魔王襲来

300年前。


山の獣たちが慌ただしく騒いでいた。

木々の間から野鳥が飛び出すたびに、野鳥会の組合員がカチカチとカウンターのボタンを押す。


人里から遠く、普段なら人間が立ち入ることなど滅多にない死山の山頂に、

今や国中の兵や魔術師と野鳥会の組合員が集結していた。


「きっ、来た…!? 予言通り、魔王軍が攻めて来たぞ!!

 封印の術をもっと強めよ!! 何としても抑えこめ!!」


頭上の崖断面を見上げ、先頭で指揮をとる老将軍が声を張り上げる。

ただならぬ魔の気配に、老練の武人の額にも汗が滲む。


やがて切り立った岩崖の側面に、異様な幾何学模様の歪みが浮かび上がる。

予言書にあった『魔界への穴』が、今まさに現れようとしていた。


人間界と魔界をつなぐゲート…。

それは巨大な魔法陣で繋がった、光さえ飲み込む漆黒の巨大な丸い穴だった。




『『『無駄じゃ!!!人間どもっっ!!!』』』




地面がビリビリと震え、地響きをたてるほどの大きな爆声。

馬たちが恐怖に飲まれ、恐れおののきロディオのように暴れ出す。


それもそのはず……。


その声を発した彼女の唇は、大きさでゆうに畳二枚以上はあった。

その巨大な口が横に裂け、洞窟の天井のような口蓋を晒しながらその声を発したのだ。


「あれが……魔王?………女の魔王……なのか…?」

老将軍が手で耳を塞ぎながら、崖を見上げそう呟いた。


魔法陣から顔を出したのは、巨大で…妖艶な『美しい女性』の魔王だった。


窓からこちらの世界を覗き込むかのように、

7メートルはあろう大きな顔が、魔法陣の穴からこちらに突き出される。


黒く妖しい光沢を湛えた長い黒髪。

頭には山羊のような逞しい角。

そして見る者を凍りつかせるような、蛇の様な眼球の赤い瞳。



『…げん……どもぉ…………ども……ぉ…………もぉ………(小声)』



魔王は自らセルフエコーで余韻をつけると、

威厳たっぷりの表情で、地面に散らばる人間達を見下ろした。


『クククッッ……。 地上を這いずり廻るアリさん共め!!

 これでは、妾の足の踏み場もないではないか!!』


焼け滾る溶岩のような赤い舌で、ぺろりと紅を引いた唇をひと舐めする。


『爺ぃ!どこじゃ!?』

そして、自らの背後に向かって呼びかけた。


「ははぁ!ここでございまする!」


魔界の穴の淵から、仙人のような長い髭を蓄えた老人魔族が顔を出す。

見るからに軍師か作戦参謀的な雰囲気を醸し出していた。


『爺ぃ!妾の露払いをしてくるのじゃ!!』


『承知いたしました!!

 魔界の先鋒部隊よ!!突撃せよ!!』


爺ぃと呼ばれた老魔族の号令で、魔界の穴の隙間から、

大群の魔族の軍が、ワラワラと溢れ出してきた。


「き、来ました!? 魔族軍です!!

 その数……いち、にぃ、さん、しい…………!?」


目まぐるしい勢いで、野鳥会のメンバーがカウンターのボタンを連射してゆく。


「も、申し訳ございません、将軍!!つい習慣で、野鳥の数もカウントしてしまいました!!

 敵軍!数55075! 野鳥!数178!!」


「かまわん!野鳥もろとも八つ裂きにしてやる!!」


「なにそれひどい」


「さあ、こちらも行くぞ!!突撃だ!!魔王を魔界に押し戻せ!!!!」

老将軍が剣を振りかざし、軍を鼓舞する。


『おおおおおおおぉっっーーー!!!』


士気を高めた10万の王国軍が、魔王がいる崖めがけて突撃をかける。

迎え撃つは魔軍と野鳥軍団、その数5万。


王国軍と魔王軍の先鋒部隊が今まさにぶつかろうとした瞬間。


………両軍の間に、小さな少女が立ちはだかった。






次回[予言の勇者]。

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