第12話:更に美味しい肉じゃもん

 削る前の【胡椒】も無事完成し、ファルルとの話しも一段落ついたようなので、外で話してるのもなんだろうという事で全員で店内に戻っていく。

 丁度入る時にファルルと目が合ったが、頬を紅潮されるだけで特に話しかけられる事はなかった。

 その後わらわらと席に座っていき、綴文はルーティ、木工屋のエルヴィン、鍛冶屋のガツンテと相席する。


「早速、必要な道具についてお話しようと思うんですが……ルーティさん、裏紙でも良いんですが、何枚かありませんか?」

「おう、ちょっと待ってな。エルティ! 紙持ってきてもらって良いかい!」

「はいはーい♪」


 パタパタとカウンターの方へ向かい、大きめの紙を数枚持ってくる。


「ではちょっと失礼して……<検索サーチ:ペッパーミル 構造>」


 ルーティ以外には見えていないが、机の上にタブレットが出現し、検索を唱えるとブラウザが立ち上がって目的の結果が表示される。

 エルティが持ってきてくれた紙に手を翳しながら、目ぼしい画像を次々と紙に写していく。


「<記憶印刷ミモアインプレス>」


 記憶内の一瞬を任意の物体に転写する魔法を使って一枚一枚印刷していると、気が付けば周りにギャラリーが集まっていた。


「シラカミサマ……規格外すぎるだろ……」

「勝手に絵がスーッって浮かび上がってますよ!」

「いったいどんな仕組みなんだろうな、ミミカはできそうか?」

「無理、理解不能」

「嬢ちゃん面白い事ができるんだな。記憶の転写って聞いたが、覚えてる事なら何でも転写できるのかい?」


 ルーティには予め何をするのか伝えていたので、話しがスムーズに進むようにサポートしてくれているようだ。


「まあそうですね、覚えてる事なら、ですが」

「ここにとっときの綺麗な紙があるんだが、エルティの姿を転写できないかい!」

「え、えぇ……たぶんできますね……」

「完全に私利私欲のためじゃもん」

「ははは……後でいいですかね……」


 どうやらサポートしてくれたわけではなかったようだ。

 紙を用意している辺り、話しをした時から考えていたのかもしれない。

 何はともあれ、エルヴィンとガツンテに印刷された紙を差し出して話しをする……はずだったのだが、二人は口をポカンと開けて固まっていた。


「あの……大丈夫ですか?」

「な、なんじゃ……今のは……」

「こんな精巧な絵なんて見た事ないわ……色まで付いてるじゃない……」


 紙をまじまじと見たままなかなか戻ってきてくれなかったので、落ち着いてくれるまでしばらく待つ事になってしまった。

 その後は【胡椒削り機】もとい【ペッパーミル】の説明を行い、どれくらいの大きさで、どう削られるか等の説明をしていく。

 途中、この世界でどんな形が好まれそうかバリエーションについて語り始めたが、流石にそこは後で二人でしてもらうようにお願いした。


「今回は魔法で削った物を使って、このまま試食会をしようと思いますので、少々お待ち下さい。ルーティさん、お手伝いお願いしてもいいですか?」

「おうともよ!」


 右腕にグッと力こぶを作って笑顔で応えてくれるが、筋肉は必要ないです。


 二人で腹所に移動し、予め用意しておいた肉を三枚取り出してもらう。

 綴文は胡椒を削る為に魔法を行使する。


「筒状の掌サイズの<結界>を作って、中に<石塊ロックブロック>で細かい溝が入った石を二枚、胡椒を挟むように配置して、<物操>で回転させて……よしよし、削れてる削れてる」

「火の方は準備できたよ、そっちはどうだい?」

「はい、こちらも大丈夫です」


 本当はちゃんとペッパーミルの機構を再現したい所だが、ひとまずは削れれば良いや精神で我慢、我慢。

 気を取り直して、焼く前の肉に【岩塩】と【胡椒】をまぶし、指先で軽く擦り付けてから鉄板の上に乗せていく。

 ジュージューと良い音が鳴り、同時に肉の焼ける良い匂いが広がっていく。

 焼いているルーティの腹から鳴き声が聞こえた気がしたが、腹所の外からも聞こえてきたから、もはや誰の腹が鳴いているのか分からなかった。


「お待たせしました。切り分けてあるので少し小さいですが、どうぞご試食ください」

「ほら、渡してくから食べちまいなー」


 一枚を四等分して皿に乗せ、全員に渡していく。

 なんだかルーティのだけ皆の倍くらいあるように見えたけど、きっと錯覚だろう。

 全員に渡ると、真っ先にガツンテが口に運んでいき、他の皆もそれに続くように口に入れていく。


「なんじゃこの肉は! あの【胡椒】とやらを使うだけでこうも変わるのか!」

「まぁ〜♪ 美味しいわぁ〜♪」

「今までの【美味しい肉】も良かったけど、この肉も素晴らしいわ」

「かーっ! おい嬢ちゃん! こりゃ本当に【更に美味しい肉】だな!」


 狼の銀尾のメンバーやフランツも口々に感想を言い合い、かなり好評だったようで嬉しくて顔が綻んでしまう。

 やっぱり、美味しいって言ってもらえるのは嬉しいものだ。

 皆食べ終わって満足してくれたのだろう、ガツンテはエルヴィンと二人であーだこーだとペッパーミルについて話しを始めたようだ。

 そんな二人から視線を外すと、綴文を見つめるファルルが視界に入った。


「そうだ、ファルルさんお腹大丈夫ですか? ちょっと待っててくださいね」

「え? え?」


 一瞬何を言っているのか理解ができず、頭の上にハテナを飛ばしながら疑問顔で、綴文の背中を見送る。

 綴文はファルルが戸惑っている事など気付かず、腹所に入ってトゥインクルグレープを取り出し、半分に切った物を更に一口大に切って二枚の皿にそれぞれ盛り、残りを持物インベントリに入れてファルルの元に戻っていく。


「どうぞ、セリカの森で手に入れた【トゥインクルグレープ】という果物です。お口に合うか分かりませんが、また倒れてしまっても困りますので」

「あ、ありがとう……ございます……」


 ファルルの前にだいたい一人分くらいに盛った皿を置き、他の面々の前に山盛りの皿を置く。

 狼の銀尾はガッツポーズをして喜び、ルーティ一家と職人二人は何でこんなに喜んでるのか分からないままトゥインクルグレープに手を伸ばす。

 その後のはお察しだ。

 一番騒いだのがエルネとエルティ、エルヴィンだったのは言うまでもない。


――


 なんだかんだと時間が経っており、エルヴィンとガツンテは自分の店へ戻っていった。

 試作品を作る前に、工房に来ている大きな仕事をサクッと終わらせたいらしい。


 ファルルはトゥインクルグレープを食べたお陰なのだろうか、だいぶ顔色も良くなり、今はエルティとお喋りをしながら笑っている。

 フランツも同席しているが、二人の会話に入れずにつまらなそうにしている。


「あのエルフの嬢ちゃんの話はこんな感じだな」

「なるほど……何度聞いても【饗せ】の意味が全く分かりませんね」

「まあ神様の言う事も断片的らしいし、ピッタリ正確に受け取れないってのはよくある話しだからな。もしかしたら、全然違う意味の言葉だったかもしれんわな」

「何にしても、私を訪ねてわざわざ来たのなら、里に行くくらいは応えてもいいかなとは思います」

「里長は顔見知りだし、変な事になるってのは絶対無いと思う。行くの自体は良いと思うよ? もしかしたら新しい【食材】もあるかもしれないし」

「食材……エルフって事は野菜とか果物がありますよね! 私、饗されてきます!」


 目を輝かせながら力強く言うと、ルーティは「お、おう」と引き攣った顔で答えるのが精一杯だった。

 その後、ファルルと改めて挨拶を交わし、詳しい話しを聞いて正式に里に行く事を伝えた。

 途中、夜の食事が近付いていたようで、ルーティ一家は準備の為に席を離れ、フランツは疲れた様子のまま首根っこを掴まれて手伝いに連れて行かれた。

 狼の銀尾は依頼も終わって試食も終わったが、ギルドから正式に受けた依頼ではない為、王都に戻らず暫くプルミ村でのんびり過ごす事にしたようだ。

 採取依頼は良いのか聞こうと思ったが、こんなに優秀な冒険者なんだし忘れているわけがないかと、触れずにおいた。


 夜の食事を食べた後は、ファルルを連れて自室へ戻り、今後の予定を詰める事にした。

 流石に寝る時は自分の部屋に戻っていったが、それなりに打ち解けられたんじゃないかと思う。

 エルフの里【シルフォード】に向かうのは、ペッパーミルが完成してからに決まり、おおよそ三日後くらいになりそうだ。


――


 この三日間はそれなりに忙しくしていたと思う。

 白々亭の手伝いや、工房での話し合い、ファルルとスバンの魔法の練習に付き合ったり。

 そして三日経ったユゥンの詠二章四節、朝の食事後にラリゴから呼ばれた。


 村の中央ほどにある、お気に入りの木の下。

 なんか某伝説の木の下っぽいシチュエーションに思えるが、相手はラリゴだ。

 甘酸っぱい雰囲気なんて生まれるはずもなく、二人向き合う。


「今から話す事は大きなお世話かもしれないんじゃもん。でも、言わずにはいられないんじゃもん。少し聞いてほしいんじゃもん」

「……はい」


 一体何の話しをされるのか想像もつかない綴文は、とりあえず返事をする。


「ワシの御先祖は【白髮様】じゃったんじゃもん」

「……!!」

「ずっと昔、今はもう亡くなっているんじゃが、大きな国の大きな街に生まれたそうなんじゃもん。身分は平民の中でも貧乏な方で、念願叶って生まれた子が白髪はくはつ紅眼こうがんじゃったんじゃもん……」


 ただ偶然アルビノとして生まれ落ちてしまった、何の力も持たない少女は強欲な貴族や教会から追われ、人々から信仰の対象とされるようになった。

 そして、時間を問わず助けを請われるようになり、プライバシー皆無の生活が続いた。

 心優しい少女は簡単な事であれば力になったが、それこそ奇跡の力でもなければ助けられない事など何か出来るはずもなく、謂れのない誹謗中傷や罵倒、理不尽な暴力を受けるようになった。


 その影では、娘を金で買おうとしたり、強引に引き離そうとする貴族から必死に守ろうとする両親の姿があった。

 幾ら金を積もうとも、どれだけ脅し、冒険者を使って誘拐を企てようと、尽く拒否し回避し続けた父も、ある日暗殺されてしまった。

 その日母は倒れ、心労や体に限界が訪れ、そのまま天に召されてしまう。


 何もかもに絶望し、生きている意味を見出だせなくなった少女は街を飛び出し、行く宛など無いまま道なき道を彷徨い歩いた。

 歩き続け、太陽が何度沈んだか数える事を止めてから久しいある日、既に誰も居なくなった廃村に辿り着いた。


 ラリゴはとても苦しそうな声で、辛そうな顔をしながら話し続ける。


 辿り着いた時、死を望んで歩いていたはずだったのに、涙が溢れて止まらなかったという。

 誰も居ないボロボロの村、その端には掌サイズの小さな赤い実、見たことの無い実だったが、もいで必死に食べた。

 両親の事を思い出しながら、流れる涙を拭うこともせず、ただ一生懸命に食べた。


 それから数日、自由を謳歌していた少女が住み着く家にノックの音が響いた。

 大層驚き慌てたが、少しの間を置いて聞こえてきた子供の鳴き声にハッとなり、恐怖や躊躇いを忘れて扉を開いた。

 そこには、服も殆ど千切れ、髪も肌もボロボロになった女性が立っており、腕には布に包まれた赤子が抱かれていた。


 その日を堺に、名のない廃村には行き場を失った人達が住み着くようになり、どの国にも属さず、どの国からも支援を受けない【名も無き村】が出来た。

 人が集まり始めて暫くしてから、この村の最初の住民である少女を長とする事が半ば強制的に決まってしまったが、少女は慈愛に満ちた微笑みで了承したのであった。

 その村では、お互いを助け合い、一人だけに大きな負担がかかるような行いをしてはならない、という暗黙の了解ができあがっていたという。


「何が言いたいかと言うとじゃな……」

「人族、特に貴族連中には気を付けろ……ですよね」

「……それだけじゃないもん。教会連中、特に【白神原理主義】の連中には気を付けるんじゃもん」

「【白髪・・原理主義】?」

「連中は【全ての母は白き導きを司る神】を教示としとるんじゃが、その【白き導きを司る神】の御使いとされている【白神様】を取り込もうと躍起になってるんじゃもん。御先祖様も逃げるのに苦労したようじゃし、各地で良い話しは全く聞いた事が無いんじゃもん」

「なるほど……私がその【白髮・・様】ってのなせいで、存在を知った連中が何をしてくるか分からないと」

「ワシは何かしてほしいわけじゃないんじゃもん……ただ……出会ったのも何かの縁じゃもん。出来れば何も起きてほしくないんじゃもん……」

「その優しさ、とても嬉しいです。私も気を付けますね、何かあったらラリゴさんを真っ先に……ルーティさんの次に頼らせてもらいます」

「……じゃっはっはっは! 分かったじゃもん! 何かあったらルーティ殿の次に頼ってくれじゃもん!」


 そう言って綴文の前に右手を差し出し、それに応えるようにギュッと握り返す。

 その様子を陰ながら見ていたリカルとルーティは、自然と視線が合うと、同じように握手を交わすのだった。

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