2-3
「慎二も、案外子供っぽいところがあるんだね」
子供っぽいとはどういう意味だろう。
タンザナイトの言っている意味が分からなかった。
「慎二は、二人を傷つけずに関係を修復しようと思っているんでしょ?それは、はっきり言って無理だ。だけどね、慎二。相手のことを本気で考えているから、傷つくんだよ。悪いことじゃないんだ」
「うん、分かるよ。でもね、傷つくことが悪いことじゃなくても、傷ついた後に、前みたいに笑い合うことなんて出来ないんだよ」
美波の気持ちを、大輝の気持ちを、知ってしまったからには、前みたいに接することが出来なくなる。
三人でいる時間が気まずいなんて、僕には耐えられない。
タンザナイトは僕の肩をそっと抱いてくれた。
温かい。
こうやって誰かに抱きしめてもらうなんて、誰かの体温を感じるなんて、どのくらいぶりだろう。
「好き、なんていう感情が無ければ、こんなに悩むことは無かったのかな」
心の叫びだった。
こんな感情があるから、僕はこんなに悩んでいるんだ。
こんな感情なんか無ければいいのに。
奥歯を噛み締める。
こんなことを言っても、何も変わらないことは分かっているのに、止められない。
哀しいものを見るような目で、タンザナイトは僕を見る。
「苦しいんだね、慎二。僕も、君が苦しいと、苦しい。好きの無い世界へ連れて行ってあげるから、もう、苦しまなくて良いよ」
ついてきて、とでも言うかのように、タンザナイトは目配せする。
僕はすぐ後を追いかけた。
「好きの無い世界へ連れて行ってあげる」とはどういう意味なのか。
僕には全く分からないけれど、それは僕の望んだ、理想の世界なのかもしれない。
真っ白な空間を歩く。
前に進んでいるのか、その場で足踏みをしているのか、それすらも分からないくらいに、何の目印も無かった。
「何処へ向かっているの?」
「好きの無い世界へのトビラだよ」
僕の問いかけへの答えは、答えにはなっていなかった。
黙って歩く。
目的の場所へ着いたら、それも理解できるのかもしれない。
その前に、枕元の目覚まし時計が大きな音を立てて、僕を眠りから覚まさせるかもしれないが。
それはそれで仕方が無いだろう。
「着いたよ」
タンザナイトがそう言うと、目の前に巨大なドアが見えた。
ドアの周囲に壁らしきものは無い。
どのくらいの奥行きがあるのか分からない、白い空間だけが広がる。
ドアは濃い青色の革が張ってあり、ドアノブとドア枠には、アール・ヌーヴォーを思わせる植物や花の彫刻が施されていた。
「この先に「好きの無い世界」はある。……慎二、本当に、良いの?」
好きという感情が無くなってしまっても良いのか、という問いだろう。
僕の心は決まっている。
この感情こそが、僕を悩ませる種なのだ。
「いいよ」
「そうかい。じゃあ、このトビラを開けて。僕は、この先へは行けないから、ここでお別れだね」
「そっか。ありがとう、僕の話を聞いてくれて。君のことは決して忘れないよ、タンザナイト。……行ってくる」
タンザナイトは何も言わない。
僕は振り返ることなく、両手でドアを押し開いた。
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