第2話 火照り

 夏樹さんは、少し首を傾げてそう言った。

「えっ!? あっごめん! なさい……」

 私は恥ずかしくなり、赤く火照った顔を慌てて下げた。なぜため口で返事をしてしまったのだろう。同い年に対して敬語を使うのは違和感があるが、それにしても初めての会話だ。それなりの距離感を保ちたい。

「もしかして、シャーペン持ってなかった?」

「いや、もっ、持ってますよ! はい!」

 顔を上げ、無理矢理笑って見せる。そのまま筆箱の中に手を突っ込み、無造作に掴んだ一本のペンを差し出した。

 そのペンを見て、夏樹さんは少し息を漏らしながら上品に微笑む。

「それ、修正ペンじゃん!」

「え……?」

 視線を落とすと、先日買ったばかりの修正ペンを掴む私の手が見えた。

「ご、ごめんなさい!! 違うんです!! これはわざとじゃなくて——」

「大丈夫だよ! 羽月さん、面白いね」

 夏樹さんは私の言葉を遮るように言った。その言葉に反応することなく、私は筆箱から注文の品を取り出す。恥ずかしすぎて、爪は伸びていないかなど全く無関係なことも考えていた。

「ありがとう! 申し訳ないけど、今日一日貸してもらっていい? 筆箱ごと忘れちゃったんだよね……」

 私は、「大丈夫です」と勢い良く頷いた。

 教室はアンケートについての雑談で満たされていて、幸いこの一部始終は目立っていないようだ。良かった。良かった。

 夏樹さんは、「昨日の夜鞄に入れたはずなんだけどなぁ……」と頭を掻きながら態勢を戻す。本当に恥ずかしかった。

「は~い、静かにな~」

 先生の適当な声が響く。心なしか静かになった教室で、唯一私の中に響く心臓の鼓動だけが騒いでいた。


「あそこ書いた?」「女子校で書く人なんていないでしょ~!」

 ホームルームが終わる。授業の開始を告げるチャイムと共に、先生はアンケートを回収させた。それと同時に、生徒達は再び雑談を始める。また賑やかになった。

 私は、後ろの席から渡された二枚のアンケート用紙を夏樹さんへ手渡す。まだ少し恥ずかしい。

「ねえ、羽月さんはあそこ書いた?」

 不意に話しかけられ、困惑するが、平然を装って会話に臨んだ。

「あそこって……?」

「ほら、ここ」

 夏樹さんは私が貸したシャーペンで、アンケート用紙の一番下に設けられた鍵括弧を差した。

「好きな人。書いた?」

 そこは空欄だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る