第七章 その1 押し付けミュージアム
「放送枠は夕方のニュース……生中継で、だいたい5分」
渡された企画書を読んで、私たち職員一同は固まっていた。企画書を持つシュウヤさんに至っては、手がぶるぶると震えている。
夏休み前のリニューアルをどこで聞きつけたのか、高松のテレビ局が船出市郷土資料館に取材に来ることになったらしい。それも録画ではなく、リアルタイムの生中継で。
テレビの効果が絶大なのは、誰しもがわかること。新しくなった博物館の魅力を存分に伝えられれば、はるかに多くのお客さんを呼び込むことができる。この好機を逃してよいわけがない。
しかし――問題は別にある。果たして誰がカメラの前に立ち、5分間お茶の間に向かって博物館をアピールするのか?
私はさっと全員の顔を見回す。途端、目の合った館長がぷいっと顔を背けた。
このジジイ……! どうやらここに自らすすんでテレビに映ってやろうという気概のある人はいないらしい。子どもたちにおもしろおかしく授業を展開する館長も、カメラのレンズが相手では勝手が違うようだ。
そうなると、相応しい人物はただ一人。
「学芸員のシュウヤさん、頑張ってください!」
私はズビシっと力強く指差し、強引に押し付けた。
目を点にしたシュウヤさんは「お、お、俺!?」とうろたえるが、周りの職員全員が首振り人形のように頷くので、何も言い返すことができなかった。
「だって唯一の学芸員だもの。事務方の職員が出ていくのもねえ」
里美さんも加勢する。実際にこの博物館で学芸員の肩書を持っているのはシュウヤさんだけだ。動物園なら飼育員、スポーツチームなら選手、博物館なのだから花形である学芸員が出演するのは当然だろうと、皆暗黙の内に無言で共有していた。肝心なところでシャイな香川県民が、一致団結している。
おろおろと取り乱すシュウヤさんを、全員で睨みつける。ほとんど数にものを言わせた押し付けのような気もするが、役職的にはおかしくないでしょ?
そんな無言の圧力に屈したのか、シュウヤさんは腹をくくった。胸を押さえながら呼吸を整え、諦めたようにため息を吐く。
「わかりました……私も男です、一肌脱ぎます!」
力強い発言に、私もほっと胸を撫で下ろす。ありがとうシュウヤさん、私の中でのあなたへの評価が、ほんの少しですが上向きましたよ。
「ですが、ひとつお願いがあります」
しかし意味ありげに続けるシュウヤさんに、私はまたしても目を細めてしまった。
「お願いですか?」
「一人では心細いので、誰か一緒に出てください」
あんたは子どもか! 私の中の彼への評価は元に戻ってしまった。
まあ、根は怖がりなシュウヤさんだ、テレビに映ると言ってくれただけでも大きな進歩だろう。ひとりでやれ、と突き放すのはあまりにも可哀想だが……。
そうなると、誰がいっしょに? 第二ラウンドの開戦である。
「ここはやっぱり館長が」
池田さんが先陣を切って館長に笑顔を向ける。
「いや、僕腰が痛くて」
だが館長はわざとらしそうに腰をさすって誤魔化すのだった。おい、腰が痛いのに山なんか歩けるか!
「それよりも美人の渡辺さんの方が。画面の華やかさも考えるとね」
「いいえ、それなら一番若くてフレッシュなあずさちゃんが」
「私、ただの非常勤なんですけど!?」
こうして醜い押し付け合戦は泥沼へと突入した。ぎゃあぎゃあと押し付け合う大人たちの姿、とても子供には見せられないな。
「ああもう、このまま話しても埒が明かない」
そんな泥試合に一石を投じたのは池田さんだ。ピッと手を挙げて背筋を伸ばすその姿に、舌戦を繰り広げていた私たちもしんと静まり返る。
「恨みっこなしだ、ジャンケンで決めよう」
やっぱり最後はこうなるのか……しかしこうでもしないと、決まるものも決まらないしな。
「そうね」
「うん、それが一番だね」
私たちはテレパシーでも使ったかのように一斉に頷き、そして素早く円を組んだ。バチバチと交わされる火花、この腕の一振りですべてが決まる!
「いくぞー」
池田さんの掛け声に、全員が呼吸を合わせた。たかがジャンケン、されどジャンケン。人生はほとんど、こういう不測の運によって左右されているのかもしれない。
「最初はグー、ジャンケンポン!」
まことに奇妙なものだが、言い出しっぺほど痛い目を見るというのはこの世の摂理のようだ。
「いくらなんでもこの構図は……」
私は目の前に聳えるあまりに悲惨なビジュアルに、笑うこともできなかった。
ようやく決まったパートナーに安堵するシュウヤさん。その隣に立つのはただ「チョキ」の形を作った手をぼうっと眺める池田さんの、真っ白になった姿だった。
30目前の男と、35歳の小太り男。この売れない漫才コンビみたいなふたりが博物館の顔と思うと、なんだか虚しい。
じゃんけんを提案した池田さんは他の3人がグーを出した中、ただひとりチョキを出して自爆した。あまりの見事なフラグの回収っぷりに、私は仕込んでいるのではないかと疑ったほどだ。
とはいえ恨みっこなしの一発勝負、このふたりでテレビに映ってもらうのは決定事項だ。
「せめてインパクト残すために何かできればいいんだけど」
里美さんが物憂げに考え込む。男二人の出演もなかなかにインパクトあると思うけど。
うーんと唸る一同に私も混じって思考を巡らせる。インパクト、インパクト……何かないものか……。
「そうだ!」
それは天啓だった。池田さんの体格に見た目、これを存分に生かした博物館のアピール方法があるじゃないか!
私はだっと事務室から飛び出すと、展示室に置かれていた段ボールをひとつ、抱えて戻る。そしてその段ボールを放心状態の池田さんに「これ着てください!」と押し付けたのだった。
「それって、マネキンに着せるやつじゃ?」
里美さんがきょとんと眼を丸める。我に返った池田さんが段ボールから取り出したのは、白い法被だった。
「はい、リアルえんでんおじさんです!」
私が持ってきたのは塩田の作業を再現するため、マネキンに着せようとしていた法被だった。
法被といえばお祭りの衣装という印象が強いが、元は武士が家紋を見せつけるために着ていたもので、それがやがて職人や火消に広まったという歴史がある。塩田でも長年、職人はこの法被を着ることで気を引き締めながら作業に当たっていたとされる。
「あ、それナイスアイデア!」
「館長!?」
私の提案に館長はすぐさま手を打って賛成した。
「そうね、少しは華やかさもアップするんじゃない?」
里美さんも意地悪そうな目を池田さんに向け、プレッシャーをかける。
「ただでさえ男二人の見苦しい画面なんです、ここは騙されたと思って!」
私もぐいっと詰め寄った。押しに弱い池田さんの性格を熟知している我々職員の、見事なまでの一体感だった。
「わお、まさにこれは」
「ホンモノね」
「驚いたな……瓜二つなんてレベルじゃない。もう同一人物だ」
その場にいた一同、全員が息を呑む。
えんでんおじさんを強要された池田さんはロッカールームに一度引っ込み、渡された法被に着替えた。そして出てきたのは、完全にえんでんおじさんそのものだった。
「しっくりきすぎてる自分が怖いよ」
そう言う法被姿の池田さんは、少し恥ずかしそうに自分の身体をじろじろと見回す。見た目は冴えないおじさんのマスコットなのに、こうリアルで現れると妙な可愛らしさを覚えてしまう。
「えんでんおじさん、ポーズポーズ!」
すかさず私はスマホのカメラを向けた。これは永久保存もののシャッターチャンスだと、私の本能が訴えている。
「はいよー!」
つい今まで恥ずかしそうにしていた池田さんも何かが吹っ切れたのか、それともただのノリか、公式イラストの腕を振り上げたポーズをまねてきたので事務室はどっと笑いに包まれる。
こうして博物館アピール最大のチャンスであるテレビ出演に関しては、シュウヤさんと池田さんの男ふたりに任されることになったのだった。
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