咆えちゃった♡てへぺろっ♡
シスター・マリアが手渡してくれた暖かいコーヒーの入ったカップを、ユウくんは熱そうに恐る恐る持ち、ふぅふぅしながら口をつける。
女騎士アキバとシスター・マリアは、そんな少年を微笑ましく見つめた。
「ありがとう、マリアさん。生き返りました」
「うふふ♡ 良かったですね♡」
アキバに渡されたマントに包まった姿のユウくんは、ニッコリといつものスマイルでそうお礼を言った。
王国軍の者が今、勇者の家に彼の着替えを取りに行っているところだった。
さすがにこのままの格好でいさせるのは不憫過ぎた。
「…では、その時に魔族に襲われて?」
話は再び、護衛団が襲われた時の話に戻った。
「はい…気付いたときには、ボク一人しか生き残っていませんでした…」
「王国軍の精鋭の護衛団が……そんな……」
アキバが重い表情で言った。
「彼は自分のことを、『魔界の四天王・アーガルド』だと名乗りました…」
「またイタい……じゃなくて、面倒な奴が現れましたね……」
「そして、『新たな魔王誕生のためにも、勇者を試練の祠にはいかせぬぞ!』と襲いかかってきました」
「新しい魔王!? そんな重要な情報な情報まで教えてくれたんですか?」
アキバが驚いた表情で言った。
「『一千年の魔王』は、1000年ごとに現れるから、もうすぐ次の代の『一千年の魔王』が生まれるのだ、わははは…とボクに切り掛かってきたんです」
「もはや、ほぼリーク情報ですね……。SNSとか絶対やっちゃダメなタイプの人ですよ、その人……」
アキバが呆れた表情で言った。
「そして、『仮に俺に勝ったところで驕るなよ!!四天王のうちで俺の実力は最弱さ!だが嫁は他のブサイク嫁どもとは比べ物にならないほどの美人!だから四天王の真の勝ち組は俺様だww 死ねぇ!!!』…と……」
「それ……他の四天王の方の奥さんにも失礼じゃないですか? 四天王ってバカでもなれるんですね……」
アキバが憐れむ表情で言った。
そんなバカが、もしかしたらあと3人もいるかもしれないと思うと、アキバは居た堪れない気持ちになった。
「……では勇者様は、その四天王・アーガルドに殺されてしまったと……」
そんなバカに殺されては、さぞ無念であったろうとアキバは心を痛めた。
「はい………。
……いえ、たぶん………?」
「たぶん?」
「ボク……その戦いの途中から、記憶がないんです……」
ようやく冷めてきたコーヒーのマグカップをぎゅっと握りしめて、少年はそう語った。
「ボクが劣勢になって殺されそうになったとき、頭の中で誰かの声がしたんです…」
その時のことを必死に思い出そうとしているのか、静かに瞳を閉じてユウくんは言葉を続けた。
「『にゅう〜ちゃれんじゃぁ☆降臨!にぱっ♡』…って……」
その意味不明の言葉に、誰もがごくり…と緊張の息を飲んだ。
「じゃあ、それ以降のことは勇者様は…何も覚えていないということですか?」
「そこから記憶が飛んで…後はさっき、教会で目覚めるまで何も……」
「そう……ですか……」
まだ何か聞きたそうなアキバだったが、そこで言葉を終わらせた。
「だから、もう一度試練の祠を目指そうと思います。何か思い出せるかもしれないし。
今度は死んでもすぐに生き返れる、僕一人で……」
「それはダメよっっ!!!今回は運よく『殺され』たから良かったものの、囚われの身にでもなっていたら、どうなっていたか!?」
ものすごい剣幕で思わず少年を叱りつけてしまったアキバは、すぐに我に返り「し、失礼しました…」と勇者に謝罪した。
叱られて、少しシュンとしてしまうユウくん。
「ここだけの話……実は王国内部に、内通者がいる可能性があります。
どうしてその日を狙って、待ち伏せされたのか……」
声を潜めてアキバは言葉を続けた。
「あの日、勇者様が試練の祠へ向かうことは、我々王国軍と勇者様だけの秘密でした」
それなのに、一番待ち伏せしやすい巨大杉峠で待ち構え襲撃された。しかも絶好のタイミングで。
「…それにもし、こっそり一人で勇者様が試練の祠を目指したとしても、無駄だと思います。
祠までの道は、今はもう通れなくなってしまいました」
「え…?」
驚いた顔をしたユウくんを見て、アキバが「やはり本当に覚えていないのですね…」と、納得したように頷いた。
「道が……いえ、その巨大杉峠自体が『無く』なってしまったのですから……」
「峠ひとつがまるごと…ですか!?」
目を丸くして驚く少年。
「そのようなことができるのは私の知る限りでは、この地上界ではたった一人……」
アキバは少年から目をそらし、言いにくそうに言葉を続けた。
「あなたのお父様……先代の勇者『ザック』様だけです」
◇◆◇◆◇
その頃、外は雨が降り出していた…。
ポツポツと降り出した大粒の雨が、300年間、野外にむき出しのままの魔王の顔を今日も容赦なく濡らしていく。
放心状態から我に返った魔王は、まだ朦朧としている記憶の断片をぼんやりと思い出していた。
(えっと……
ユウくんの気配が消滅して…
それから…女の子のユウくん…が現れて………
…ユウくんと………お付き合いしてるのがバレて………)
そこで記憶が途切れていた。
虚ろな目で鉛色の空を見上げる魔王。
(それから……どうなったんだっけ………)
ザァ ザザ…ザ …ザザザザザァ。
雨が本降りになり、魔王村に集結していた王国軍の兵達が慌ただしく兵舎の方へと馬を引いて駆けてゆくのが崖の上から見えた。
魔王の自慢の黒くて豊かな髪も、大自然の雨のシャワーに濡れ萎んで、額に張り付いていた。
(なんだか今日は………人…多いな………)
うまく頭が働かなかった。
ただ…何か大きな喪失感だけは、心のなかにポッカリと『穴』として空いていた。
何か大切なものを失ってしまったような感覚…。
(あれ? ……もぐ…もぐ………何だろ、これ…?)
魔王はぼんやりと、口の中に何か残っているのに気付き、長い舌で器用に捕まえた。
そして、その蛇のように長い舌をペロリと出して、その口の中にあったソレを目の前に掲げた。
…それは、幼稚園児の黄色い小さな帽子だった。
次第にぼやけて曖昧だった記憶が、鮮明さを取り戻す。
自分が、女の子の姿をした『ユウくん』を『喰い殺し』てしまったときの記憶が…。
その瞬間、魔王は雨空の下で吼えた。
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