(//////)ひぃ〜。

大地を揺るがす巨大な咆哮。

複雑で繊細な感情を孕んだ叫びが、辺り一面の大地を揺らした。


怒りなのか悲しみなのか……憎しみなのか恐怖なのか……。

魔王本人すらその感情が何なのかわからぬまま…吼えた。


「な!?何事ですかぁ!?」


足元が激しくふらつき揺れ、シスター・マリアはベンチにへばりつき頭を抱えた。

教会の高い位置の窓ガラスが数枚割れて吹き飛ばされたのを見て、園児たちがすでに帰宅したあとで本当によかったと心底思った。

しばらく鳴り響いた雄叫びが止んだ後も、村のあちらこちらでは家畜が怯えたりとまだ騒がしさは続いていた。


「今の声…マ、マオ…お姉ちゃん?」


通常の人間にはそれが『音』なのかすら判別できなかっただろう。

だが勇者は、それが魔王の『声』だと認識していた。

そして、その魔王の様子にただならぬものを感じ、勇者は険しい表情でひとり教会を飛び出した。


「あっ!?勇者様!?どこへ!?」

アキバが必死に少年のあとを追いかけるも、彼女が教会の外に飛び出した時にはすでに、少年の姿は遥か彼方の上空を滑空していた。


「ダメです!勇者様危険です!!戻ってくださーいっ!!!」

必死に叫ぶが、その姿は遠く雨のカーテンの向こうへとシルエットとなり、そして消えた。


「くっっ!急いで部隊長殿に報告しないと!!」

アキバはすぐさま教会の脇に繋いであった愛馬に跨ると、兵舎目指して馬を駆った。




◇◆◇◆◇◆




ザァ ザザ…ザ …ザザザザザァ。


魔王は吠えながら、遥か高く……遠い空を見上げていた。


…そして思った。

自分は何を叫んでいるのだろう。

心張り裂けそうになってまで、何をやっているのだろう、と。


泣いているのは空なのか、それとも自分なのかすらわからなかった。


「はぁ………はぁ…………はぁ……」

1.2トンの体内にあった酸素すべてを吐き出し終わると、魔王はぐったりと肩で息をしながらうな垂れた。


「マオお姉ちゃん!!」


「……ユウ……くん…?」


ビクッと体を強張らせ、少年の声に反応する魔王。

顔を上げるとそこには、ユウくんが立っていた。


いつもならその声を聞いただけで、蕩けそうに顔を綻ばせる魔王だったが、今だけはいつもと様子が違った。

怯えたような…困ったような表情で、少年を見つめる魔王。


「どうしたの?マオお姉ちゃん!?何があったの?」


「覚えて…ないの?」


「うん…ごめんね(ニコリ)」

少年のその笑顔は、いつもの優しい微笑みだったが、どこか悲しげだった。


「妾のかけた呪いで……ユウくんが魔族になっちゃった………」

そう言った瞬間、魔王の瞳からぽろぽろと大粒の涙が溢れ出す。

ユウくんと付き合ってから、自分はすっかり泣き虫になってしまったと魔王は自覚していた。


「妾と付き合ったせいで……キスなんかしたせいで……ユウくんが魔族の女の子に………うぅ……」

言葉につまりながらも、魔王はそう詫びた。


「ごめんね…ユウくん………ごめんね……

 魔族にしちゃって……ごめん……なさい…………(ぐすん)」


「ぷっ……あは……はは…………あははは。

 ……ふぅ。 なぁ〜んだ(笑)!」


「え…?」


「マオお姉ちゃんに何かあったのかと思って、ボク心配で急いで飛んできたんだよ?」

魔王の無事を確認し安堵したのか、そう言った少年の瞳にも、大粒の涙がにじんでいた。


「もう! 本当に心配したんだからね!」

涙目でそう言う少年の顔には、いつも通りの笑顔が浮かんでいた。


「あ、あの!?そ、それだけじゃないの!妾は魔族の女の子になったユウくんを……… 

 その………たべちゃったのっ!!」

初めて見る少年の涙に焦りドキドキし、魔王はさらに余計なことを口走りまくった。


「ユウくんと付き合ってるのバレて、焦って!?ワケわかんなくなって!?

 えいっ!もう食べちゃえっ…て!!」

少年を泣かせてしまったという罪悪感から、魔王はテンパって完全にダメな感じの饒舌になってしまっていた。


「もうユウくんと、会えなくなっちゃう!? …とか思っ…………てっ……てぇっっぃ!!!!???」


まるで歌舞伎の見栄のような口調で、魔王が驚きの声を上げる。


突然、魔王のすぅっと高く通ったエキゾチックな鼻筋に、ユウくんが体を寄せたのだ。

魔王の顔に、正面から抱きつくユウくん。


まわりの人から見れば、ホテルのロビーなどにあるような太い柱に、少年が抱きついている『感じ』に見えただろう。

それでも、二人にとってそれは、熱い抱擁… ハグ♡と同じだった。


雨で濡れ冷たくなっていた魔王の肌に、ユウくんの体温が直接伝わる。

それもそのはず。少年の羽織ったマントの下は、生まれたままの裸の姿なのだから。


「もう大丈夫だから♡

 だってボク…マオお姉ちゃんにだったら、食べられたって構わないんだよ?」


ぎゅっと、魔王の顔を強く抱きしめて語りかけるユウくんの言葉が、魔王の右耳から左耳へと素通りする。

せっかくの感動的なユウくんのセリフも、今の魔王には頭に入ってこなかった。


魔王の頭は今、別のことでオーバーヒート寸前までフル回転していた。


(な、なにか……当たってる……

 か、顔に……何か……当たってる………あぅぅ(//////))


少年と密着している鼻筋の、真ん中よりちょっと下あたり………。

少年の股間あたりにある、ふにゃりと柔らかい突起物が、魔王の顔面に押し付けられポカポカ温かかった。


彼氏居ない歴1000年の性か。

異性免疫ステータスの能力値0の『一千年の処女』には、それはあまりにも刺激が強すぎた。

しかも困ったことに、ユウくんの綺麗で可愛らしいお顔に反して、そっちは想像以上に男らしく逞しかったのだったのだ…。


(//////)ひぃ〜。

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