1-4

沙也加のアトリエは、お世辞にも綺麗とは言えなかった。


いつも絵を描いている部屋に、とりあえず絵を並べて飾った。

そのくらい散らかっていた。

床や壁には乾いた絵の具が付いていて、部屋中につんと鼻につく臭いが染みついている。

換気したくらいじゃ取れない臭いだ。


アトリエに飾ってあった絵は、どれも綺麗だったけれど、あの『雪桜』だけは異質を放っていた。

絵の知識は全くなかったけれど、それでも心が引き寄せられる気がしたのだ。



「私ね、今でも時々、そのこと後悔してるの。あの時、どうして二人の事、個展に誘ったのかなって」


「僕は感謝してるけど」


「嬉しいけど、嬉しくないな。私、慎二と大輝と三人で、これからもずっと仲良く幼馴染をやっていくと思ってたの」


「違うの?」


「違うのは慎二でしょ?私は、慎二が三上さんと仲良くなってから、三上さんのことを優先しているような気がして、嫌だったの。

だって、私の方が昔から仲良かったのに、私よりも三上さんといる方が楽しそうなんだもん。

確かに、共通の話題とか趣味があれば話も弾むし、仲良くなるのも分かるけど。とにかく嫌だったの、慎二が離れていくことが」


美波の言う通り、僕は二人から離れていったのだろう。

自覚はしていた。

初等部の頃は三人一緒が当たり前で、ほとんど他の人と遊んだ記憶が無い。

それが、中等部に入ってからは、少しずつ自分の周囲の人間関係が変わっていったように思う。


美波とはクラスが離れて、大輝はサッカー部に入った。

僕は運動が得意というほどではなかったので、帰宅部というか、特にすることも無かったので学習室で勉強をする日々が続いた。

この頃は、まさか自分が美術部に入るなんて思いもしなかった。


その年の冬に、沙也加の存在を知ったのだ。


「ごめん。こんなこと言って、重いよね、ただの幼馴染なのに」


自分の気持ちを話してスッキリしたのか、美波は僕に謝る。

目は、まだ少し充血しているけれど、明日になって腫れるほどではないだろう。


「そんなことないよ。僕の方こそ、ごめん。本当に美波のことは大切な幼馴染だと思ってるんだ。それなのに、美波の気持ち、全然気が付かなくって」


「大切な幼馴染、か」


「え?」


大切な幼馴染。

間違ったことは言っていない。


これは僕の本心だ。


さっき美波も「僕が離れていくのが嫌だ」と言った。

幼馴染の関係が薄れていくのが嫌だ、という意味なのだと受け取っていたが、僕はまた間違ってしまったのだろうか。


どういう意味なのかを聞き返したつもりだったが、美波から答えは返ってこなかった。


カバンに荷物を詰め直し、鏡で顔を確認すると、勢い良く立ち上がる。

何かを決心したような、力強い目をしていた。

先程の泣いていた彼女は、いったい何処へ行ってしまったのか。


「ねえ、慎二」


「何?」


「私と、ダンス踊ってくれない?返事、待ってるから」



そう言って、美波は帰っていった。

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