第參話『平安の妖殺し』

「け、警察?何でまた…」

警察という単語は、今まで全裸でいた晴彦を不安にさせるには十分だった。まさか窓から見えていたのだろうか…。一瞬そんな考えが過り窓の方を見た。しっかりとカーテンが閉まっている。外から中を見ることは不可能だ。だとしたら一体何なのだろう。

「知らないよ。とりあえず来て。」

「あ、ああ…」

急いで服を着て玄関へと向かうと、そこには警察官が二人と一人の少年がいた。

少年は、今の時代にそぐわない、昔の貴族が着ていそうな服を身にまとっていた。服装もそうだが、より目を引いたのは少年の見目の麗しさだ。雪のような透き通った白い肌に、一つに結った銀色の長髪。そして紅い瞳を初め顔のパーツもバランスも全体的に整っている、美少年というのに相応しい顔立ちだ。珍しい髪と目の色。顔面の美しさ。現代からかけ離れた服装。目立つ要素ありまくりの少年だった。

そのおかしな組み合わせに、警察が自分たちを訪ねた意味が余計にわからなくなった。

晴明せいめい!」

「え?」

警察と一緒にいる少年は、晴彦を見るなり晴明、と、確かにそう言った。その顔は、無邪気な喜色に溢れていた。しかし何故、少年は晴彦のことを『晴明』と呼んだのか。確かに晴彦は安倍晴明の子孫だ。だがそれは一部の人間しか知らないこと。会ったことも見たことすら無いこの少年が、何故それを知っているのだろう

「わ〜!やっぱり晴明殿だぁ!久しぶりだね。僕のこと覚えてる?」

「お前のようなイケメン知らん。」

殿付けで馴れ馴れしく話しかけ、更には自分のことを覚えてるかと言う少年を、晴彦は言葉の刃で一刀両断にした。いきなり覚えてる、久しぶりなど言われたところで本当に知らないのだから仕方がない。その言葉に、少年は一瞬で困惑した表情へ変わった。

「え…こ、こんな時までからかわないでよ…」

「いや、でもあんたには会った覚えねえし…」

「やっぱり知り合いじゃないじゃないか!」

「ほら、署まで行くよ。親御さんに連絡しないと。」

晴彦と少年の会話を聞いた警察は、少年を警察署まで連れていこうとした。話から察するに、少年は家出かなにかをしたらしい。腕を掴まれた少年は、必死に抵抗し、玄関を出る瞬間に晴彦の方を振り向きこう言った。

「僕だよ僕!みなもとの頼光よりみつ!!」

源頼光、少年は自分のことをそう呼んだ。源頼光、以前友人から聞いたことがある気もするがいまいち思い出せない。

「平安時代の貴族兼武士だよ。ほら、土蜘蛛とか酒呑童子とかの。」

そんな晴彦の心中察したのか、サヨが源頼光のことを教えた。

「あー、なんかいたなそんなの。俺の家系知ってるみたいだし、まさか本物か?」

「さぁ。一回話聞けば?普通の人ならまた警察に連れてけばいいんだし。」

「それもそうか。あのー、そいつやっぱ知ってる気がするわ。」

とは言ったものの、一度知らないと断言してしまったのだし、簡単に渡してくれるとは思えない。何か尋ねられても答えられる自信もない。何も考えず言う前によく考えておくんだったと今更後悔をした。

「あ、そうなんですね!よかったね!」

「では、自分達はこれで。」

「……?」

予想外すぎる答えな上に警察官があっさり帰って行ったのも晴彦の困惑をよんだ。それでいいのか警察。晴彦の隣では、警察らしい働きをしなかった二人を睨み付けるようにサヨが玄関先を凝視している。おかしな空気の中、少年だけが嬉しそうに笑っていた。


「いや〜、助かったよ〜。なんだかんだ言って晴明殿は優しいなぁ。」

普段は依頼者が座るソファに先程の少年が座り茶を啜りながら、晴彦に向かって親しげに話しかけている。

「あのさ…、俺、晴明じゃないんだ。」

「えっ」

「ま、待ってよ…いくら貴方が都一の意地悪人間だとしても、それは酷い冗談だよ?」

「晴明って安倍晴明の事だろ?ありゃうちの先祖だ。」

晴彦の言葉を聞いて、少年の顔がまた青ざめた。しかも先程よりも深刻そうだ。そして、表情豊かな少年は、いきなり服を脱いだ。そして、白の着物だけになると床に筵を敷きその上に座った。その手には一振の短刀が握られている。筵も短刀も、一体どこから出てきたのか。

「…僕は一般人を友人と間違えた…?しかも泣いて助けを求めただと…?こんなの源氏失格だよ…。この際、最後は武士らしく腹を斬ろう…。介錯、はいいや。苦しく死のう…。」

座って思考回路が回復したらしい少年が、何かブツブツ言い始めた。予想はしていたが、どうやら切腹するらしい。

困惑している晴彦の元へ、サヨが菓子を持ってきた。

「晴彦、お菓子持ってきたよ。」

「おう、ありがとよ。」

「…何その人……?」

「何か、武士の名誉を守るらしい。ったく、ここは他人の家だってのに…」

少年の姿を見たサヨは変なものを見る目で少年を見た。晴彦も、たとえもう人間ではないとしても、自分の家で自死されるのはゴメンなので少年を止めに行った。

「おいアンタ、話聞きから死なないでくれねえ?」

「晴明殿…」

「違うって。」


「いや〜ごめんね〜。ちょっとびっくりしすぎちゃった。」

落ち着いた少年は、ササッと切腹セットを片付け、何事も無かったかのようにソファに座った。

「別にいいけどさ。晴明じゃなくて悪かったな。俺は安倍晴彦。探偵をしてる。こっちは幽霊のサヨ。アンタは、源頼光?」

「…!うん!僕が満仲の子にして摂津源氏の祖、源頼光さ!」

晴彦に名前を呼ばれたのが嬉しかったのか、頼光と名乗った少年は嬉々として誇らしげに自分の名を言った。

「……本物?」

「勿論だよ!よし、証拠を見せてあげよう!」

そう言った頼光の右手にはいつの間にか太刀が握られていた。

「この、太刀の切れ味を持ってしてね!」

「待て待て待て。それどっから出した!?」

太刀を抜き払う頼光を、晴彦が急いで止めた。今の躊躇いのない抜刀に、彼が警察官に捕まっていた理由を大方予想出来た。

「何処から出るかなんて僕もわかんない。欲しいな〜って思うと出てきて、要らないな〜って思うと消えるんだ。不思議だよね!それでさっき助かったんだ。」

「?おう、そうか?というか、アンタ平安時代の人間だったんだろ?何で千年後に蘇ってんだよ。一般人から見えるしものに触れるってとこは幽霊じゃあねえってことだろ?」

「そう急かないで。僕もよくわかんないから、ここに来てからの事聞いてみてよ。紙と筆ある?」

晴彦の質問ラッシュを遮るように、頼光は言った。そしてサヨから受け取った紙とボールペンで何かを描き始めた。頼光はボールペンに感動しているようだ。

「出来た!絵物語、頼光の冒険!」

幾ばくか経った時、頼光が楽しそうに叫んだ。彼は【頼光の冒険】と達筆な字で書かれた紙と数枚を重ね、机の上に立てた。そして、題名を言うと一枚目を捨てた。次の紙には頼光らしき人物の絵。どうやら紙芝居のようだった。

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