怪忌話譚

捨丸

第壹譚『財布奪還戦』

「おいコラ止まれぇ!俺の財布返せよ!!」


京都市内ののとある商店街に、男の叫び声が響いた。地元の人間で賑わう道の真ん中を、物凄い勢いで走り抜けていく二人の人。どうやら叫び声を上げた青年は財布をスられたようだ。死に物狂いで走る青年だが、その努力虚しく相手との差は広がるばかり。青年が遅いのか、盗んだ男が速いのか。どちらもありそうだが、青年の走る速度は極端に遅くなっている。このままでは逃げ切られてしまうのは誰の目にもわかった。

「サヨ…!」

「はぁ…仕方ないな…」

盗人が商店街を抜ける直前、青年が誰かの名を呼んだ。それと同時に、どこからか子供の声が聞こえた。



「ははっ!チョロいであのガキ!足おっそぉ!ウケる〜!」

青年の追跡を巻いた盗人は、変わらずの俊足で周囲に警戒しながら走り続けていた。後ろから誰かが来ないか確認し、前を向いた時、前方に立ち塞がる影が見えた。その影は小さく、まだ小学生ぐらいだろう。

「どけやガキ!怪我しても知らんで!!」

盗人の言葉が聞こえてか聞こえずか、子供は動こうとしない。盗人はそのまま突っ切ろうと構わず直進。子供にぶつかる筈だった。

しかし、盗人にぶつかった感覚はなく、あの子供もどこにもいない。なんだったのかと思うも、それ以上は追求せずに帰路を急ごうとする盗人の足を、何かが掬った。

「京都にはさ、妖怪が沢山いるんだって。知ってた?まあ僕は妖怪じゃないんだけど…」

転んだ盗人の目の前に、先程の子供が立っている。子供の異様な雰囲気から、子供が消えた理由を盗人は一人で察した。


「サ…サヨ…!だい、じょ…ぶか!?」

十五分程経って、財布を取られた青年が盗人と子供の元へ走ってきた。いくら何でも来るのが遅すぎるだろう。更には相当疲れている。青年はどれだけ鈍足で体力がないのだろうか。これでは逃げ切られるのも無理ない。

「やぁ。遅かったね、晴彦てるひこ。」

「悪いな。てかサヨ、お前何してんの?」

晴彦、サヨ。それが彼らの名だろう。晴彦の目線の先には、サヨが盗人に逆エビ固めをしている姿がある。

「…逮捕?」

「えっそれ逮捕してるつもりなの?」

サヨにプロレス技をかけられている盗人は「ギブギブ!」と地面を叩いている。離してやるよう晴彦が促すと、サヨはすぐに盗人を離した。しかしどうにも不満なようで、縄で盗人をきつく縛った。

「で?この人どうするの?」

サヨの鋭い瞳が盗人を捕える。逆エビが相当堪えたのか、盗人はかなり怯えているようで顔が真っ青になった。

「威嚇するんじゃない。まったく…。その人も何かあるんだろうしな。俺は何もしねぇよ。」

「…ふっ。アンタ、お人好しだな…」

「何かいきなり馴れ馴れしいな、この人。」

許す言う晴彦の言葉に安心し、いきなり馴れ馴れしくなる盗人。しかしそんな安心は、晴彦がどこかに電話しだしたことで不安へと変わった。

「あの、何もしないんじゃ…?」

「あ?あぁ、な?」

遠くから、パトカーの音がした。


「俺に代わって、お仕置きだぜ。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る