第二章:シルフォード

第13話:シラカミさんぽ

 ラリゴと固い握手を交わして白々亭に戻ると、木工屋のエルヴィンと鍛冶屋のガツンテが笑顔で待ち構えていた。

 すぐそばの机には「中身を当ててごらん」と言わんばかりに、これ見よがしに木箱が置かれており、ルーティの視線は其れに釘付けになっている。

 ここで空気が読めない女ではない、しれっと気付かないフリをして話しかける。


「お二人ともどうしたんですか? 図案でしたらもう詰め終わったはずですけど……」

「がっはっは! そんな事分かっとる、ほれ、そこに箱があるじゃろ?」

「開けてみてちょうだい? きっと驚愕ビックリするわよ」

「えーなんですかー? 掘り出し物でも見つけたんですかー? え、此れは!」


 箱の蓋を開けると、やはりペッパーミルが入っていた。

 予想通りだったが、期待を裏切らないようにわざとらしくも驚いてみせると、ガツンテはしてやったりと大笑いをする。

 が、エルヴィンはガツンテから驚かそうと提案された時から簡単にバレると分かっていたので、ガツンテを温かい眼差しで、両手の指先を合わせながら見守っている。

 ルーティは……うん、そのままのあなたで居てあげてください、きっとその方が皆幸せになれますから。


「凄いじゃないかい! これがペッパーミルってやつかい! ほあー、見た目もそうだが、置いておくだけでも価値がありそうだよ!」

「触ってみてもいいですか?」

「もちろんじゃとも! 実際に削ってみてくれても構わんよ!」

「では早速……おぉ、この削れる感触、ミルそのものに引っ掛かりがないから、思った以上にスムーズに回転させられますね」

「じゃろ? 木工屋の力作じゃ。ワシは中身しか作っとらんが、ガワの良さは本当に感動したもんじゃよ」

「もう、ガツンテさん持ち上げすぎですよ? ミルとしては中身がちゃんとしてないと意味ないんですから、しっかり削れる物を作ったガツンテさんの方が素晴らしいですよ」


 何故か褒め合いが始まってしまったが、職人同士にしか分からない苦労なんかがあるのだろう、とても楽しそうで微笑ましく思える。

 実際に削られた胡椒を見て、ルーティがある事に気が付く。


「昨節嬢ちゃんが削ったのより、香りが良いんじゃないかい? 何か違いがあるのかい?」

「本当に微細な違いなのに、よく気が付きましたね……単に、昨節削ったものより細かくきちんと削れてただけですよ」

「ふーん、そういうもんなのかい」


 そんなやりとりをしていると、二階からファルルが降りてくる。

 目が合うとニッコリと笑顔になり、小走りで近くに寄って来る。

 そう、今節の昼の食事を食べたら出発する事になっているので、ようやく里に綴文を連れていけるファルルは大層喜んでいるのだ。


「じゃあガツンテさん、エルヴィンさん、此れを原型として大きさとか機構の改良とか、そういう細かい部分もお願いします。貴族向けのデザインとかも考えておいた方が良いかと思うので、その点はエルヴィンさん、よろしくお願いします」

「任せとけ! 戻って来たら腰抜かすようなもん見せてやるからよ!」

「デザインとかは弟子達と色々考える事になってるから、期待しておいてね」

「ありがとうございます、ではこちらお返ししますね」

「いや、それは持っていって大丈夫じゃ。エルフんとこでも使う事があるかもしれんじゃろ? ワシと木工屋からの安全祈願だと思って持ってってくれや」

「いいんですか?」

「もちろん」

「では……ありがたく」


 その後、白々亭で使うミルは、同じ物を組み立てるだけになっているようで、出来次第渡す事になり、店で使う用の胡椒を多めに渡しておいた。

 【塩胡椒】した新しい【美味しい肉】は、翌節の朝から提供開始すると、夜の食事の時に告知する手筈となった。

 暫く雑談していると昼の食事の時間になったようで、パラパラと村の人で席が埋まり始め、綴文とファルルも早々に食事を済ませる。


 客足が落ち着き、肉の提供が終わったのを見計らって、ルーティ一家と狼の銀尾のメンバーに出発の挨拶をしていく。

 エルティがとても寂しそうにしていたが、なるべく早く戻ると約束すると、ようやく笑顔になってくれた。

 ラリゴも不安そうな顔をしていたが、綴文とエルティのやり取りを見て若干呆れた顔になりつつも、最後には笑顔で見送ってくれた。


「よう、シラカミサマ」


 森側の門に着くと、フランツが門番をしていた。

 今は此方側の担当のようだ。

 特に驚く事もなく、綴文も返事を返す。


「もう出発なんだな、気を付けて行ってこいよ」

「ありがとうございます」

「俺さ、【狼の銀尾】のリカルさんに頼み込んで、稽古つけてもらえる事になったんだ。何でかルーティさんも乗り気だったけど、死なない程度に頑張ってみようと思う」

「そうなんですね。ホント、死なないでくださいね?」

「ああ、頑張る」


 握った拳を見つめ、綴文に向き直って笑顔で答えた。

 何処か吹っ切れたような、清々しさを帯びたその笑顔は、とても気持ちの良いものだった。


 フランツと大きく手を振って別れ、綴文とファルルは一路【シルフォード】への道を歩き始めるのであった。



――神界


 綴文がプルミ村を出発するのを見ていた神々は、一安心といった様子でお茶を啜っていた。


「これで新しい食材との出会いを果たせるのう」

「今の所順調そうッスし、一安心っすね」

「よ、よかった……です……」

「フェルフォールの長に悪の面は無いし、特に問題も起こらんじゃろうて」

『何も良く無いのじゃ……』

「ん? なんじゃ【前進】よ、何かあったのかの?」

「え? あたしじゃないっすよ?」

『主等……一体何をやっておるのじゃー!』


 地面が揺れ、お茶が盛大に溢れ、三柱の神はガタガタと恐怖で震え始める。


『妾が誰かとは聞かせんぞ……そこに平伏せい!』

「「「は、ははーっ!!」」」


 ガバッと額を地面に擦り付け、恐怖の元凶に頭を下げる。


『妾は何と言ったかのう……七節綴文に【神殿】に行くよう伝えろと、そう言ったはずじゃな……違ったかのう……?』

「…………いえ……」


 三柱は今思い出したのか、顔面蒼白で汗が吹き出してくる。

 そう、確かに言われたのだ。綴文が亡くなり、神界で気が付くまでの間に。

 必ず神殿へ来るようにと、必ず神殿がある街の近くに下ろすようにと、そう言われていたのだ。

 だが結果はどうだろうか、神殿へ行くよう言い忘れ、長閑な神殿の無い村の近くに下ろしてしまった。

 これで雷が落ちないわけがないのは自明の理、この時輪廻は(ああ、終わった)と思った。


『待てども待てども来る気配もない! 遣いに確かめさせれば、自然豊かで静かな村でゆったり暮らしておると……主等は事の重大さが分かっておらぬのか!』

「「「申し訳ございません!」」」

『仕方ないから妾が神託を降ろし、妾の力が強く働く【神聖の森の神木】へと導いたのじゃ! この失態、如何様に償うつもりじゃ!』


 怒り狂う御人は冷静になる事など出来るはずもなく、三柱を叱責し、責任を取らせるので覚悟せよと、頭を一発ずつ叩いていく。


『かの子の心が壊れるような事があれば、主等の消滅を覚悟することじゃ!』


 そう言うと、シュルンと三柱の前から姿を消した。

 三柱は、それから暫く頭を上げる事ができず、立ち直るにはそれなりの時間を要するのだった。



――現世 セリカの森


 ファルルと一緒に旅を始め、一度来た事のあるセリカの森に到着。

 そのまま森へと足を踏み入れ、食べられそうな物を探しながら前へと進んでいく。


「思った以上に食べられる物あるんですね……全然気付きませんでした……」

「空腹で視野が狭くなってたのかもしれないですね、しょうがないですよ」


 この森で空腹で倒れていたファルルは、周りを見ればちゃんと食べられる物があったのに、それに気付かなった自分を恥ずかしく思ったようだ。

 移動の最中に見つけた物は、【スターオレンジ】【プチストロベリー】【ロングキウイ】の三種類だ。

 どれもとても美味しく、特にプチストロベリーはトゥインクルグレープに無い酸味があり、かなりのお気に入りになった。


 美味しい物を見つけては思い出して落ち込みを繰り返していたが、気付けば吹っ切れていたようで、なんとも良い笑顔で歩いている。

 そんな二人は順調に歩みを進め、セリカの森に唯一ある湖へと到着した。

 ここまで時間にして六時間くらいだろうか。何となしにタブレットを見ると、前十ノ頁後と表示されている。

 空を見るとオレンジ色が黒に侵食され始め、間もなく月が主役の時間が訪れようとしている。


「もう月が出ますし、今節は此処で野宿ですね」

「そうですね、まだ先は長いですし……」


 ファルルが言いながら綴文の方を見ると、何時の間にか野営の準備を開始していた。

 その行動の速さに苦笑いが出たが、目を細めて笑顔に切り替えてその手伝いをしに歩み寄る。


「<防御結界:二重ダブル>、それから……<水の揺籠ウォーターベッド><水の揺籠ウォーターベッド>」


 三日の間に【魔法創造】の実験を行い、使えそうな魔法を幾つか作っておいて正解だったようだ。

 【水の揺籠ウォーターベッド】もその内の一つで、【水流ウォーターフロウ】で生成した水を【結界:軟化】で包んだだけのものだが、水の中で脱力して浮遊しているような、心地よい眠りを得られるという代物だ。

 ちゃちゃっと何時もの感じで魔法を使っていると、背中にものすごく視線を感じる。

 ちらりと振り返ってみると、ファルルが頬を紅潮させて羨望の眼差しを向けていた。


「ど、どうしたの?」

「綺麗な魔法だなーと……ハッ! ジッと見つめてしまい申し訳ありません!」


 シュバッと頭を下げるが、呆けていた時に出ていた涎はそのままだ。


「そんなにですか? 別に普通だと思いますけど……」

「シルフォードでも、此れ程綺麗な魔法は見たことありませんよ!」

「そ、そうなんですか……」


 ズイッと迫る顔と、その迫力に顔が引き攣り、それに気付いたファルルが(やっちゃったー)という顔をして冷や汗を流す。

 ゆっくりと顔を離すように後退り、そのまま両手で顔を覆ってしゃがみ込んでしまう。

 苦笑いで短く溜息を吐き、ファルルに手を差し出す。


「食事にしましょう?」

「うぅ……」


 目に涙を溜めて上目遣いで見上げてくるのが可愛くて胸がキュンとなったが、なんとか顔に出ないように堪える事に成功。

 ついっと手を近付けると、その手を取って立ち上がってくれた。


 持物インベントリから俎板と果物、包丁を取り出し、二人並んで果物を切っていく。

 星やハートの形に切ってみせると子供のように喜んでくれて、綴文もとても和む事ができた。

 こうして、素のファルルとの距離を少し縮める事ができたような気がした。

 お腹がいっぱいになった後は火を囲んで軽く談笑し、その後は交代で火の番をして一晩を過ごした。


――


 目を覚ましたファルルと二人で顔を洗い、出発の為に身支度を整える。

 朝食用に切った果物を歩きながら食べ、半日ちょっとかけて森を抜けた。


 森を抜ける迄に運良く猛獣と出会う事もなく、抜けた直後に安堵の溜息を吐いて笑った。

 森の先は広大な平原が広がり、目的地までは更に三日かかると言われたが、なんだかんだこの旅が楽しくなってきている綴文は特に落ち込む事もなく、先に進もうと率先して歩を進めた。


 その日進めたのは総距離からすると微々たるものだったかもしれないが、綴文的には楽しい散歩気分でとても良かったと、後にルーティに語った。

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