第15話:ただのメイドでございます

 最初はグイグイと引っ張られていたが、歩いている内に気が付けば手を繋いで並んで歩いている状態になっていた。

 世界樹の神々しさは相変わらず凄まじいが、段々慣れてきたお陰で普通に歩ける程度には慣れているかと思う。

 周りを見る余裕が出てきたお陰で気が付けたが、地面を歩いている人は一人も居なかった。


「地面歩いてる人が居ないけど……なんで?」

「んー……この里に限らないんですが、基本的にエルフって樹上で生活してるんですよ。家とか工房とか、そういう物も全て上にあるので、里に居る間は、外に出る時か急ぎで移動しないといけない場合に少し使うくらいなんです」

「なるほど……高所恐怖症の人には地獄のような場所だな……」

「……エルフにはそういう人が居るって聞いた事がないので、考えた事もなかったです」

「生まれた時からこういう環境なら、そもそも考えようがないってのはあるかもね」


 そんな世間話をしながら歩いていると、樹上から視線が飛んできている事に嫌でも気が付いてしまう。

 この里にエルフ以外が居るのは特に珍しい事ではないし、むしろ普通に他種族も暮らしているようだし、最たる原因はこの髪と目にあるのは分かりきった事であろう。

 正直煩わしく思うが、いちいち気にして反応していては疲れるので、あえて無視する方向でファルルとの会話を楽しむ事にする。


 入口から歩き始めて二十分そこそこだろうか、ようやく目的地が近付いてきた。

 そこは世界樹を正面に見て左側に聳え立っており、やはり里長の家だからであろうか、他の家よりも少し豪華な作りになっているように見える。

 しかし、階段や梯子のような物も見えないし、いったいどうやって上に行くのだろうか。


「根本に入口がありますので、そこから入ります。私から先に入りますね」

「ほーん……」


 里長の家がある大樹を指差し、それに習って視線を向けると、木の付け根辺りに洞穴のような物があり、ほんのり光が漏れている。

 足元は石造りの床になっており、そこには魔法陣が掘られていた。

 宣言通りファルルが入ると、一瞬でそのばから消え去り、直後に上からファルルの声をかけてきた。


転送陣テレポーターになっていますので! 安心してお入り下さい!」


 言われるまま中に入ると、一、二秒後には瞬間的に視界が切り替わり、目の前にファルルが立っていた。


「これ凄いね。長距離移動とかもできるの?」

「この魔方陣ではできないようです。長距離移動用の魔法陣があるらしいのですが、私は話に聞いただけで見たことはないですね」

「ふーん、珍しいものなのか」


 もしかしたら、遺跡にある失われた魔法だとか、国のお偉いさんが管理してて王族しか使えないとか、そういう感じなのかな、等と考えたが、現状必要な物でもないし今考えても答えは分からないので、思い出した時にまた考えようと思考の外へと追いやった。

 そんな話しをしながら、ファルルを先頭に里長邸へと入り、応接室のような場所に辿り着き、座って待つように言われた。

 途中何人かのエルフと擦れ違ったが、注目を集めたのは言うまでもない。


「いらっしゃいました」

「ん?」


 ファルルの声に一瞬疑問を抱いたが、入ってきた扉とは別の扉が開き、視線を向けると一人の男性が立っていた。


「ようこそ、おいで下さいました。わたくしはシルフォードの長、フィル・ファルフォル・フェールフォルと申します。以後お見知りおきを、白神様」

「私は旅人のツヅミ・ナナフシと申します。気軽にツヅミとお呼び下さい」

「かしこまりました。でしたら、私の事はファルフォルとお呼び下さい」

「はい、ファルフォルさん」


 にっこり笑顔で応えると、ファルフォルは一瞬頬を紅く染め、何かを誤魔化すように軽く咳払いをする。


「短い挨拶ではありますが、今節はもう既に月が登って遅くあります。よろしければ、詳しいお話等は翌節に致しましょう」

「はい、私はそれで大丈夫です」

「ありがとうございます。ファルル、ツヅミ殿を客室へと案内してさし上げなさい」

「はっ」


 ファルルは軽く頭を下げてから、綴文を入ってきた扉の方へと導く。

 そのまま廊下に出て、扉が閉まると短く溜息を吐いた。


「緊張しましたか?」

「そりゃね。初対面だし、里を治める長だし。緊張するなって方が無理な話しでしょ」

「ふふっ、父もかなり緊張していたようですけどね」

「そうなの?」

「見たことないくらいガチガチでしたよ」


 本当に珍しかったのか、ファルルは良い物でも見たかのように、とても楽しそうだった。


 案内された客室は広くも狭くもなく、豪華でも質素でもなかった。

 ファルルとは「また翌節」と小さく手を振って別れた。


「あ、お風呂あるか聞いとけばよかった……」


 歩き回って体が汚れている事に気が付いたが、今から聞きに行くのも悪い気がしたので諦める事にした。


――


 シルフォードに着いた翌節、ユゥンの詠三章二節。窓から差し込む太陽の光で目が覚めた。

 やはり疲れていたのか、かなり寝坊してしまったようだ。

 ベッドの上で大きな欠伸をし、続けて伸びをしていると扉をノックする音が聞こえた。


「はい、どうぞ」

「お目覚めですか、綴文様」

「おはよう、ファルル。ちょっと寝すぎたかな」

「実は私も先程起きまして……私は父の元へ行きますが、使いに果物を持ってくるよう言ってあるので、お部屋で食事をして待っててください」


 恥ずかしそうに後頭部を掻き、食事の事を伝えて部屋を出て行った。

 その数分後に少量の果物が運ばれ、持ってきてくれた使いの人は「御用がありましたら何なりとお申し付け下さい」と扉近くで待機している。

 ガチガチに緊張しているようで、待機している間も視点が空中を乱舞しているのが見て分かった。

 朝の食事を終えた綴文は、いつファルフォルとの話しが始まるのか分からないし、それまでただボーッとしているのもつまらなかったので、プルミ村で考えていた、ある道具を作ろうと思い至った。


「すいません」

「ひゃいっ! ななななんでひょか!」

「あはは……ちょっと暇潰ししたいんですが、庭とかありますか?」

「に、庭でありまひゅか! ごじゃ、ございます!」

「案内してもらっても……大丈夫ですか?」

「も、も、も、もちろんでございましゅ!」


 やばい、話しかけられる事は無いと思っていたのか、使いの子の目が緊張と混乱でグルグルになっている。

 それでもやるべき事を成そうとしてくれているのか、ロボットのようにカクカク動きながらも案内をしてくれ、樹上だというのに立派な広い庭に辿り着く事ができた。

 途中、そんな使いの子を見かねた、いかにもベテランといった風格の女性エルフが少し離れて着いて来たが、外見とは裏腹にハラハラと様子を窺っていてちょっと面白かった。


「今からちょっとした道具を作りたいんですが、使っても良い薬草と毒消し草、あとお花ってありませんか? できれば小さくて可愛いので、いろんな色があると嬉しいんですけど」

「……分かりました、調達して参ります」


 ベテランっぽい方が率先して請け負ってくれ、一瞬で姿を消し、驚いている間もなく、また瞬間的に戻ってきた。

 その手には薬草と毒消し草、あと何種類かの花が入った小さな籠を持っている。


「な、何者なんですか……」

「ただのメイドでございます」


 しれっと答えるが、使いの子も目をまんまるに見開いており、ベテランさんが規格外の存在なのであろう事を察するのは容易だった。

 綴文自身、こういう状況に慣れ始めている事もあり、気持ちの切り替えが早くなってきた気がするが、それは気の所為ではないだろう。

 事実、驚きに乾いた笑いが出るが、すぐにやりたい事へと思考が切り替わる。


「今からちょっとした魔法を使いますので、危なくない程度に離れていてください」

「魔法ですか……」

「ま、魔法……」


 エルフにとって魔法は別段珍しいものではなく、基本的にエルフなら子供の頃から誰でも使える、とても身近な存在だ。

 エルフ以外の種族でも使える者も多く居ると聞いているし、実際に使っている所も目にするが、何故わざわざそんな宣言をするのかがとても疑問だった。


 二人がそんな事を考えているとは露知らず、二人と里長邸に背を向けて集中を開始する。

 プルミ村では水事情を改善しようと【水石】の試作をしたが、元からある水は特別綺麗とは言えず、これを綺麗にするのも濾過が必要だ。

 此処シルフォードの水がどうかは分からないが、行く先々で無闇矢鱈に【水石】を使う事はできないので、どうにか水を綺麗にする方法はないかと考えていたわけだ。


 そこで辿り着いた結論は、水を浄化する魔法を作る事だ。

 濾過する方法も当然考えたが、細かい石だの貝殻だのと用意する物が多く、毎回それを作るのはとても面倒。

 それなら水を浄化する魔法を作ってしまえば楽になるのではないかと、何故か覚えた【魔法創造】を使いながら思い至った。


 既に幾つか魔法を創造している綴文は、いつもの要領で大丈夫だと気持ちを落ち着かせ、花の入った籠を手に大きく息を吐いて思考を巡らせる。


(植物の創造、合成……水生植物、光合成……浄水、殺菌、消臭、解毒……)


 創造したい魔法の明確化を行いながら、目を閉じて深く深く思考を一点に集中させる。

 すると、足元にゆっくりと描かれるように魔法陣が紡がれていき、段々とその形が明らかになっていく。

 円形の中に複雑な模様や文字が徐々に描かれ、周囲に光が溢れていく。


「ツヅミ殿! どうなさ……い……まし……た……」


 バタバタと足音を立ててファルフォルとファルルが庭に飛び出してきたが、目の前の光景を見て絶句した。

 誰が来たのか、何を言っているのか理解できているが、今集中を切らせると失敗してしまう為、声のする方へは注意を向けないよう魔法に集中する。


「薬草……毒消し草……お花たち……合わせて……混ぜて……」


 用意してもらった物が中に浮き始め、綴文の頭上で光りながら一つに重なっていく。

 混ざり合い、溶け合い、一つになっていくのが伝わってくる。

 だんだん光が圧縮されいき、徐々に光が弱くなっていくと、それに呼応するかのように魔法陣の光も強さを弱めていく。


「なんだこれは……なんと神々しく澄んだ魔力なんだ……」

「これが綴文様の、いえ、白神様の魔法です」


 ファルルが自分の事のように自信満々に言うと、ファルフォルは感嘆の溜息を吐いた。

 その両隣にはベテランの方と使いの子も居るが、二人は声すら出せずに居た。

 やがて光が完全に消えると、小さな種と静寂だけが残った。


「…………ふぅ……ひとまず成功ってところかな。すいません、お騒がせしてしまいまして。ちょっと暇つぶしをしていたんですが……」

「ふふっ、暇つぶしで魔法使う人なんて初めて見ましたよ」


 えへへ♪ と冗談めかして笑うと、ファルルもそれにつられて小さく笑う。

 いいじゃん、本当に暇だったんだから。


「ツヅミ殿……今の魔法はいったい……」

「えっとですね、プルミ村に居る時から思っていたんですが、飲水があまり綺麗じゃないなーと。それで、綺麗な水を飲むために何かできないかなーと……」

「たかが水のためだけに……あれほど高度な魔法を……。駄目だ、理解が追いつかん……」

「父上、綴文様はこういう方なんです。飲み込んでください」

「ちょっ、ファルル! 言い方ひどくない?!」


 一見和やかに会話が弾んでいるように見えるが、その周囲を見ると、ベテランさんも使いの子も、白目を剥いて立ったまま気絶している。

 まるで、庭園に置かれた石像にようだ。


「せっかくですので、もうちょっとだけ魔法使っていいですかね」

「あ、あぁ……好きにしてもらって構わない……」

「ありがとうございます」


 くるりと背を向け、【土砂ダート:土】と【水流ウォーターフロウ:真水】を組み合わせて泥水球を作り、【物操】で浮遊した状態を保つ。


「泥水ですか? 確かに此れを綺麗に出来たら、普通の水なんてすぐに綺麗になりそうですね」

「だよね、それが理想。さっき作った種をこの中に放り込んで……っと」


 一粒だけ摘まみ、泥水の中に放り投げて少し待つと、薄っすらと泥水の色が薄まったように見える。


「なんということだ! 本当に水が透明になっていくではないか!」

「凄いです! 最初はゆっくりだったのに、どんどん綺麗になっていきます!」


 里長とファルルが言う通り、ゆっくりだったのは最初だけで、一気に加速して透明度が増していく。

 そして、完全に透明になった水の中には、根をユラユラと踊らせる一輪の白い花が残った。

 それを確認した綴文は、おもむろに水を手で掬って口に含むと、この世界に来てから飲んだ水の中で一番澄んだ綺麗な水であると確認ができた。


「美しい……なんて美しいんだ……魔法だけでなく、作り出した草花にも見惚れてしまう……」

「そちらの方にお花の調達を頼んだんのですが……今は立ったまま気絶しているようですね」

「私でさえ正気を保つのに必死だったのだ、致し方あるまい……」

「私は見慣れたので全然平気ですけどね!」


 ファルフォルはファルルの肝の座りっぷりに若干引き気味だったが、そこがこの子の良い所なのだろうなと思い直し、ファルフォルの中のファルル像が良い方向に更新された。

 そんな二人の様子を見ながら、こっそりと今出来た種の鑑定を行っておく。


――


 ・浄水花草じょうすいかそう

 説明:水の中で育つ草花。水を綺麗にする性質を持ち、あらゆる【汚れ】【毒】【病】を浄化する働きを持つ。

 ただし、一定量の汚れを浄化するか、七節の間光が絶たれると枯れてしまう。

 特性:【輪廻草りんねそう】枯れると種が残り、再び花を咲かせる

 属性:木、光、癒


――


 想定していた性能の更に上をいってしまったようだ。

 それでも、思っていた効果はきちんと発揮出来ているようなので、特に問題に思う必要はなさそうだ。


「庭を貸していただきましたし、此方の種を幾つかお礼としてお渡ししますね。水を溜めている場所に入れてあげてください。もし枯れても、種が残ってまた花が咲いて浄化されますので」

「おお……おお! ありがたき幸せ! 早速我が家の水溜に使用させていただきます!」


 ちょっと過剰のような気もするが、喜んでもらえて良かった。

 プルミ村に戻ったら、村の人達にも分けてあげよう。

 村中の水が一気にランクアップする事間違いなしだ。


「ツヅミ殿、今節よりファルルをお供にお付け致します。末娘故至らぬ点も多々あるかと思われますが、必要な事があればファルルを通して私に伝わるよう手配致しますので」


 バッと片膝を突いて頭を垂れ、娘を側使えとして置く事を宣言する。

 どうやら綴文の魔法を見た事で、信用なのか信仰なのか判断はつかないが、全面的な信頼を得られたようだ。

 そして、今回の事が原因なのかは不明だが、本来予定されていた話し合いは明日まで保留となり、その場で解散という事になってしまった。


 後でファルルから聞いた話しだと、あの時ファルフォルは平静を保っていたように見えたが、実はかなりの興奮状態にあったらしい。

 その場はなんとか我慢できたが、内心興奮冷めやらず、いつボロが出るか分からない為に保留としたらしい。

 ……そんな事で本当に良いのか長……。



――スキル【創造魔法】を獲得しました

――生成系の魔法が【創造魔法】に統合されました

――【創造魔法:生草ライフグラス】【創造魔法:生花ライフフラワー】を習得しました

――【魔法:種操】【魔法:草操】【魔法:花操】【魔法:木操】【魔法:葉操】を習得しました

――【魔法:成長促進】【魔法:成長加速】を習得しました



 またスキル構成に変化があったようだ。

 【料理魔法】が原因なのか、新しい魔法が原因なのか分からないが、もしかしたら神さまもどうしたら良いのか迷っているのかもしれない。

 今はその変化を見守る事にしようと思う。

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