第18話:【アノニームの創造神】じゃ

<よくぞ参った、ツヅミよ>

「はぁ……どちら様でしょうか……?」

<妾はフェネアン・レ・ジェモー、此の世界【アノニームの創造神】じゃ>

「え?……ええええええぇぇぇぇぇぇ!!」


 創造神にとってやっと対面できたわけだが、綴文は神界での事や、追加で降りた神託を知らない。

 その為、当然の反応と言えば当然なのだが、ちょっと勘違いも混ざっているようで……。



――少し時間は遡って……


 粛々と準備が進められ、御神木の周囲には気絶した綴文、ファルル、ファルフォル、スカーレットに加え、ファルフォルの側近三名が揃っている。

 そんな中、静かに現れたのは神託の巫女と、それに付き添う二名の巫女。


 重苦しい空気が漂う中、二名の巫女がスッと前に出ると、小さく足を上げてゆっくりと下ろし、地面に着地すると同時に鈴の音がシャンッと響く。

 ゆっくり、ゆったり、流れるように舞が始まり、神託の巫女もそれに加わっていく。


 皆膝を突いて御神木に手を合わせ、神託の巫女の舞を真剣な眼差しで見守る。

 地を踏み鳴らし、袖が動きに合わせて揺れ流れ、響く鈴がピシリと空気を引き締めていく。


 そして、それは突然訪れた。

 神託の巫女がピタリと動きを止めて両腕を垂らすと、直後スッと右手を綴文に向ける。


「ちと借りてゆくのじゃ」


 表情を変えず抑揚無くそう言うと膝からガクリと崩れ落ち、同時に綴文の姿がファルルの腕の中からフッと消え去った。

 驚いたファルルは戸惑いながら辺りを見渡すと、ファルフォルが肩を叩いて落ち着かせようとする。


「落ち着け、我らは役目を果たした。戻るのを静かに待つのだ」


 そう言って御神木を見上げ、綴文が無事戻るようにと心の底から祈るのであった。



――神界


<さて、ちっとは落ち着いたかの?>


 頭を抱えて混乱状態にあったが、なんとか落ち着きを取り戻した頃に声をかけられた。


「は、はい……大丈夫……ですかね?」

<何故疑問形なんじゃ……まあよい、改めて自己紹介じゃな。妾はフェネアン・レ・ジェモー、創造神なのじゃ>

「あ、あの、創造神様……」

<む、なんじゃ?>

「その……私はまた死んでしまったのでしょうか?」


 シンッと静まりかえり、数秒の間の後に複数の笑い声がドッと沸き起こった。


「ツヅミちゃんは死んじゃいないよ!!」


 聞き覚えのある声が聞こえたかと思うと、柔らかい何かが横っ面をムニュムニュと押し付け、ギュッと包まれて埋もれていく。


「これ止めないか【前進】、御身の前であるぞ」

「ちょ、ちょっと……変わって……ほしい……」


 柔らかい何かがスッとなくなりゲホゲホと咳き込むと、フワッと頭を撫でられ、優しい微笑みがチラリと見えた。


<まったくお主らは……>


 呆れたような声色ではあるが、止めようとはしない創造神を【輪廻】がヤレヤレといった具合で見ている。


「【前進】に【嫉妬】、久しぶり!」


 ガバッと【嫉妬】をハグし、隣に立つ【前進】にもハグをする。

 もう二度と会えないと思っていただけに、とても嬉しい再会だった。

 なんだかんだと言いながらも、その様子を微笑ましく見ていた【輪廻】だったが、ハグはおろか視線が向くことはなかった。


「創造神様、また死んだわけではないのなら、何故私はまた此処に居るのでしょうか?」


 一頻り喜び合い、ハッと思い出したように質問を投げかける。


<はぁ…………本来お主は教会のある町の近くに降り立ち、直様妾と相見えるはずじゃったが【輪廻】共々忘却しおってな、全く違う場所に降ろした事が理由の一つじゃ>

「また、やらかしですか?」

<また、じゃな>


 一人と一柱の視線が【輪廻】に突き刺さる。

 他人事でない【前進】と【嫉妬】も縮こまっているが、綴文の視界には入っていない。


<こちが最大の理由なんじゃがの、相見えた際に授けるはずであった物が無かった故に、お主は【魔際の闇】に墜ちる寸前じゃった。それを救済すべく此方に呼んだというわけじゃ>


 瞬間、綴文の首がガクッと前に倒れ、ギギギギと擬音が聞こえんばかりにゆっくりと【輪廻】の方を向くと、そこには大量の冷や汗を流している白い塊が震えていた。


「その【魔際の闇】とはなんなのでしょうか?」


 【輪廻】から目を外らす事無く質問を投げかける。


<魔力と精神は密接な関係にあっての、回復せずに消費を続ければ負の感情に支配されるようになるのじゃ。この世界に生まれ落ちた者ならば、親から子へ知識として受け継がれるからの、墜ちる者もかなり少ないのじゃ>

「なるほど……」

<お主は負の感情に支配される事は無かったのじゃが、元々持たぬ力故、強制的に侵食して来る負の感情に精神が耐えきれず、防衛本能なのか心の殻に閉じ籠もろうとしておった。妾の危惧した事が遠くない未来に現実となりそうだと気付き、神託を下し此方に呼んだわけじゃ>

「ふぅーん……」


 綴文の視線の先に居る【輪廻】はプルプルからガタガタに変わり、ビクッとなると崩れ落ちてピクピクと震えながら項垂れてしまった。


<そのくらいにしてやってくれんかの……忘却しておったのは【前進】と【嫉妬】も同じなのじゃから>


 突然飛んできた矢を避ける術もなく、【前進】と【嫉妬】が震えだすが、綴文が【輪廻】から目を離す事はなかった。


「……まあ過ぎてしまった事はいいです。私はどうしたら良いのでしょうか?」

<うむ、能力を制限した妾の加護を授ける故、余程のことがない限り同じ状態にはならぬじゃろう>


 ヤレヤレと頭を振って再び創造神の方を見るが、予想外の言葉にポカンと口が開き、創造神は当然といった様子で微笑んだ。


<加護と言うても微弱な恩恵しか与えられぬ。魔力順応と精神保護だけじゃな。妾の全開の加護を授かれるのは勇者と聖女、それから魔王くらいのものじゃ>


 更に予想外の言葉が飛び出し、頭がこんがらがっていく。

 勇者や聖女、魔王なんて単語は説明書にも書いていなかった。


 なんでも、それぞれの称号を持った人物は長い間存在しておらず、御伽噺の中の架空の人物とされているらしい。

 勇者や聖女、魔王と呼ばれる者は居るには居るが、各国が認めた強者を【勇者】、教会のシンボル的存在を【聖女】、魔族の国を治めている者を【魔王】と呼んでいるだけ。

 真なる存在が不要な程、種族間の争いが無く平和な世になった、ということだそうだ。


<ま、お主の能力ならば真なる存在を作る事は容易いじゃろう。じゃが、その先にあるのは種族間の無意味な殺し合いだけじゃがな>

「いや作りませんよ、平和大好きなので、あいらぶぴーすふるわーるど」


 大袈裟な身振り手振りで言うが、真なる存在自体はとても興味がある……が、自らハードモードな殺伐とした世界にするつもりは毛頭ない。

 やはり平和が一番、わざわざ血を見る世界にする必要はない、うん。


<そう言ってもらえるとありがたいのじゃ。……そうじゃ、余程の事がない限りとは言うたがの、負の感情の侵食が全く無くなる、というわけではないのじゃ。魔法を使用した後で言いようのない不安感を感じたら、教会で精神の浄化を行うようにしてほしいのじゃ>

「精神の浄化ですか?」

<そうじゃ、軽いものであれば神像に祈るだけでも良いのじゃ。毎日祈ってもらえると妾の安心感が増して嬉しいのじゃがの。スキルも魔法も過信しすぎずにの、ヨーホーヨーリヨーを守ってというやつなのじゃ>

「わかりました、肝に銘じておきます」

<うむうむ>


 その後は程々に雑談を交わし、【前進】や【嫉妬】とも再会を約束した。

 【輪廻】はというと、かろうじて立ってはいるがフラフラと左右に揺れており、顔は疲れ切った様子で生気を感じない。

 しばらくは立ち直れないかもしれないが、自業自得としか言いようがないのと、創造神がフォローしないのならば、綴文が特別何かをする必要は無いかと思ってノータッチだ。


 <さて、あまり長居させてしまうと向こうも心配するじゃろうし、そろそろ時間切れかの>

「はい……そういえば、発動中だった魔法ってどうなってますか? 最初からやり直しですかね……?」

<基本的に、魔力を消費し続ける魔法でない限り、解除を行わねば止まったりはせぬぞ?>

「あ、そうなんですね、良かった」


 中身をぶちまけてしまってるのではと心配になったが、どうやらその心配は無さそうで良かった。

 安堵の溜息が口から抜けると同時に、綴文の体が光に包まれていく。

 この感じもとても久しぶりだ。


<妾達は見守っておるからの、良き人生を送るのじゃぞ>

「ありがとうございます、やれるだけやってみますね」


 別れの言葉を交わす後ろで【前進】と【嫉妬】が小さく手を振り、更にその後ろで【輪廻】がしょんぼりとしている。


「…………次があるなら、今度は失敗しないでくださいね、【輪廻】の神様」

「…………!!」


 【輪廻】がバッと顔を上げると、綴文は少し照れたようにプイッとそっぽを向き、強い光と共に消えていった。


「良かったっスね!」

「よ、良か……た……」


 身分としては【輪廻】の方が上のはずなのだが、感極まったからだろうか、慰められている事に気付かず静かに涙を零すのであった。


<まったく、どちらが見守る側なのか分からぬな……>


 そう溜息をつくとユラリと上半身が揺れ、顔面から地面へと倒れ込む。

 見計らったかのように何処からともなく何かが凄い速度で現れて、創造神の体をすっぽりと受け止める。


「いつ見ても凄い速さっスね、神駄雲かみだくもは」

「ぜ、全然……見えな……かった……」


 颯爽と現れたのは神駄雲なるもので、それは一部の神々が危険視しているモノであり、近付くことさえ禁止すべきだと訴える神が現れる程のモノ。


「……【神々を駄目にする雲枕】じゃな、後光状態を維持出来なくなったようですな」


 落ち着きを取り戻した【輪廻】がパンパンッと手を叩くと、これまた何処からともなく二つの影が現れる。


<ウノ……サノ……疲れた……>


 ポツリポツリと喋るだけになり、どことなく頭身が低く、なんとなくデフォルメされたようなビジュアルに見えて、ちょっと溶けてるかもしれない其れは正しく創造神であった。


「アルジよ、お迎えにアガりまシタ!」

「……あっ!シタ!」

「神樹茶と、宝玉胡桃のクッキーのご用意もありマス!」

「……あっ!マス!」


 しっかり者の雰囲気のサノが言うと、のほほんとした雰囲気のウノがハッとしたように続く。


<輪廻……任せる……あたし……休む……>

「かしこまりました、引き続き見守ってゆきます故、ゆっくりとお休みください」

<ウノ……サノ……行く……>


 そう言うと神駄雲神々を駄目にする雲枕はゆっくりと移動をはじめ、ウノとサノが後に続くようについて行く。

 去り際にサノだけが会釈をして行ったのは、性格の違い故なのかもしれない。


「さて、次は失敗せぬようにしなければいかんの!気を引き締めて見守るぞい!」

「そうっスね!気合い入れるっス!」

「……何も……頼まれてない……けど……頑張る……」


 嫉妬の言葉で一瞬凍りついたが、気持ちを切り替えるのは大事だからと空笑いが漏れ、小さな溜め息も漏れ出るのであった。

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