第16話:この里の特産品になりうる物の試作です

 明日まで一旦解散となりはしたが、正直何をしたら良いのか分からないでいた。

 時間的にはまだ昼くらいだし、果物でも食べて腹ごなしをすればいいから、そこは良いのだが……。


「綴文様、ルーティさんから聞いたんですが、野菜が欲しいんですよね?」

「え? うん、そうだね。塩胡椒して焼いた肉って、正直料理とは言い難いし……ちゃんとした【料理】と呼べるものを作る為にも欲しいかな」

「でしたら、丁度頁も出来ましたし、野菜と果物を売っているお店に行きましょう! もしかしたら、畑も見せてもらえるかもしれませんよ!」

「さあ行こう、今行こう、すぐ行こう」


 ファルルの言葉に素早く反応し、何処にあるかも知らない場所へ歩き始める。

 自分が提案した事ではありながら若干呆れた笑顔を浮かべて、ちょっと駆け足で綴文の隣に駆け寄り、ファルルが先導する形で目的の場所へと向かった。


――


 里長邸の大樹はとても大きく、色々な木から吊橋が伸びている。

 その全てが中継地点や主要な木へ繋がっており、基本的に里長邸から行けない木は無い構造になっている。

 と、ファルルが胸を張って自慢気に教えてくれた。


「ってことはさ、何かあって攻め込まれたりしたら、真っ先に吊橋落とされて何も出来なくなっちゃうんじゃない?」

「うーん……大昔はそういう事もあったようですが、ここ千年以上攻め込まれた事が無いんですよ」

「そっか、平和なのは良いことだね」


 「今までが大丈夫でも、これからどうなるか分からない」とでも言おうかと思ったが、なんだかとてつもないフラグになりそうだったので、綺麗な空気と一緒に飲み込んだ。

 世界情勢とか全く分からないし、平和な世なら余計な事は口にしない方が、きっと良いのだ。


 そんな事を考えながらファルルと歩いていると、吊橋が全く揺れていない事に気が付いた。

 下から見た時は普通に撓っていたはずだし、実際歩いてみても真ん中辺りまで緩い下りで、そこから先は緩い上りだ。

 風も吹いているのに全く揺れないのはアレだろうか、エルフの魔法か何かなんだろうか。


「その通り! ……と言いたいところなんですが、実際は大昔の縄を結ぶ技法で作られた特殊な吊橋だかららしいです。その技を代々受け継ぐ家もあるんですよ」


 「なるほど」と相槌を打ちながら、どれだけ凄い職人技が使われているのかと吊橋をマジマジと見てみたが、分かるはずもなく。

 しげしげ見ながらウンウン頷く何もわかってない人のそれだ。


――


 距離があったように感じたが、里の広さと吊橋の長さを考えたらそうでもないのかもしれない。

 辿り着いた場所は、入ってきた門を背にして右手側、商店が密集した区画だ。

 周囲を見回すと、家具店や雑貨店が目に入り、入口付近よりも沢山の人が居て賑わっているようだ。


「この隣の木が目的のお店です」


 そう言って短い吊橋を渡ると、入口らしき穴の上部に【ピリカの店】と書かれた看板が掲げられていた。

 店主の名前がピリカという人物なのだろうか、なんとも豪快な文字に、男らしい勇ましさを感じる。


「あーっ! ファルルやんやーん! いつ帰ってたんよー!」


 看板を眺めていると、『ギュオンッ』と擬音が聞こえてきそうな勢いで女性が飛び出し、ファルルにタックルする形でしがみついた。

 聞き間違いだろうか、関西弁のような気がしたが……。


「ただいま、ピリカ」

「めっちゃ久しぶりやーん♪ 何星暦エトワルーネぶりやったっけ?」

「たったの数節でしょうが」

「あっはっは♪ せやったか♪」


 とても親しげに話す二人を見ながら、ピリカと呼ばれた女性の事を見る。

 看板の勇ましさ的に、勝手に男性だと思いこんでいたのだが、どうやら勘違いだったようだ。

 しかし、何故関西弁なんだろうか……もしかして関西から来た同郷のなのだろうか?


「んでファルルやん、この白い御髪おぐしの美少女は誰なん?」

「こほんっ……このお方は綴文様よ。私が里を出ていた理由は知ってるわよね?」

「この美少女がそなんか、ちっちゃかわえぇなぁ♪」


 ニコニコ笑顔で「よろしゅうなー」と頭を撫でられると、隣でファルルがあたふたし始め、それを見たピリカがお腹を抱えて笑い出す。


 ピリカは猫っぽい顔立ちをしており、悪戯っ子のような性格をしている。

 今までもファルルが弄られるのが日常だったんだろうなと、見ていて思った。

 ヒーヒー言いながらもなんとか息を整え、綴文の方に向き直る。


「ウチの両親は行商人でな? 昔はずーっと遠くにある里で暮らしとったんやけど、旅しながら物売って、気ぃ付いたらこの里に定住しとったんよ。子供やったウチは後ろくっついてただけやねんけど、途中長いことった国で言葉が移ってしもてな? オカンなんかずーっと『変な感じ! 普通に喋って!』って五月蝿かったんよ。オトン面白いおもろいもんが好きやん? ウチの事でよぅオカンと喧嘩しっとったんだわ♪ ほんでな」

「ピリカ」

「ん? なんや? こっからめっちゃ盛り上がるんやけど……」

「流石に長いわよ……綴文様もビックリしてるじゃない」

「えー? ……しゃあないなぁ、ファルルやんのおっぱい揉ませっ!!」


 言い切る前に鉄拳が振り下ろされ、とても痛そうな音と共に涙がビャッと飛び出す。

 当の綴文はビックリしていたわけでなく、単に(よく喋る人だなー)と静かに耳を傾けていただけだったりする。


 ピリカはしゃがみこんで殴られた場所を両手で押さえて、「絶対頭割れてるわー」と涙声で嘆く。

 自業自得というやつだ、むしろタンコブになって盛り上がってるから安心してほしい。


――


 なかなか痛みが引かなかったのか、復活するまでにちょっと時間がかかった。

 ようやく調子が戻った頃、早速お店の中を見せてもらう事に。


「ようこそ【ピリカの店】へ! 野菜と果物しかあらへんけど、ゆっくり見てってや♪」


 入ってすぐに色々な種類の野菜と果物が陳列されていて、その光景は地球の八百屋と同じように感じる。

 しかし、エルフの里は栽培をしているはずだし、買う人は居るのだろうか。


「昔は外に採りに行ってたらしいんよ。ほんで猛獣に襲われたりで死んでまう人がぎょうさんおってな……二代前の里長やったかな? 里の中で育てようっちゅー話になってな。そっからウチの旦那の家が中心になって頑張った結果が今っちゅーわけや」

「結界の外に出る事になりますから、命がけで採りに行かないといけないのは今も変わらないんです……。それを安全に安定して作れるようになって、身を危険に晒さずに得られるようになった対価を支払うように、と掟で定められたと聞いてます」

「まあなんやかんやあって、里ん中で野菜やら育ててるんはウチんとこだけっちゅうわけや。金出したなかったら命がけで自分らで採って来いっちゅー話しやな」


 なんとも簡単に締めくくられたが、想像とはかなり違っていた。

 里全体で野菜や果物を育てて、外にキノコなんかを採りに行っている、というのを勝手にイメージしていた。

 創作されたファンタジー世界と現実に違いがあるのは、当たり前と言えば当たり前ではあるのだが、少しだけショックだった。


「まぁゆっくり見たってや。分からない事あったら何でも聞いてなー」


 それだけ言ってカウンターの中に入り、椅子に座って何かを書き始めた。

 ファルルは何度も来ているからだろうか、綴文の行く方にトコトコと付き従い、持っている知識で説明をしてくれる。

 なんとも可愛らしい生き物である。


「ん? 此れってもしかして……」

「此れは一体なんでしょうか……ピリカ、この実はなに?」

「んー? あーそれなぁ……オリヴィエっちゅー実なんやけど、口ん中が大変な事なって食べられないんやけど……買ってく物好きが一人だけおってな? 他に買う人おらんし本真ほんまは置きたないんよ」

「やっぱり……。私が知ってる物と同じなら、里の特産に出来るかもしれない」

「本当ですか? 綴文様」

「こないけったいな実で何ができるんや?」

「それは『出来てからのお楽しみ』ってやつです。他に野菜を見せてもらって良いですか? 完成品に合う野菜を幾つか買いたいです」


 それから店内を物色して【キャベツシュー】【レタスレテュ】【きゅうりコンコンブル】【トマトトマットゥ】を買い、途中ピリカが【水瓜みずうり】を勧めてくれたので、デザート用に一緒に購入した。

 店内にある野菜や果物はどれも質が良く、その事について話しをしたところ、褒められた事に気を良くしたのか、翌節に畑を案内してくれる事になった。

 気分が良いピリカは、二人が帰った後もずっとニコニコしていて、旦那さんに気持ち悪がられて喧嘩になったとかならなかったとか……。



 二人は大量の【オリーブオリヴィエ】と野菜を持って里長邸へと戻り、夜の食事の準備に取り掛かるのであった。



――神界


「無事にエルフの里に到着したみたいっすね」

「ふぅ……良かったわい……」

「で、でも……どうやって御神木まで……きて……もらうの……?」

「ふむ、エルフの巫女も神託を正しく理解しておらんようじゃし、此れは困ったもんじゃの……」


 この三柱に限らず、勝手に地上へ干渉する事ができない神々は、こういう時にとても歯痒い思いをする。

 そんなこんな思い悩み、結局答えを出せずに居る三柱の前に、一人の男性が姿を現した。


「かなり悩んでいるようですね」

「これはこれは補佐殿、お久しぶりでございます」

「【輪廻】殿、お久しぶりにございます。本日は創造神様より言伝を預かっております」


 この男性は創造神の側近三柱の一柱で、【樹木】を司る神。

 性格は柔らかく、怒る姿を見せる事は殆どないと言われているほど温厚な神である。


「ではお伝えします。<神託の使用を一度限り許可する。失敗の無いよう細心の注意を払うように>との事です」

「承知しました。降ろす内容をきちんと考え、必ず御神木へ導けるように致します」

「そのまま創造神様にお伝え致しますので、頑張ってくださいね」


 そう言って優しく微笑み、右手を軽く上げて音も無くシュルンと消える。

 失敗は許されないが、ひとまず方法を得る事ができた三柱は安堵の溜息を吐いた。



――シルフォードの里 里長邸


 時間的に余裕はあるが、夜の食事の時間が近くなっていた。

 こっちの世界に来てから肉ばかり見ていたせいか、沢山の野菜や果物を見れて、少しテンションが上がってしまったのかもしれない。

 思った以上に時間が経っていたようだ。


 二人で里長邸に戻ると、丁度ファルフォルと出くわした。

 自室に戻って休憩する所だったようなので、軽く挨拶だけして別れた。


 ……はずだったのだが、何故か後ろから付いて来るので、仕方なく三人で厨房へ向かう事となった。

 休憩って事はまだ仕事あるんですよね? それでいいのか長?


「じゃあファルル、今から作業を始めるから、さっき話した通りメモよろしくね」

「はい! 任せてください!」

「なんだね? 何が始まるんだね?」

「この里の特産品になりうる物の試作です」

「ほう……」


 里長も興味が出たのか、少し離れた所から作業を眺めるつもりのようだ。

 しかも、里長が厨房に入る所を目撃した使用人達が、何事かとパラパラ集まり始めている。

 よく見ると、さっきまで一緒に居た使いの子と、自称ただのメイドも居るようだ。

 見られて困る事でもないので、特に口にする事も無く、ファルルと目配せをして作業を開始する。


 持ち帰った【オリーブオリヴィエ】の四分の三を取り出し、木のボウルの中にゴロゴロと入れる。


「まずは実を洗う。実に付いてる汚れとゴミを綺麗に落とさないと、出来上がりが悪くなるから注意ね。<清めの流水フロッシュ>」


 手を翳して唱えると、木のボウルの中に水が湧き出し、水流で綺麗になっていく。


「綺麗になったら、悪くなってる実を取り除く。この工程を省くと、完成品も直ぐに駄目になるから注意ね。<払うべき悪デフォドゥトゥリエ>」


 水流でグルグルと泳いでいる中から【悪くなっているオリーブオリヴィエ】がピンピンッと弾き出されていく。

 ありがたい事に、自称ただのメイドが一つずつ拾ってくれる。

 ランダムな方向に飛んでるのに、なんで涼しい顔で全部キャッチしてるんですか?


「綺麗な実だけになったら、最重要工程【圧搾】に移る。実を種ごと擦り潰して、そこから滲み出る汁を取り出す工程だね。<結界:筒><圧搾コンプレッション>」


 キンッと甲高い音を立てて、薄っすらと六角形の模様が入った筒が現れる。

 同時に水流が解除されて、筒の中にオリーブオリヴィエが入った状態になり、筒の上下から圧縮された空気がゆっくりと回転しながら距離を縮めていく。

 やがてオリーブオリヴィエを挟む形になり、ゆーっくりゆーっくりと擦り潰し始める。


「このゆっくりなのが大事だからね? 回転が速いと摩擦熱が発生して、完成品が【美味しくない】物になっちゃうから」

「ゆっくりが大事……っと。かなり頁がかかる工程なんですね」

「魔法でサクッと出来ればいいけど、頁をかけるからこそ良い物ができる事もあるんだよ。教育だって訓練だってそうでしょ? 急がば回れってやつだね」


 綴文がさも当然のように言うと、ファルルの筆が高速で走る。

 ちょっとファルルさん、そんな満足気な顔しないでください、なんか恥ずかしいから。


「まだ頁もかかるし、もう一つ圧搾しとこうか。窯に鉄板置いて……火をつけて……っと」

「次は何を圧搾するんですか?」

「この胡麻セザムだよ」


 ゴソゴソと取り出したのは、シルフォードの森で偶然見つけて、こっそり採取しておいた【胡麻】。

 採取した時は和えたりなんだりに使えるだろうと思っていただが、最初以外はほぼ同じ工程で作る事が出来るので、むしろ丁度良いじゃんと思ったのだ。


「熱した鉄板に胡麻セザムを出す。全体的に万遍無く混ぜて、良い香りがしてきたら取り出す。この工程は魔法じゃ難しいだろうけど、研究して簡易化するのも良いかもね」

「これは良い研究になりそうですね」


 取り出した胡麻セザムオリーブオリヴィエと同じ様に圧搾にかけ、目の前に二本の筒が聳える形になる。

 此処までさほど時間はかからず、後はじっくりと待つだけだ。


 綴文が一息つくと、ファルルはサッと書いただけのメモを清書する為に、椅子に座って集中し始める。

 それを見て一段落したと判断したのか、ファルフォルが綴文に近付いて疑問を口にした。


「ツヅミ殿、この里の特産になりうる物を作っていただけるのは非常に有り難いのですが……【食】を知らぬ者達にどのように広めればよいのかと……」

「……これは私の希望も含まれますが、まずはプルミ村との交易を行っていただきたいと思ってます」


 ファルフォルの眉が少し上がり、「ふむ」と二、三度頷く。


「私が拠点にしているというのも理由の一つですが、村には定期的に行商人がやってくるんです。知人によると、十数節泊まっていくそうなので、【食】が素晴らしい物だと知ってもらう事ができれば……馬鹿でない行商人なら絶対に食いついてくるでしょう。傷まないように持ち運ぶ方法だったり、クリアすべき課題はいくつかありますけどね」

「なるほど……そこから徐々に噂や品物が広がっていくのが狙いということですな?」

「はい。その中に【菜食主義のエルフが作った食に関する品】があったら、少なくとも人族は見逃さないでしょうね」

「そういうものですか?」

「そういうものなんです。人族の武器屋に定期的に【ドワーフが打った剣】が売っていたら、分かる人なら絶対に見逃さないですよね?」

「なるほど確かにそうかもしれませんな。噂が広まれば店も繁盛し、作ったドワーフの工房も注目を集めて、個人的に注文も入ると」

「ご理解いただけたようでなによりです」


 綴文はにっこりと笑い、ファルフォルは関心したように小さく唸った。

 その様子を見ていた使用人達は、約二名を除いて放心状態になっており、話が耳に入っていた者は居ないだろう。

 そう、約二名を除いては……。


「ふふふっ……面白い事になりそうですね……」


 誰の耳にも入る事のなかった不敵な笑いは、静かに闇に溶けて消えていくのであった。

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