第6話 夢の中へ

数分……いや二、三時間が経っただろうか。

鼻腔に覚えのある香りを感じだ。


……あの匂いだ。甘い、爽やかな匂いがする。


また例の夢だと思って周りを見ると、蔵はなく、薄暗い、狭い部屋の中。

そう、あの地下室だ。ろうそくの炎がちらついている。


……温かい、と思ったら、誰かの胸が顔の前にあり、体を強く抱きしめられていた。私はTシャツではなく、着物を着ており、甘い香りは着物から香った。


「……雪」

「……月之丞。ね、着物に焚きこむのって、この香じゃないとだめ?別の香もさ、つけてきてみたいの」


 私の口から、勝手に言葉が流れている。まるで他人の人生を追体験しているみたいだ。

肩をそっとつかまれ、お互いの体が少し離れる。顔を見上げると、なんと、今日あの蔵の中で見た、幽霊の顔そのものだった。


「ああ、必ずその香だ。お前の、雪の身体のためなんだよ」


月之丞と呼ばれたその男の人は、優しく微笑み、もう一度強く私を抱きしめた。

私は温かく安心した気持ちで、その胸に顔をうずめる。


「月之丞……温かい、乾いた麦わらみたいな香りがする」

「雪は甘い匂いだな」

「……もう。それは、香の香りでしょ」

「それもそうだ」


優しい眼差しが私の目を見る。


……ああそうか、わかった。

きっと二百年前にも雪という人がいて、私はその人の人生を夢でみているのだ。

二百年前にいた、雪という女の人……どんな人だったんだろう。

頭の奥で考えていると、視界がだんだんとぼやけていった。


翌朝。私は朝食を食べるとすぐに蔵へ向かった。


昨日の扉を用心して開き、こわごわ階段を降りていく。

地面に降り立ち、懐中電灯と視線を同時に上げる。と、部屋の隅に、昨日の幽霊がこちらを向いて立っていた。

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