第17話:気が付けば黒い空間に居た

 じっくりと圧搾をかけている間、特にすることも無いので別の調理を始めようと準備にとりかかる。

 残しておいたオリーブオリヴィエを取り出して調理台に出したが、流石に足りない物が出てきた。


「ファルフォルさん、強めのお酒はありませんか? 飲むわけではないので、ちょっと勿体ないかもしれないですけど……」

「祭事に使う酒があるはずなので持ってこさせましょう」


 そう言ってパンパンッと両手を叩くと、あのできるメイド、ベテランさんがスッとファルフォルの隣に現れる。


「スカーレット、祭事用の【ヴァンコール】を持って来ないさい」

「かしこまりました、早急にお持ち致します」


 スッと頭を下げたかと思うと、気が付けば隣に続く扉をキイッと音を立てて開けて入っていった。


「あの人はいったい……」

「乙女の秘密は詮索しないものですよ?」

「うわああぁぁ!」


 いつの間に戻ってきたのか、大きな樽を右肩に乗せて後ろから耳元で囁かれた。

 盛大に体が跳ね、ペタリと地面に座り込んでしまった……ちびるかと思った。


「これスカーレット、失礼な事をするでないぞ」

「大変失礼致しました……あまりにも可愛かったもので」

「ふむ、それなら仕方ないか」

「おい」


 座り込んだままギロリとファルフォルを睨みつけ、スッと立ち上がってお尻をパンパンと払った。

 なんか遊ばれてるみたいで釈然としないが、軽く溜め息を吐いて【ヴァンコール】なる酒の確認をする。


「匂いはアルコールの匂い以外はないですね、味は……理想の酒精の強さです、良かった」

「これは里の近くに自生している植物から採れるものなんです。樹木の表面を傷つけるとジワジワと出てくるので、それを採取した物になります」

「樹液が酒精を持ってる……のとは違うんですかね?」

「その樹木について研究された事がないらしいので詳しい事は分からないのですが、大昔から此れを【ヴァンコール】、泡を発するものを【ビアコール】と呼んでいます」


 基本的にそのまま飲む事は無く、水で薄めて潰した果実と混ぜて飲んでいるようだ。

 なんとなく、サワーとかチューハイをイメージしてしまったが、飲み方としては正に同じなんだと思う。


 とは言え、食と同様に味の研究等をするわけでもないので、里の中なら皆同じ味しか飲まないらしい。

 そんなんで飽きないのだろうか……甚だ疑問である。

 ちなみに今の飲み方になったのは随分昔のようで、酒の席で喧嘩があり、その時に握りつぶしたレモンシトロンの汁が混入したのがきっかけなんだとか。

 そんなわけで、今でもレモンシトロンを握りつぶして混ぜている……ってなんだそりゃ、道具作ろうとかは考えなかったのだろうか……。


 そんな話をしながらも酒を<水操>で浮かび上がらせ、オリーブをポイポイ放り込み、水流を作って綺麗に洗っていく。

 洗い終わる頃を見計らって<真水生成>で水を生み出し、洗い終わったオリーブをまたポイポイと放り込む。


 岩塩を取り出して水にそっと付けて徐々に溶かしていく。

 時折指を突っ込んでは舐め、突っ込んでは舐め、適度な塩っぱさに調整して、<水操:浸透>でようやく放置に至った。


「プツプツと泡が出てくれば、その状態で暫く置いておけば完成です」

「こちらはとても簡単なんですね?」

「まあ、魔法使って作ってますからね。本来ならもっともっと時間がかかるんですよ。今が【ユゥンの詠八月】なので、最低でも【ラウの詠一月】長いと【ティアの詠三月】くらいが完成でしょうか」

「なるほど、オリーブオリヴィエはじっくり待つ必要がある物なんですな」


 【ピリカの店】でも持て余した物だし、加工方法を知らないとただの不味い実でしかない。

 それは地球でも同じだったろうし、食べられる方法を見つけた昔の人達は本当に凄いと、心から感動したものだ。

 それを今、別の世界で伝承しようとしている。

 食べた時の驚き顔を想像すると、今からニヤニヤしてしまいそうだ。


「まだ頁がかかるとのことですので、果物をお持ちいたしました」


 気を利かせてくれたスカーレットさんが、籠いっぱいの果物を持ってきてくれた。

 何でもそつなくこなすスーパーメイドさん、心なしかキラキラ輝いて見えるよ。


 そう言えば、セルゥは何処に行ったんだろうか?

 里長の家に来てから見ていないような……?



――


 気が付けば黒い空間に居た。

 なんだかともて懐かしい気分になるが、どうして此処に居るのか分からない。

 また目を閉じているのだろうか? いや、下を向けば体が見えるから違うのだろう。


 周囲を見渡すもやはり黒いだけで、自分の手足や身体だけはハッキリと見える。

 どうしようと思っていると、空間が揺れた。

 ドクン……ドクン……と一定の間隔で脈打つように空間が揺れる。


 心地よい気分では無い。

 何に対してなのか、とても不安な気持ちが次々と押し寄せてくる。

 耐えきれず膝を抱えるように丸くなり、目をギュッと閉じて耳を塞いだ。


 気が付けば真っ黒い空間に居た。



――


 綴文がキョロキョロと何かを探していたかと思うと、突然崩れるように倒れた。

 その場に居た全員が思いも寄らない状況に驚き、どうしたら良いのかと慌てふためく。


「皆の者落ち着け! スカーレットはツヅミ殿を寝室へお運びしろ! 丁寧にだ!」

「はっはい!」


 スーパーメイドさんもさすがに慌てた様子で、とても不安そうな顔をしている。


「ファルルはそこなメイドと共に湯とタオルを持ってこい!」

「しっ承知しました!」

「はははははい!」


 二人でバタバタと部屋を出ていき、ファルフォルはスカーレットが向かった先へと早足で向かう。

 残された者達はただ呆然と事の成り行きを見ているしかなく、静寂だけがその場所にポツンと残された。

 その後、誰が最初に動いたかは分からないが、若干のどよめきを生みながら各々持ち場へと戻るしかなかった。



――


「スカーレット、様子はどうだ?」


 静かに開けられた扉から、スッと中へと入る。

 そこには不安な表情を浮かばせたスカーレットと、布団に包まれた綴文が居た。

 ファルフォルの姿を確認すると、その言葉に答えるように首を横に数回振る。


「いったい何が起こったというのだ……」


 綴文に近付き、戸惑いを隠せない顔で見下ろす。

 つい先程まで笑顔で話をしていたはずだし、倒れるような要因は何も見られなかったと記憶している。

 本当に突然、糸を切られた操り人形のように、グシャリとその場に倒れてしまったのだ。

 何か原因があったのか、それは一体なんだったのか、目まぐるしく思考が回る中、扉が開かれた。


「お待たせいたしました!」

「静かにせぬか! 声が大きいぞ!」

「……父上もですよ」

「…………すまん」


 タオルを湯に漬け、顔を拭う。

 よく見ると全身から汗がじんわりと出ていた。

 スカーレットとメイドは一瞬視線を交わし、息のあった動きで服を脱がし、全身の汗を拭いていく。

 当然ファルフォルは、脱がし始めた事に気がついたファルルが外へと追い出した。


 一段落すると、外に一人警備につかせて一息つくことにした。

 当然のように空気は重く、皆一様に口を閉ざしたままだった。


「ファルフォル様、少々よろしいでしょうか」


 コンコンとノックする音が響き、少女の声がスッと飛び込んできた。


「ふむ……何用だね」

「巫女様に神託が降りました。神の間へお越しください」

「こんな時に神託とは神はいったい何を……いや、すぐに行こう。ファルルも一緒に来なさい」

「はっ!」


 ファルフォルの言葉にバッと立ち上がり、軽く頭を下げる。


「スカーレットはツヅミ殿を頼む」

「承知致しました、お任せください」

「うむ、よろしく頼む」


 スカーレットが頭を下げると、メイドも慌てて頭を下げる。

 ファルフォルはそれを一瞥すると、ファルルを連れて扉を開けて部屋を後にした。


「待たせてすまない」

「いえ、参りましょう」

「うむ」


 巫女服のような服をまとった少女を先頭に、神の間へと向かうのだった。



――



 神の間で待っていたのは、顔色の悪い巫女服のような服をまとった女性。

 共に来た少女と違うのは、頭に金色の冠のような物を被っている点だけだろうか。


「待たせてすまない」

「いえ……神託は予兆の無い物ですので……ですが、短期間で二度も来るとは……」


 だいぶ疲れているようで、喋る言葉には覇気がなく苦しそうだ。

 神託を受ける際にかなりの精神力を要するらしく、長文になるほど削られる量も増えるんだとか。

 それを知るファルフォルは、少しでも早く休ませるために話を急かす。


「お気遣いありがとうございます……神託はこちらになります……」


 そう言って差し出した手には木板があり、区切り区切り文字が書かれている。



 白 御使 命 危機

 黒 奔流 全 流

 来訪 神木 御下

 使命 身命 護衛



「断片的過ぎてこれだけしか聞き取れませんでした……何故かとても急いでいたような……」

「なるほど……だが大体は把握した。以前と違い難しい言葉が殆どない分、意味はとてもわかり易かった」

「白き御使い様は命の危機……黒き奔流に全てを流される……御神木の元まで身命を賭して守り連れて来い……といったところでしょうか……」

「おそらく間違いはないだろう。ファルル!」

「はっ!」

「スカーレットと共に急ぎ準備を! 私も祭事の装束に着替え直ちに向かう!」

「承知いたしました、直ちに!」


 そう言って神の間を飛び出し、即座に綴文の元へ駆けていった。

 それを見送ったファルフォルは、神の間の奥で簡略的な清めを行い、白い装束を身に纏って神の間を後にした。



――神界――


「急いでたのは非常によく分かってるんすけど、威厳とかあるじゃないっすか」

「ご、語彙……力……」

「しょうがないじゃろ! 儂だって焦る事ぐらいあるんじゃよ!」

「確かにツヅミちゃんが倒れた時は吃驚したっすけど……」

「つ、伝わらなかったら……おこ……られる……」

「まぁそうっすね、しょうがないっすね」


 そう言いながらも【輪廻】を白い目で見る二神。

 それもそのはず、綴文が倒れた瞬間の【輪廻】の焦りようが凄まじく、逆にスンッとなってしまったのだから。


 落ち着きを取り戻す暇も無く、急いで降ろした神託が威厳の欠片も無い断片的なものになってしまった。

 それが更に拍車をかけているのは言うまでもない。


「なんじゃいなんじゃい、老人を苛めよってからに……」

「口尖らせても可愛くないっすよ?」

「ぜ、全然……かわいく……ない……」

「儂に対する当たり強くないかの! 酷くないかの!」

「「………………」」

「沈黙はやめんかああああ!」


 哀れみの眼差しと沈黙で答えた二神だが、べつに遊んでいるわけではない。

 こっそりと創造神より授かった使命を果たしているにすぎないのだ。


【輪廻に威厳を取り戻させる為、考え改させる時を作れ】


 冷たくしたくてこんな態度をとっているわけではない、これは使命なのだ。

 ……ちょっと面白いとか、そんな風になんて断じて思ってはいないのだ……たぶん。

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