祭りのあと

催し物が終わったあとも、周辺に出された出店はまだ大勢の観光客で賑わっていた。


「魔王村名物『魔王おっぱい饅頭』はいらんかねぇ〜?」

「HPとMPが全回復!トメおばあちゃんのあんころ餅どうだい!!」

「この1/200スケールの魔王フィギュア、限定品だよ!!」


高く切り立った断崖絶壁の麓に、300年前にできた小さな村。


勇者が封印した魔王を監視するために作られたこの村は、後に『魔王村』と呼ばれるようになった。


辺ぴな場所で、切り立った崖のせいで交通の便が悪いこの村も、当時は王国軍が駐在したり、各国の魔族研究家が訪れたりと、多少の賑わいがあった。


だが、300年の長い時のなかで、この魔王が人間界に害を及ぼす危険がほぼ無いとわかると、次第に忘れ去られ、過疎化していった。


そこで人口減少を何とか食い止めようと、村おこしとして100年前になぜか始まったのが、この『魔王♡おっぱい祭り』であった。


なんとこの祭り、1世紀もの歴史をもつ。今ではこの伝統あるエッチな奇祭を見ようと、あちらこちらから観光客が集まるようになっていた。


『ぐすん………妾は…魔王なのにぃ…魔界の支配者なのにぃ………うぅ……(涙)』


しくしく…しくしく………。

魔王は自分の今の境遇を嘆き、涙とともにつぶやきを漏らした。

囚われの姫ならぬ、囚われの魔王……。


しかし、村の上空30mで呟かれた言葉は、地上の人間達には聞こえない。

……はずであった。


スタッ。

魔王の左肩に、ひとりの小柄な少年が降り立つ。

金色の細い髪と空のような青い瞳の、まだあどけなさの残る少年だった。


きっとこの少年を知らない観光客がこの光景を発見したら、どうやって足場もないこんな高い場所まで登ったのか、不思議に思っただろう。


10代半ばぐらいに見えるその少年は、泣いている魔王を慰めるように、

「大丈夫、今年も魔界の支配者の貫禄たっぷりだったよ!マオお姉ちゃん!」

と、彼女の壁のように大きな頬を優しく撫でると言った


『ユ…ユウくん…』

泣きはらし赤くなった鼻をすすり、魔王はその少年を見つめた。

赤く腫れぼったくなった魔王の瞳に、お風呂一杯ぶんの涙がじわりと溢れ出す。


『頑張ってないよ……妾は、何もやってないもん………ただ、みんなが勝手におっぱいを玩具にしてるだけだもん………ぐずん……』


「マオお姉ちゃんのおかげで、この村は何とかやっていけてるんだ。本当はみんな、マオお姉ちゃんに感謝してるはずだよ!」


声変わりする前の、高くて優しいトーンの声。

その鈴のような声で、肩に乗った状態で耳元で語りかけられる度に、魔王の母性本能はきゅんきゅんと疼いた。


『ユウくんは、やっぱり優しい♡ 大好き♡』


「そうだ!またお庭のリンゴを持ってきてあげるから!だから、もう泣かないで?」


あどけない笑顔でにこりと笑う少年に励まされ、魔王の涙はいつの間にか止んでいた。


「うん…」

その笑顔につられ、彼女もにこりと笑ってみせた。


「…あ!」


魔王の頭上を見上げた少年が、目を輝かせて声をあげた。


「マオお姉ちゃんの頭の巣のヒナ達、そろそろ巣立ちそうだね!」


外敵の少ない切り立った崖に巣を作る習性の鳥が、毎年魔王の頭の上にも巣作りする。今年は8羽のヒナが無事育っていた。


『うん。今週中にはこのヒナ達も、空を飛ぶ練習を始めるかも♡』


300年前に崖に封印されて以来、何万羽というヒナ達の巣立ちを見守ってきた魔王が、自信満々にそう言った。


「……そっかぁ。じゃあ、ボクと一緒だね」


『……え?』


ユウくんと呼ばれた少年の言葉に、魔王はこの少年が、しばしの別れを言いに来たのだと気がついた。


『マオお姉ちゃん』という呼び名は、少年が今よりずっと幼いときに、少年が魔王につけた呼び名だ。


もっとも、言葉をおぼえたての小さな赤子が、まだちゃんと「魔王」とうまく発音できず、「まお、まお!」と言っていただけ……。

それがそのまま、現在の「マオお姉ちゃん」になったのだ。

もちろん、その呼び名で魔王を呼ぶのは、この村でもこの少年ただ一人だ。


そして「ユウくん」の呼び名は、魔王が少年につけたものだ。


彼が、『勇者』の血を引く本物の『勇者』だから。

『勇者』のユウくんと、『魔王』のマオお姉ちゃん…。


それが二人の間柄だった。


『し、試練の儀式にいっちゃうの? え?え!?

 ヤダよ!?どれくらい会えないの!?行っちゃヤダ!?』


代々勇者の血を引く一族は、一定の年齢になると勇者としての試練の儀式を得て、勇者の肩書きを継承する。

魔王が崖に封印されている間にも、何人もの勇者の子孫たちが、その試練に出かけて行った。


せっかく泣き止んだ魔王の瞳に、ふたたび犬小屋ほどもある大きな涙の粒が溢れ出す。


この村で…いや、この人間界で、魔王が心を許して話せる相手は、この少年ひとりだった。


…300年間、孤独だった。

もうぼっちは嫌だった。


『もう、寂しいのは……イヤ……なの…………ぐすっ』


「大丈夫!試練なんてさっさと終わらせて、すぐ帰ってくるよ!」


『ほ…本当?ユウくん?』


「約束するよ!マオお姉ちゃん!」


『じゃ、じゃぁ…ほっぺに、行ってきますのチュッ♡ して♡』


「え……っと…誰かに見られたら……」


『だから、地上からバレないぽっぺで我慢するって言ってるのぉ!

 何よぉ、昔はよくしてくれたのにぃ!』


「も、もう…恥ずかしいから(///)

 一瞬だけだよ………………チュッ♡」


『くぅっっっっ♡ やったぁ(///)』


乙女モードで瞳をハートマークにして喜ぶ魔王。

どこかで象の群れが騒いでるかと思えば、ドキドキとうるさく鼓動する魔王の心臓の音だった。


「じゃぁ、ちょっと行ってくるね!」

恥ずかしさでまだ赤い頬の少年。


『うん、行ってらっしゃい♡』

その恥ずかしそうな少年を見て、逆に照れる魔王。


しかし、行ってらっしゃいのチュー♡は、この世界でも死亡フラグだったらしい。


それから数日後、ユウくんが死んで村に帰って来た。






次回[魔王襲来]。

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