第20話あかり、4th ステップその2

 「羨ましいのね? そうなのね、うんそうなのよ」

 プリンとやら物体があかりの素肌に迫る。

 裏返った声の吹込みはゆうきが担当する。

 「キラキラ女子は妬まれやすいから、辛いわぁ」

 ぬいぐるみをあかりに押し付け、ゆうきは両頬に手を当てて腰をひねる。

 あかりは反論する気にすらならない。出会った当初であれば、何に対しても反感を抱いていただろう。

 その変化はあかりの精神的成長を意味するのか、またはゆうきの言動に目を瞑ろうという本能のためかは、あかり自身は理解していない。

 あかりが自覚している思いはただ一つ、焦燥感。

 「はやく四つ目のステップを教えてくださいよ。ゆうきさん」

 じっくり時間をかけて強固になった氷柱のように、ゆうきの動きを封じる。

 冷たく、重い言葉を、ゆうきは真顔で受け止める。

 「……あかりさん、ずいぶん変わったわね。いいわ、教えてあげる。四つ目のステップはね」

 ゆうきはローテーブルを盤上に見立て、二つ折りの紙を一枚滑らせる。

 あかりが触れると、その紙は鉛の重鎮に従い、内面を露わにする。

 「『夢は無限大! まずは部屋のイメージをしてみることから』ですか? これ、最初のステップと似ていませんか?」

 手元に戻ったぬいぐるみを抱え、ゆうきは顔を埋めて吹き出す。

 「よく覚えているわね。そう、最初のステップは『おうちでできるコトが三つ増える! Only One の部屋で何をしたい?』だったわ。あのときのメモ紙、今でも持っている?」

 あかりは頷き、バッグに入っているファイルから取り出し、ゆうきに見せる。

 ぬいぐるみを片手で抱えながら、ゆうきは声に出さず読み上げる。

 「そうそう、これよ。なかなか素敵な目標だけど、本当は三つと言わず十個ぐらいあるんじゃない? あなたには」

 あかりは困惑で声が出ない。首をかしげることで自分の感じていることを訴えることが精いっぱいだった。

 「確かに似ているわ、言葉だけね。でも三月のあなたと六月のあなたは違う。常に変化している。成長している。だから、インテリアだけに留まらず、やりたいことが増えたり、昔したかったことがしなくてもいいことになることだってあるわ。このステップは、精神的に成長したあなたが今後を見つめ直すためのものなの。このステップは別に急ぐ必要がない。でも最後のステップまでは休まず進めさせてもらうわ。それまでにこのステップの最終回答は見つかるから」

 ゆうきは立ち上がる。今回はステップに関して何も言及しない。

 「じゃあ、さっき決めた日程に、お邪魔するわね。それまでにこの子を洗濯しといて」

 「洗濯? どういうことですか?」

 再び押し付けられたぬいぐるみの目をじっと見つめるあかり。とくに目立った汚れは見当たらない。

 埃一つない玄関の扉を開き、ゆうきは白い歯を見せて答える。

 「昨日、気づいたらよだれ垂らして寝ちゃっていたのよ。その子が可哀そうだから、洗濯しといて」

 あかりは十秒見つめた後、ぬいぐるみを床に落とす。

 「……はぁ!?」

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