第3話あかり、インテリアアドバイザー・ゆうきと出会う
毛先をカールした数本の束が闊歩に合わせて踊る。
耳には二粒、キュービックジルコニアのピアスが光の屈折で存在感を示す。
ニットワンピースに身を包み、ブーティが筋肉で張ったふくらはぎを引き締めて魅せる。
「おはよ、あかり。今日も決まってるじゃん」
フローラルの香りがする、見えないベールを身にまとい振り向く。
「ありがと」
ジーンズとスウェットパーカーを着た不特定多数の男子学生が遠くで視線を送るが、あかりは一本も拾おうとしない。
「相変わらずモテモテだね。さすがキラキラ女子代表、あかりさま」
「茶化さないで、まなみ」
躊躇いもなくあかりの肩に触れるのは、同じキャンパスの同級生。
ライトブラウンのショートヘアとリブ編みのタートルネックセーター、スキニージーンズというシンプルでカジュアルなスタイル。
あかりの友人は、仕草にも身だしなみにも何一つ飾りがない。
「まなみだって、可愛い顔をしているんだから、少しはオシャレすればいいのに」
あかりはブーティを履いた足踏みを、ハイカットスニーカーを履くまなみに合わせる。
「いいよ、私は。面倒くさいから。それに、今以上に服が増えたら、部屋がさらに大惨事になるし。住人の私が荷物に追い出されちゃう」
ブーティの足踏みに追いついたスニーカーは、キャンパス内の掲示板の前で止まる。ブーティも同時に鳴り止む。
「だから、今日参加するんでしょう? 特別無料講義。この……『インテリアが人生を変える!』っていうの。私も付き合って参加するんだから、今日ぐらいスカートを履けば良かったのに」
「それ、関係ある? 私はあの散らかり放題の部屋を何とかすればいいの! それより、スカートなんてこの時期寒いはずなのに。あかり、よく我慢できるね」
まなみはスマホを顔面に圧迫させる。あかりの視界に映ったのは、書籍や食料品が散乱した、いわゆる汚部屋だった。
あかりの喉奥に風が入った。フローラルの香りも微かに割り込み、出かかっていた言葉を掻き消す。香りに相応しい姿を維持するために。
キラキラ女子の香りとオーラは、まなみへの侮辱と共感を許さない。
空き缶ビールが散乱した床も、公私ともにだらしない異性が自宅に上がり込んでいることも、疲弊を理由に早朝のシャワーだけが身体を清める行為であることも。
少なくともキャンパス内では心を許した友人でさえ、私生活を晒す言動ができない。
そんな学生生活にも疲れを感じ始めていた。今秋購入したばかりのブーティが重く感じるほどに。
そんなとき、あかりはまなみに掲示板の前まで腕を引かれた。
異性の陰に薄々気づいていた彼女は、無料だから! と強調し、知らないふりをしてあかりを誘った。
外見では分からない彼女の優しさに甘え、あかりは付き添いという名目で申込用紙に二人分の名前を連ねた。
そして、講義が始まる。
「――以上、これがインテリアによって人生が変わる理由の一部です。他にもメリットはたくさんありますが、お時間が迫っているので、一旦締めさせていただきます。無料の個別相談をご希望の際は、講義終了後、直接私のところにお越しください。本日はご清聴ありがとうございました」
ストレートのロングヘアを左耳下に束ね、花を模した大振りのイヤリングがスポットライトに反射する。細目の典型的な日本人らしい顔立ちには、カラーアイシャドウなど目立つメイクが施されていない。
プリーツスカートを履いているが、どこにでもいるファッションの女性。
それでも講義に参加した学生の誰もが目を奪われるのは、キャンパス内では見たことのない、どっしりと構えた貫録が漂っているから。
講義が終了すると、学生は二手に分かれた。
足がすくんで、壇上の女性から目を逸らせずに声すら発することができない者。
彼女に見えない首輪でリードされるかのように、駆け足で個別相談を申込する者。
あかりを誘ったまなみは後者だった。彼女の手を引き、スニーカーの足取りが軽い。
ブーティは引きずられ、ヒールに摩擦が生じる。
「ちょっと、まなみ! そんなに慌てないでよ」
「待てないよ、早い者勝ちだもの。あの方ならきっと何とかしてくれる!」
どっちを? とは聞けなかった。あかり自身も講師に淡い期待を寄せていた。
講義を聴いているうちに、自身の私生活があってはならない姿ではないかと思うようになった。
理由は分からない。思い当たるとしたら、ただ一つ。
自身の情報を多く明かさなかった講師の仕草に品があった。視線が泳いでいなかった。
何かしらの大きな障害をいくつも乗り越えた歴史が声にならずとも隠れてはいなかった。
それを感じ取ったのは、あかりがバイト先の店長を知っているからだ。居酒屋では多くの事情を抱えた客や従業員が出入りする。最も接触の多いのは、その店の長。
やはり落ち着きもあり、言葉に重みがある。
その人間の下で働いているので、あかりは講師にただならぬ歴史があると見た。
同性の腕力を無力化にできるはずだったが、まなみの手に従った。
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