鬼夢

カラスヤマ

第1話


私は昔、鬼だった。



鬼と言う生き物の中でも最悪な方で、気に入らない仲間の鬼を片っ端から殺して、喰い散らかす程の最強最悪な鬼だった。そんな同族殺しの私は、当然仲間の鬼から追われる身となり、山の奥で隠れて暮らすはめになる。



だが、すぐに山の生活に飽きた私は、山を下り、人間が住む村に行くことにした。ただ……私は、人間が昔から大嫌いで。なるべく人間に会わないように注意してーーー。



「なっ!? なっ、なんじゃ!! 鬼。誰かっ、たすけッ!!!」



川で洗濯している婆さんと目があった。姿を見られたからには仕方ない。




ザシュッッ!!




倒れた婆さんの亡骸を呆然と見つめながら、私は考えた。



「あっ!!」


この婆さんになりきろう。人間の姿の方が、怪しまれないし。鬼には、特殊な力がある。人間の婆さんに化けるなんて朝飯前。キツネやタヌキだって、化けれる時代だし。



「は? なんだ、アレ。あ……………桃?」



どんぶらこ、どんぶらこ。川上から私に向かって桃が流れてくる。好奇心の塊の私は、このサプライズを無視できるわけもなく、巨大な桃を川からあげて、婆さんの記憶にあった古びた家に持ち帰ることにした。




これが、すべての始まりーー。



桃を背中に乗せ、一歩一歩……。人間なら大人三人ぐらいでやっと運べる重さ。


こんなヨボヨボの婆さんが、そんな桃を軽々背負っている異常な光景。家に着くまで誰にも会わなかったのはツイていた。



家の前で立ち止まる。私は、そっと桃を地面に置くと家に入った。家の中で、爺さんが倒れていた。身体中が、血だらけ。


その周りには、刀や鎌を持った数人の山賊がニタニタ笑って立っていた。



「おっ! ババアが帰ってきやがった。ついでに殺しちまえ」


「へへへへ。婆さん、すまねぇ。死んでくれや」



そういえば、朝から何も食べていなかったなぁ。さっきから腹の虫が、わめき出すし。



人間は、あんまり食べる気がしないけど。



「いただきます」


婆さんの記憶にあった食事前の挨拶。



………………………。


…………………。


……………。




一応、腹が膨れた私は、巨大な桃を赤黒く汚れた畳の上に乗せた。食後のデザート。


さっきの山賊が持っていた刀を一振り。


桃が、真っ二つになった。



「オギャア、オギャア、オギャア!!」



「へ?」



「オッギャア! オギャア! オギャア!」



「は?」



桃の中から人間の赤ん坊が、出てきた。まぁるいプリプリした白い尻が、丸出し。



私は、産まれて初めて……焦った。


しばらく赤ん坊とにらめっこ。


私は、家を飛び出した。私の住み処。山へ帰るために。




山に帰り、いつものように草の上に寝そべる。満天の星が、笑っていた。



「……………」



頭に浮かぶのは、あの赤ん坊の顔。思い出すたび、頭が痺れた。もう死んでしまっただろうか。母親がいなくては生きていけない脆弱な人間の子供。情けない。



「………」



もう一度だけ見に行こうかな。


見るだけ。見るだけなら。



「はぁ………はぁ…はぁ…」



夜の闇を裂き、こんなに本気で飛ぶように走ったのは、何年ぶりだろう。家の中に入るのが怖かった。



赤ん坊はいた。でも静か。


私は、赤ん坊を抱きしめた。



「あっ……」


あたたかい。まだ体温がある。



「ぁ……」


泣き疲れて寝てしまったようだ。良かった………。



良かった?



私の腕の中で眠る赤ん坊を朝まで抱っこした。その日から、私はこの赤ん坊を『桃太郎』と名付け、育てることにした。



どうしてこんなこと……。自分でも分からない。



桃太郎は、私の中の化け物を抑えてくれる。人間を襲うこともなくなった。婆さんの姿で、人間のフリをしながら里で生活した。村人を騙し、桃太郎も騙して。



「おばあちゃん。どうしたの?」


「なんでもないよ。早く寝なさい」


「うん。おやすみなさい」


「おやすみ、桃太郎」




桃太郎は、私の宝。私のすべて。




桃太郎との生活。


あれから何年たったのか……。尻を丸出しに泣いていた赤ん坊も今じゃ立派な青年。桃太郎は、元気そのもので。今まで病気にも一切かからず、人間離れした潜在能力を私は感じていた。



「桃太郎……」


「すぐ風呂が沸くからさ。もう少し待ってて」


「桃太郎……」


「どうしたの? おばあちゃん」


もう私がいなくても大丈夫。お前は、1人でも立派に生きていけるよ。大嫌いな人間のフリをしながらの生活。今まで続けてこれたのは、お前がいたから。その奇跡ももうすぐ終わる。



予想以上に私の鬼としての力が、弱まってきていた。いつまでも人間の姿を維持できない。



人間と一緒にいるから?



理由は、分からないけど。ってか、理由なんてどうでもいい。



桃太郎……。お前だけには、この醜い鬼の姿を見せたくない。優しい婆さんの姿のまま、お別れしなくちゃ。


そんな決意をした矢先のこと。満月の晩、桃太郎が信じられないことを言った。



「おばあちゃん。……俺、鬼ヶ島に鬼を退治に行くよ」


「は? 鬼を? なんでお前が、そんな危ないことをしなくちゃいけないんだ! ダメだよ、絶対に」


「昨日、鬼どもに隣の村が襲われてさ。釣り仲間の佐助が、殺されたんだ。もう我慢出来ない。いつか、この村にも鬼は、やってくる。だから、今のうちに力の強い俺が退治しなくちゃいけないんだ!!」


「……お前は、鬼の本当の恐さを知らないからそんなことが言えるんだ。おばあちゃんを一人にしないでおくれ。頼むから」


「ごめん……。でも俺、決めたんだ。ごめん……ばあちゃん」



今の桃太郎の力じゃ、鬼ヶ島にいる鬼どもには勝てない。鬼は、特殊な力を持っているから。鬼が、その気になれば桃太郎の心を操ることもできる。戦うまでもなく、桃太郎は敗北するだろう。



「明日、出発するから」


それだけ言って、桃太郎は寝てしまった。一度言い出したら、私の言うことなど聞かない厄介な性格。



私にできることは?



少しでも桃太郎が勝つ確率を上げることだけ。


私は朝までかけて、きびだんごを作った。私の鬼としての力を封じ込めた特別な団子。桃太郎が、勝つことだけを祈りながら。この団子を食べれば、鬼の神通力にも対抗できるはず。



桃太郎……。


桃太郎……。



「はぁ……。ほんと良い夜だなぁ………。確か、赤ん坊のお前を抱いて眠った夜もこんな感じだったよ」




『さようなら。私の愛する桃太郎』




私は、山奥の自分の住み処に戻った。14年ぶり……くらい。



「変わらないなぁ、ここは」



私が去った時から何も変わらない。時が止まったよう。この森は、私の帰りを待っていたのか?



人間の姿を捨て、本来の姿。醜い鬼に戻る。



「このモジャモジャな鬼の姿も久しぶり。はぁ~動きやすい」



真夜中。


炙った蛇を食べながら、ボーっと考えた。



「…………………」



桃太郎は、きっと鬼を退治する。なんせ、最強の私が育て上げたんだから。良くやったよ、ほんと。何度も喰ってやろうと思ったけど我慢できた。夜泣きした時は、おんぶしながら村中を何十往復もしたし。オシッコを顔にかけられた時もあった。



桃太郎………。



ずっとずっと一緒にいたかったよ。この気持ちだけは、嘘じゃない。



私は、ゆっくりと目を閉じた。



冬眠している熊のように何日も何日も眠り続けた。寝る時間に比例して、私の体に以前のような鬼の力が溢れてくるのを感じた。やっぱり、人間との生活が体に合わなかったみたい。それが分かり、苦笑い。でも……少しだけ、悲しかった。



洞穴の中で寝ていた私は、桃太郎の様子を見ることができた。頭の中に浮かんでくる。



桃太郎が、きびだんごを食べながら仲間を集め、鬼ヶ島に向かっている。以前より遥かに強くなった桃太郎。


鬼ヶ島に着いて、鬼どもを成敗している桃太郎が、誇らしかった。鬼たちをすべて倒した桃太郎は、宝物を持って笑顔で村に帰っていく。



「良かった…。無事で」



でもね、桃太郎。


お前は、やっぱり人間だ。



甘いよ。



甘すぎる。



鬼が、泣いて詫びたぐらいで反省なんかしない。



桃太郎が去った後、鬼ヶ島にいる鬼たちはさっそくお前を殺す計画を立てていたよ。


今は、無理でも年を取ったお前なら倒せるってね。寿命が、鬼と人間とは違うんだよ。時間がある鬼たちは、腰の曲がったヨボヨボ桃太郎をこれでもかってほど、痛めつけて殺す。50年でも60年でも待ち続ける。鬼は、決して憎しみを忘れない。



「はぁ………仕方ない」



私は久しぶりに洞穴を出て、ある場所に向かった。


鬼ヶ島ーーー。


懐かしき私の故郷。




鬼ヶ島に着くと、さっそく派手な歓迎があった。私を殺そうと四方八方から鬼どもが、襲ってくる。果実のように首をもぎ、内臓を引きずり出した。手に残る不快感が消える前に新たな鬼を殺す。片っ端から命を奪う。



5体目を過ぎ。



左の目玉が潰れた。



10体目あたりで。



右手の先がなくなった。



11…12………13……。



くっ! 痛ッ……………。



気づくと相手よりも私の方が血だらけになっていた。痛い。痛くて……このままじゃ、死ぬ。



あれ?



なんで、こんなことしてるんだっけ。傷だらけになって。バカみたい。前みたいに逃げればいい。



逃げればいいのに………。




昔の記憶が、ぶり返してきた。



『ばあちゃん! ばあちゃん! 見てよ、これ』


『なんだい、そのヘンテコな生き物は』


『えっ!? おばあちゃんを描いたんだけど……』



グリグリグリグリ!(頭を強めにマッサージ)



『いっ、痛いって!!』


『お前は、絵の才能ないよ』


『そうかなぁ。似てると思うけどなぁ』



桃太郎が寝た後。私は、自分の似顔絵を見てーーー。


笑った。初めて自分の笑い声を聞いた。



私の大切な記憶の一つ。




「もも…たろ…う………」


「何? おばあちゃん」



「!?」



どうして、ここに?



「きびだんごを食べたせいかなぁ。おばあちゃんの声が聞こえたんだ」


「ごめ…ん……」



今まで騙して。



「俺の方こそ、ごめんなさい。奴らに情けなんかかけたから……。おばあちゃんをこんなに傷つけて。俺の為なんだろ? こんな無謀なことしたのは」



辺り一面、血の海。鬼の死骸が、山になっている。これが、本当の桃太郎の強さ。凄まじい。



「さぁ、帰ろう。村に帰ったら、またきびだんご作ってな」



お前のその優しさがあれば……。おばあちゃん。地獄でも大丈夫だから。



「俺が、ずっとずっと守るから。心配いらないよ!」



ありがとう。これで、やっと。


私も『鬼』を捨てられる。



ありがとう、桃太郎。



もしーーー。



もしさーーー。



生まれ変われたら、今度は人間の女に産まれて。



桃太郎と一緒に幸せになりたいな。



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鬼夢 カラスヤマ @3004082

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