第貮譚『事の始まり』

「俺は、成人済み探偵【安倍あべ 晴彦てるひこ】。よく分かんねえけど安倍晴明さん?の子孫らしくて妖怪とか幽霊が見えるんだぜ。これを活かして不思議現象の依頼とかもサクッと解決してるんだぜ。でも何故かいつも素寒貧何だぜ。どういう事なんだぜ…。まあとにかく、見た目も頭脳も大人だけど、よろしくだぜ!」

「晴彦、誰に話しかけてるの?そういうの困るよ?」

「こいつは居候の【サヨ】。トラックに轢かれそうになってる所を助けようとしたら、体すり抜けたせいで俺が轢かれちまったんだぜ。そう、サヨは幽霊だ。何故か記憶が曖昧らしいから一緒に手掛かりを探しながら暮らしてるんだぜ。今は俺のミラクルパワーで誰からも見えるし実体もあるぜ。」

「困るって言ってるでしょ。この話はそういうのじゃないんだよ」


事務所兼自宅に帰ってきてすぐ、晴彦はおかしなことを言い始めた。某高校生探偵のような自己紹介の仕方をしている。それに戸惑うサヨも何かメタいことを口に出す。

「いいじゃねえか別に。誰が聞いてるわけでもねえんだしよ。」

「まぁ、そうだけど。」

「さて、今日は疲れたから事務所閉めるか。夕飯の買い出し行ってくる。」

そういうと、晴彦は玄関へ向かって行った。

万年金欠の彼が買いに行く物はだいたい決まっている。もやしか豆腐、余裕がある時はカップ麺など。サヨは食事をしなくても平気なので晴彦が何を買おうが何の問題もないが、探偵は体を使うこともあるのでたまには健康的なものを食べて欲しいと思っている。

晴彦がいなくなれば、サヨも行き場を失ってしまう。サヨにとって、一人になることも消える事も何の苦でもないが、せめて自分のことを思い出してから、と言う気持ちはある。そのために、協力してもらっているのだ。

「恩返しもしてないし、ね。」


買い出しのために商店街へ近づくと、何故かいつもより騒がしい雰囲気なのがわかる。先程のは自分のせいだ。しかしまた何かあったのだろうかと興味をもつ晴彦の肩を誰かが叩いた。見ると、いつも何かと気に掛けてくれている八百屋のおばちゃんだった。

「晴ちゃん!さっきは大変やったね!大丈夫やった?」

「おばちゃん。まぁ、サヨが何とかしてくれたんで…。ところで、何かあったんすか?」

「それがねぇ、刀持った人が通行人脅したらしいわ。で、その人が今警察に連れてかれてん。」

この商店街で一日に二人も警察に連れてかれた事にも驚いたが、それよりも今の時代、真剣で人を脅す人がいることに驚いた。しかしまぁ、そんな事もあるだろうと納得した。

「物騒ですね。とにかく捕まってよかった。それじゃ、俺はこれで…」

「あ、待って待って!どうせもやし買いに行くんやろ?ダメやでそんな食事ばっかりじゃ!おばちゃんちの野菜あげるわ!お店来たらええ!」

「え、ちょ、まっ…」

腕を掴まれ引っ張られていく晴彦。持たされるがままに野菜を渡され、帰らされるがままに別れ帰路に着いた。

「サヨちゃんにも美味しいの食べさせたって〜!」

「はーい。野菜ありがとうございます〜。おばちゃんもなんかあったら言って下さいね!じゃ!」

一連の動きを流されるまま終えてしまう熟女の勢いに感心し、彼女たちには勝てないと改めて思った。


「ただいまー。サヨ〜、いいもんあるぞ〜!」

「おかえり。いいものって?」

そう尋ねられた晴彦は、誇らしげに持っていたビニール袋の中身を出した。中から出てきたのは人参、キャベツ、ネギ、南瓜など、普段は買えないような緑黄色野菜だった。いや普通サイズのビニール袋一枚にそれだけ入るのは可笑しいだろうと思ったが、晴彦は詰め放題の天才だ。有り得なくはないのかもしれない。

「というか、これどうしたの?まさか盗ん…」

「でねぇよ。南瓜盗むとか勇者すぎるだろ。じゃなくて、八百屋のおばさんに貰ったんだよ。」

「ああ、あの人…。ならいいけど。何作るの?」

「そうだな…南瓜あるんだし、煮物とかいいんじゃね?人参とかも適当に入れて」

「いいんじゃない?僕にも少し分けてよ。」

言われなくとも、サヨの分も作るつもりだった。折角の緑黄色野菜を一人で楽しむのは勿体ない。晴彦は「おう。」と短く返事をし、台所へ向かった。

しばらくして、リビングに南瓜の煮物と白米が入った茶碗を二人分持った晴彦が戻ってきた。

「え…は、白米…?晴彦、明日死ぬの…?」

「いや死なねえよ?南瓜だけじゃしょっぱいだろ…」

いくら何でも驚きすぎだろうと思うが、普段の食事を見たら仕方ないのかもしれない。しかし、実体を得た後もまともな食事を口にしなかったサヨにとってこれ程の食事は久しぶりの機会。心配よりも欲望が勝り、箸を取った。


「ご馳走様でした…」

「おう。美味かっただろ?」

「うん。驚いたよ。」

サヨの言葉に満足したのか、晴彦は得意気な顔で鼻歌を歌いながら食器を洗い始めた。

「晴彦、僕がやるよ。貴方はお風呂入ってて。」

「お、いいのか?じゃあ頼んだぜ。」

久しぶりの人間らしい食事の礼と言いたげな顔のサヨが、晴彦の持っているものを奪い言った。晴彦の方はお言葉に甘えてと仕事を預け風呂場へ行った。

暫くして出てきた晴彦は何も身に纏っていないありのままの姿、所謂全裸。いや、首に申し訳程度のタオルを掛けている。人間の食事をしたら、人間という種族を曝け出す様になってしまったのだろうか。ここに自分以外がいなくて本当に良かったとサヨは思った。

「晴彦…?いつも服着てくるよね?どうしたの?本能覚醒…?」

「服あっちになかったんだよ。てか本能覚醒ってなんだよ。こちとら人間の三大欲求ろくに満たせてねえんだぞ。本能覚醒するどころか衰退してるわ。」

明らかに動揺しているサヨに急いで弁明をし、急いで服を探す。そんな中、この下らない時間を終わらせるかのような呼び鈴が鳴った。

「えっ誰!?あ待って。俺今出れない。変態になっちまう。サヨ、代わりに出てくれ。」

「はいはい。」

先程までの尊敬の眼差しは何処へやら。サヨは尊敬など微塵も感じさせない冷ややかな視線で晴彦を一瞥し、玄関先へ向かった。

束の間の後、サヨは戻ってきた。その顔は、元々白かった肌の色がますます白くなり冷ややかだった目は、最早軽蔑へとなっていた。一体彼に何があったのだろうか。それを晴彦が尋ねる前に、サヨが口を開いた。

「晴彦…貴方一体何やらかしたの…?」

「は?」

何を言っているのだろうか。やらかしたといえば先程の全裸しか思いつかないが、何故今それを聞くのだろうか。

その疑問は、サヨの言葉によって明らかになった。


「今来てるの、警察だよ…」

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