第3章
優しい殺意
魔王村にある兵舎は300年前魔王が封印された時に、監視役の兵たちが暮らす施設として作られた古い建物だ。
当時は大勢の兵士が住んでいたらしいが、やがて魔王が無害だと判明すると長い間無人となった。
だが今、勇者襲撃事件が発生し、魔族が関与しているとの情報もあり、再び魔王監視の軍が大勢駐屯していた。
たまに町内会の寄り合いで使われていたため、適度な改修などが入っていたのが幸いし、現在もその機能は失なわれていなかった。
その兵舎にある小会議室で、アキバは勇者に旅の説明をしていた。
若くして優秀な術の使い手のアキバは、今回の勇者の旅の同行者に志願し大抜擢されたのだ。
この旅は多くの隣国を通らなければならないため、少人数での隠密行動になる。
そして道中は誰にも怪しまれないように、『家族』に成り済まして旅をするのだということ。
ちなみにアキバは、少年勇者の『姉』役になる。
その他の家族役のメンバーは、より有能でレア度の高い仲間を期待して、それぞれの国の旅の宿屋で『キャラガチャ』を引く計画なのだそうだ。
「う〜ん…結構ガチャって、運任せですよね?」
「大丈夫です勇者様!軍からガチャ課金用の資金は、たんまり貰っておりますので!!」
目を【¥】マークにして、自信満々に胸をはるアキバ。
この人案外、お金の力を過信してしまうタイプのようだ。
「まぁそれはさておき……勇者様にひとつ、お願いがあります」
アキバはこほんと咳払いをすると、改まって少年にそう言った。
「お願いですか?」
「…お、女の子になって下さい!!!」
「………え?」
「身分を隠してのお忍びの今回の旅。本当は勇者だとバレないように、女子に変装して頂くつもりでしたが……まぁ、そのお綺麗なお顔でしたら、変装でも相当な美少女に変装できるとは思いますが……もにゃもにゃ……じゅるり……ごくっ……」
女装した美少年の姿を想像して、ちょっとモンモンと妄想にふけってしまうアキバだったが、ぶるんっと頭をふり煩悩を振り払うと、言葉を続けた。
「勇者様は、偶然にも転生すると『女の子』になれるとのこと。もし本物の女の子になれれば、旅の道中、誰にも『勇者』だと気付かれる心配がなくなります。
それはつまり、敵の目を欺く最高の隠れみの。敵に発見される危険は、ぐんと低くなります」
魔王村には偽物の勇者…つまり影武者を配置し、本物の勇者は少女になり、試練の祠を目指す。
確かにそれなら、かなりの確率で敵を欺けるだろう。
それに…少年勇者は感じていた。
おそらく、魔族である女の子の自分は、今の自分よりもずっと『強い』……。
もし万が一敵に襲われたとしても、少女勇者の『ユウナ』でいたほうが、生存率は高いだろう。
…だが、悔しい気持ちもあった。
もう一人の…それも女の子の自分に、実力で敵わないという悔しさ。
だが、
「…そうだね。ボク、女の子になるよ」
と少年は、ニコリと微笑みそう言った。
悔しさはあるが、もし旅の途中で自分が死ねば、また魔王村の教会に逆戻りしてしまう。
全てがふりだしに戻ってしまうのだ。
今回のような遠方への旅では、どうしてもそれだけは避けなければならないと少年は思った。
「だけど、勇者のボクが自ら命を断つわけにいかないんです…。
だからアキバさんは、先に教会に行って少しだけ待ってて下さい…」
教会で待っていろとは、つまり転生して教会で復活することを意味していた。
それを理解し、アキバも頷いた。
「は、はい…わかりました」
◆◇◆◇◆◇
「お、おかえり!ユウくん♡」
「いや、まだ出発すらしてないから(笑)」
魔王の封印の崖で、お互い顔を見つめ合い苦笑いをするユウくんと魔王。
今朝しがた、出発の別れを惜しむ『けっこう感動的なお別れのシーン』を演じたすぐあとだっただけに、ちょっと気恥ずかしい二人だった。
「マオお姉ちゃんに、お願いがあって戻ってきたんだ」
「お願い? …うん!ユウくんのお願いだったら、いいよ!!」
お願いの内容を聞く前に快諾する魔王。
おそらく『死んで』と言われれば、「エ〜ン悲しいよぉ、ユウくんに死ねって言われた…しくしく(涙)」と言いながら、自ら命を断つだろう。恋は劇薬とは、よく言ったものだ。
「実は……」
「うん!うん!!」
魔王は何を期待しているのかわからないが、なぜか鼻息を激しく荒げ少年の言葉を待っていた。
「……ボクのことを……」
「うん!うん!!うん!!!」
顔ちかっ!っていうほど顔を近づけ、興奮状態の魔王。
もはや少年に頼られている…期待されているってだけで、どうしようもなく嬉しいようだ。
「ボクを、食べてほしいんだ!」
「そっかぁ! …って…食べ………るの?」
きょとん、と小首を傾げる魔王。
食べられたら死んじゃうよ?と、少女勇者を食べてしまった前例を思い出しながら、困った顔をした。
「ボクはあの時、マオお姉ちゃんに食べられて、少女の姿の『ユウナ』から、男の姿のボクに戻れたんだ。
今回はその逆、ボクから女の子の『ユウナ』に変わりたいんだよ」
「で、でも………」
最愛のユウくんを食い殺すのには、さすがに魔王も抵抗があった。
そもそもあの時は無意識だったといえ、人間を食べることにも罪悪感があった。
「マオお姉ちゃん、お願い!!
…ボクはどうしても、ユウナにならなくちゃいけないんだ……
……だって………」
そう言って少年は、押し殺していた本当の気持ちを語った。
「あの時、本当に『ボクを殺した』のは誰だったのか。
それを彼女に…ユウナに聞きたいんだよ…」
「ユ、ユウくん?」
「アキバさんが言ってたんだ。
大地を消滅させてしまえるほどの技の使い手は、この人間界ではひとりだけだって……」
少年は、いつもの物静かで優しい印象とは対照的に、まるで親の仇でも見つけたかのように激情あらわに言った。
「ボクはどうしても、そのときに『何』があったのかを知りたいんだ!!
そしてその真実を知っているは、その場にいたもう一人のボク…女勇者のユウナだけなんだ!!!」
バァーンッ!というオノマトペの効果音が、少年の後ろに浮かび上がる。
魔王も初めて目にする感情的なユウくんに、驚いている様子だった。
少年が自分のことをあまり語りたがらないことは、彼女も知っていた。
それでも魔王は、幼い頃から…それこそ生まれた時から彼のことを見てきたのだ。
だいたいの家庭内の事情は察しがついた…。
彼の父親…ザックが、勇者道を踏み外し、『力』を求め村を去ったこと。
ユウくんを強い勇者へ鍛えるために、過酷な稽古を強要し、何度も幼いユウくんを死にかけさせたこと…。
……そして、暴走した父ザックを止めるために、ユウくんの母親が犠牲になってしまったこと………………。
そんなツラいことがあったのに、ユウくんはグレずに素直に優しく育ってくれた。
魔王は、生前のユウくんママの優しい面影を思い起こし、深く彼女に感謝した。
ユウくんママの深い愛情が、今の優しいユウくんを育んでくれたことは明らかだった。
魔王が大好きになった、いつもニコニコ優しい少年は、まさに彼女の愛情子育ての賜物だった。
…そして年を追うごとに、ユウくんは母親そっくりの美人に成長していった。
魔王は少年の母親譲りの端整な顔立ちを見つめ、深く目を閉じ頷いた。
「わかったよ、ユウくん! 私がユウくんのこと、優しく殺してあげる♡」
こうして物語は、シリアス展開……かと思いきや、次回はいきなりエロ路線に突入するのであった……。
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