこの『左目』だけは、何度復活しようが元には戻らん……」

先ほどまでの、魔族と勇者との激しい戦闘の興奮も残っていたのだろう。この日のザックは、彼にしては饒舌だった。


「おそらく奴は、予言にある『勇者殺し』の力……」

物語の要所で、後付けの設定をそれっぽく語るために出てくるかのような『予言』の言葉。

王国に伝わる予言だったが、一体誰が予言したものかも定かではない。


勇者殺しの力……。


死んでも完全状態で復活する勇者は、ある意味人類最強だった。負けても復活してチャラにできる力があれば、勝てるまで挑めばいいのだ。

巨大な魔力を秘めた魔族ですら、長寿で長く生きることはできても、死んだ者を生き返らせる術はない。


だが、その勇者をも『殺』せる力。


いくら技で勝ろうが、力や魔力で捩じ伏せようが、ザックにとって自分を殺せる相手は脅威となる。

しかも、ザックには相手を…ユウナを『殺』す術はないのだ……。


「ククッ。『勇者』のクセに『勇者殺し』とは笑止なりっ!!」

そう言って、一人で勝手に盛り上がるザック。


イレーナは冷ややかにそれを横目で見ながら、水割りのお代わりを作ってやると、再びザックの前に差し出した。


「まぁ、今回は痛み分けってところじゃない?『殺』されなくて良かったじゃないのさ(笑)」


そう言って、イレーナは自分の分の水割りも作ると、軽くザックのグラスに当て乾杯をした。

ザックが生きて生還できたことに、彼女なりの祝杯のつもりだった。


「それに、アンタに死なれちゃアタイも困るんだよねぇ……」

イレーナの言葉に、不思議そうに顔をクイッと上げるザック。


「まだお店への未払いのツケが、たんまり溜まってるんだからさ♡」

そう言ってイレーナは、悪戯っぽくカウンターからグィと身を乗り出すと、目の前の常連客に微笑みかけたのだった。

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