1-3
僕は内科医になるため、医学学科。
沙也加は既に個展なども開いているので、芸術学科。
美波は自由都市の「ホテル王」と呼ばれる父の跡を継ぐため、ビジネス科に通っている。
僕達の将来就く職は、生まれたころから決まっていた。
基本的には親の跡を継ぐのだが、その適正が無かったり、兄弟が多くて同じ職に就けなかったり、事故による後遺症などで仕事が出来なかったりする場合は、同じ分野の別の職に就く。
自由に「好きな職」に就いてしまっては、極端に人手が足りない職場が増えてしまうからだ。
だから、僕は石田先生に呆れている。
僕達は、先生のような外の世界の人間とは違って、決められた未来があるのだ。
それを嫌だとは思わないし、むしろ誇りに感じている。
決められた道を歩むということは、自由都市のために働き、自由都市を守ることにも繋がるからだ。
人には適材適所というものがある。
僕は父親譲りで頭が良く、手先も器用だ。
常に冷静だし、適切な判断も出来る。
つまり内科医向きだ。
逆に、絵は好きだけれど、人の心を震わせるほどのものは描けない。
それを描けるのは、沙也加だけだ。
そのことを、先生は分かっていないのだ。
「私、そろそろ帰るね」
美波は立ち上がり、大きく腕を伸ばした。
「うん。気を付けてね」
「……送ってはくれないんだね。三上さんにはしたのに」
重く沈んだ声で、呟く。先程とのテンションの違いに驚き、美波の顔を見た。
「え、何で泣いて」
「慎二は、三上さんのことが好きなの?幼馴染の私よりも、三上さんの方が大切なの?」
「いや、美波のことも大切に思ってるよ」
「じゃあ何で、三上さんのことは家まで送ってあげるのに、私のことは放っておくの?それって、三上さんの方が大切ってことじゃない」
「違うよ。沙也加の時は、僕のせいで帰りが遅くなったから」
「じゃあ、もっと私がここに居座ったら、帰りが遅くなったら、心配だから送るよって言ってくれるの?違うでしょ?三上さんだから送ったんでしょ?」
「美波の言いたいことが分からない。僕にどうしてほしいの?家まで送れば気が済むの?それとも、沙也加だから送ったって言えばいいの?」
泣きながら攻めてくる美波に、つい、冷めた口調で反撃してしまった。
でも、自分でも止めることが出来なかった。
「そういうことじゃない。そういうことじゃないの……」
「じゃあ、どういうことなの?一回座って。こっち向いて、話してみてよ。僕はエスパーじゃないから、ちゃんと言葉にして伝えて」
そう言うと、美波は大人しく椅子に座り直す。
僕もキャンバスから離れ、美波の前に席を移した。
一台の机を挟む形で向かい合う。
少しだけ、冷静さを取り戻した。
「慎二は、三上さんの事、好き?」
手渡したハンカチで、美波は涙を拭く。
青みがかった薄いグレーの生地が、涙に触れた部分だけ濃く染まった。
「好きだよ。恋愛感情はないと思うけど、沙也加の絵には惚れてる。心を掴まれるって言えばいいのかな。そんな絵を描く人のことを、僕は嫌いになんてなれない」
「うん。そうだよね」
「それが気に入らないの?美波は、沙也加の事嫌い?」
「ううん、そうじゃないの。私は三上さんとそんなに話したことは無いから、好きとも嫌いとも言えない。でも、悔しいの。慎二と三上さんが仲良くなったの、中等部に入ってからでしょう?」
「そうだね。一年の冬に『雪桜』っていう、沙也加の作品を見た時に気になって話しかけたんだ。これはどういう絵なのかって。それがきっかけで、絵を教えてもらったり、本の貸し借りをしたりするようになったんだ」
「あの時は確か、私が三上さんの個展を見に行こうって、慎二と大輝のこと誘ったんだよね。けど、私が熱出しちゃって二人で観に行くことになったんだっけ?」
「そういえば、そうだったな」
冬休み初日に、クラスメイトの子が絵の個展を開くから一緒に行こう。
そう、美波に誘われて行ったのが、沙也加のアトリエだった。
芸術という分野に、僕も大輝もあまり興味はなかったけれど「美波が行くなら行く」というのが僕達のスタイルだった。
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