2-1

夢の、中だろうか。



立っているのか、それとも宙に浮いているのか。

それすらも分からないくらいに、真っ白な空間に一人、佇んでいた。

足が地面に着いている感じはしない。浮遊感も無い。不思議な感覚だった。



美波が帰った後、どうしても絵を描く気になれなくて家に帰った。

夕飯の味も、風呂に入った記憶も、いつ布団に入ったのかも、あまりよく覚えてない。

本当に自分が眠ったのかさえ、酷く曖昧だった。


けれども、僕はこの場所を知らない。

それは、ここが理想都市でないということだ。


「歩いても大丈夫、なのか?」


声が出た。

違う、これは声じゃない。

頭の中に直接響いてくる。

そんな感じだった。


「大丈夫だよ。君は自由に動ける」


僕以外の声が響く。

落ち着いた、優しい声。

大人びた雰囲気ではあるものの、僕よりも少し高いその声は、少年のようにも聞こえる。

声の主を探そうと、周囲を見渡してみたが誰もいない。


「何処にいるんだ?」


見えない人物へと問いかける。


「僕は、ここにいるよ」


声と共に現れた、そんな感じがした。

ほんの少し視線を下ろしたその先に、彼はいた。

気が付かなかっただけで、ずっとそこに居たのかもしれない。



彼は、変わった格好をしていた。

貴族服とでも言えばいいだろうか。

以前、沙也加に見せてもらったイラスト集に、似た服が載っていた気がする。


首元にフリルをあしらった白いシャツ、黒いチェック柄のベスト、黒いハーフパンツ。

その上には黒いロングコートを着用していた。


僕の胸辺りまでしかない背丈なので、やはり僕よりも幼いのだろう。

理想都市でも珍しいくらいの、美しい顔をした少年だった。


「ここは、夢の中ってことで良いのかな?」


「うーん。まあ、そんなところかな。慎二はどうしてここへ来たの?」


「どうしてって、夢なんだから寝たからに決まってるだろ?あと、何で僕の名前を知っているの?」


「トビラは、慎二が「必要だ」と思ったから開いたんだよ。何か、困っていることがあるんじゃない?」


言葉が噛み合わない。

僕がした質問に、少年は答える気は無いようだ。

少年はにこにこと嬉しそうに微笑む。

そのあどけない表情に、怒る気にはなれなかった。


「困ったことは、あるけれど」


「慎二はそのことを、どうしていいか分からないんだよね。解決するべきなんだろうけど、やり方も分からなければ、何を解決すれば解決したことになるのかさえ分からない」


少年の言う通りだ。

美波が最後に言い残した一言の意味も、沙也加に対する気持ちも、大輝が美波を思う気持ちも、幼馴染の関係の修復の仕方も、分かるようで分からない。


どうなれば解決したことになるのか、果たして解決するべきなのか。

悩みの無限ループのようなものに入ってしまい抜け出せなかった。


「慎二の困っていること、僕に話してみてよ。そうだ、ここは夢の中なんだから、素直になって良いんだよ」


「そうだね。その前に、君の名前、教えてもらっても良いかな?」


「なまえ……そうだね、名前があった方が呼びやすいよね。何が良いだろう?僕、名前が無いんだ」

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