第11話:胡椒作りは風任せ

 予定では森を出たら一旦休憩を取るつもりだったが、事態が事態なだけに、休憩を入れずに村へと急いだ。

 途中スバンがへばって転びそうになったが、リカルが横から支えて事なきを得た。

 結果、空が橙色から黒色に変わるグラデーションで彩られる中、村の中に飛び込む形となった。


「流石に……一気に駆け抜けるのは……辛いものがありますね……」


 ゼェゼェと肩で息をしながら、綴文とスバンとミミカが辛そうにしている。

 フランツ、リカル、ラリゴは流石と言うべきか、多少息は上がっているが、体力なんかはまだまだ平気な様子だ。

 門を潜ってからはそこまで急ぐ必要は無いのもあって、女性陣を気遣いながら白々亭へと入っていくのだった。


――


「さて、あのエルフの事はひとまず置いておいて、肝心の成果はどうだったんだい?」

「後回しなんですね……胡椒は無事発見しました。フランツさん曰く、この村でも一時期話題になった【クシャミ花】の実が其れだったようです」

「へえ、あのクシャミ花が胡椒だったのかい。無事見つけられたようで良かったよ」

「それで、クシャミ花……正しくは【スプラッシュペッパー】っていうんですが、それが群生している場所にエルフの方が倒れていて、意識が無かったので連れ帰った感じです」

「なるほどね、なんでそんな所に倒れていたんだか……」


 同席していた狼の銀尾のメンバーとフランツも、その答えが分かるわけもなく、重めな沈黙が場を支配した。

 ルーティも考え込むようなポーズはしているが、答えが出るはずもなく、わからんなーと首を振ってお手上げのポーズをとった。

 そこへ、エルフの女性の看病をしていたエルネとエルティがやってきて、ひとまず今は静かに眠っている、怪我があるわけでも病気になっているわけでもなさそうで、いずれ目を覚ますだろうとの事だ。


「エルフの件にしても【美味しい肉】の件にしても、今節はもう遅いから翌節改めて話すって事で、良いかい?」

「私は問題ありません」

「「「「はい」」」じゃもん」

「俺も大丈夫です」

「じゃあそういう事で、ひとまず解散っと」


 パンッと手を叩いてそう言うと、ルーティが最初に立ち上がり、エルネとエルティを連れてカウンターの奥へと入っていく。

 それに続くようにフランツが自分の家へと戻り、狼の銀尾の面々と綴文は「また翌節」と挨拶をしてそれぞれに部屋に戻っていった。

 その時ラリゴが何か言いたそうにしていたが、綴文はそれに気付かず部屋へと入ってしまった。


「まだ頁も節もあるんだ、そんなに焦らなくてもいいんじゃないか?」

「そう……じゃもんね」


 リカルがそうフォローすると、確かにその通りだと思ったのか、ラリゴも部屋へと入っていった。


――


 一晩経った翌節、ユゥンの詠二章一節。

 朝の食事を食べた後、昼の仕込みを終わらせて一旦全員で集まる事となった。

 エルフの女性は、相変わらず眠ったままだ。


「さて、まずは採ってきたスパラッシーペパーだったか? それを見せてくれないかい?」

「スプラッシュペッパーですね、こちらになります」


 持物インベントリから一輪だけ取り出し、机の上に置く。

 サイズはなかなかの大きさで、花のままの大きさだと六人がけの机の半分を占領してしまう大きさだ。


「なかなかの大きさだね。この花の中にある実が必要なんだったね」

「そうです。その実を加工して、削って、初めて使えるようになります」

「なるほど……それはすぐにできるのかい?」

「本来はすぐには出来ないんですが、肉の血抜きの時と同じように、魔法を使えばそれなりに早く使えるようになりますね」

「そうか。なら、昼の仕込みが終わった後なら頁も沢山あるし、その時に作業してもらう感じでもいいかい?」

「はい、大丈夫です。できればその時に木工屋さんと鍛冶屋さんを呼んでもらってもいいですか?」

「ん? 何かあるのかい?」

「胡椒は削って初めて使えると言いましたが、便利な道具があるので、量を作ってもらっていずれ一緒に広まればなと」

「そういう事なら任せときな!」


 右腕にグッと力こぶを作り、それをパシンと叩いてニッと笑ってみせた。

 なんとも心強く、真似して力こぶを作って見せたが、へちょい綴文にはこぶなんて出来ず、代わりに笑いが起こるのだった。


「でしたら、オレ達はただ待ってるだけだとアレなので、軽く特訓でもしてますね」

「分かりました、昼の食事の時にまた会いましょう」

「ああ、じゃあまた後で」


 リカルがそう言うと、他のメンバーも手をひらひら振ったりしながら外へ出て行った。

 フランツは今日一日休みになっているらしく、ルーティに雑用を頼まれてトボトボとカウンターの奥へと消えていった。


「急に暇になっちゃったね、セルゥ」


 そうひとりごちると、セルゥが机の上に飛び降りてぷるんぷるんと揺れる。

 何かやれる事はないかと考えた時、少しでもルーティ達に恩返しというか、何か生活が楽になる道具を作れないかと、ふと思った。

 この世界では電気もガスも無ければ、当然水道も無いし、トイレは汲み取り式だ。

 汲み取った糞尿をどうしてるかまでは分からないけど、とにかく生活水準は底辺と言っても差し支えないだろう。


 水は井戸から汲んでいるようで、村の中にも少なくない数見かける事ができる。

 二、三日に一回水浴びするくらいで、当然お風呂なんて物は存在するはずもなく……と言っても、やはりお金持ちのお貴族様はたっぷりのお湯で優雅に湯浴みをするようだが。

 村の状況を色々考えている内に、水周りの問題を解決する方向で動こうと決めた。


 やる事は至極単純だ。

 石か何かに【水】を付与すれば水が溢れる【水石】になるし、【水石】に【温】を付与するか、【水】と【温】を融合した【温水】の欠片を付与すれば【温水石】になる。

 付与するレベルを増やせば水量も温度も調整が出来るから、問題があるとすれば、放置しておくとダダ漏れになってしまう点くらいだろうか。

 ここからは既に浮かんでいる案を試してみて、駄目だったら他の案を考える方向で問題無いだろう。


「セルゥ、実験したい事があるから、店の裏に移動するよ」


 綴文がそう声をかけると直ぐに肩に飛び移り、一緒に裏庭へと移動する。

 そこに休憩用に置かれている机と椅子があり、セルゥは机に飛び降り、綴文は椅子に座って実験を開始する。


「まずは【<石塊ロックブロック>】で小さな石を……両面ステップカットにしたやつがいいかな」


 そういって魔法を発動すると、四隅が斜めにカットされ、両面の四辺も同様に斜めにカットされ、更に四辺に合わせるように四隅がカットされた状態の綺麗な石が数個、コロコロと机に転がり出てくる。

 一つ一つの大きさは、一辺五ミリの正方形で厚さは二ミリくらい、体が小さくなっているので、通常であれば一辺五センチ厚さ二センチといったところだろう。


「此れを【鑑定眼】で鑑定して【概念書換アヴァロンコード】で概念板を出して……」


 復習を兼ねて声出し確認をしながら作業を進めていく。

 【石】に鍵が付いた状態である事を確認し、【オー】の概念を作りそのまま複製と融合を使って【オーLv4】を作成して付与。

 蛇口から普通に水が出るくらいの量が出るようになったので、ここから本格的に実験開始だ。


 概念創造で【魔力】と【検知】の欠片を作って融合し、【魔力検知】の欠片を作る。

 魔力感知でも良いかと思ったが、石に対して魔力を流す意図が無い魔力まで拾ってしまうと困るので、石が『魔力を流された』と検知する方が無難だろうという判断だ。

 そのまま【オーLv4】の隣に【魔力検知】を設置し、【概念連結】を使って【魔力検知】から【水】に矢印が伸びるように接続すると、ピタリと水が止まった。

 試しに石に触れた状態で魔力を微量流してみると、先程と同じように水が溢れだし、もう一度魔力を流すとピタリと止まる。


「此れは……できちゃった感じ?」


 そうひとりごちると、セルゥが嬉しそうにぷるんぷるんと揺れ、楽しそうに肯定の意思を示してくれる。

 まさかこんなに簡単に作れてしまうとは思わず、あっけなさに驚きはしたが、次第に喜びが湧き上がってきて、気付いたらニコニコと笑顔になっていた。


「此れだとどの石が何か分からなくなっちゃうな……まあ鑑定すれば良いし、今はいっか」


 どうせ鑑定で分かるしと思い、続けて同じ性能の【水石】を一つ作り、同じ要領で【温水Lv4】を作って【温水石】を二つ作った。

 実験していて分かった事は、流す魔力量を調整すれば【水Lv1】から【水Lv4】までの間の水量を出せるようだ。

 また【温水石】は、同様に魔力量を調整すれば二十度から四十二度のお湯が出るようになっていたが、水量の調節は出来なかった。


 作りたいと思った物がきちんと作れて良かったし、煮沸しなくてもそのまま飲める綺麗な水を確保出来たのは、今後を考えると大きな成果だ。

 時間を見るとまだ時間はあるようで、エルティが呼びに来るまでセルゥとまったり過ごした。


――モグモグ……ごっくん


 昼を食べ終わるとルーティと速攻で仕込みを終わらせ、終わらせるまでの間に全員が白々亭の中に揃っていた。

 木工屋と鍛冶屋には、昼から用事があるから来てほしいと、フランツ経由で声をかけてくれていたようだった。


「はじめまして、旅人のツヅミ・ナナフシです」

「ほう、礼儀正しい子じゃの。儂は鍛冶屋のガツンテじゃ。見ての通ドワーフでの」

「こちらこそよろしく、木工屋のエルヴィンよ」

「今から【胡椒】を作るんですが、それを削る道具を作ってほしいと思ってまして……」


 今回の目的を簡潔に説明していく。


「どういう物かは後で参考資料をお渡ししますので」

「ふむ、なるほどの。まあ基本暇じゃし、どんな物か見てから考えさせてもらおうかの」

「私はちょっと興味あるかな、その資料ってのも見てみたいし」


 それなりに興味を示してもらえたようなので、まずは胡椒の作成から始める事にする。

 其のためには店内は狭すぎるので、店の裏庭に出て早速作業を開始。

 今この場に居るのは、ルーティ、フランツ、狼の銀尾、ガツンテ、エルヴィンで、エルネとエルティはエルフの様子を見ているらしい。


「では魔法を使いますので、離れていてもらえますか?」

「あいよ、みんな少し離れな。怪我しても知らないからね」


 ルーティがそう言うと、綴文から少し離れた位置に移動していく。

 当然だが、ルーティ以外はその理由をよく分かっていない。

 離れたのを確認した後、スプラッシュペッパーを全て取り出し、山のように積まれた花に向けて両の手の平を向ける。


「<転風ターンウィンド:微風>」


 旋風のような弱い風の渦が発生し、花がゆっくりと回転をはじめる。

 少しずつ回転が早くなり、渦の上から花弁だけが次々と飛び出してくる。

 その様子を眺めていると、後ろから慌ただしい音が聞こえてきた。


「ちょっとエルフちゃーん! 待ってー!」

「急に元気だよー!」


 店へと繋がる扉が勢いよく開かれ、意識を失っているはずのエルフの女性が飛び出してきた。

 それを追ってきたのだろう、エルネとエルティが続けて飛び出してくるが、かなり焦った顔をしている。

 そして、ルーティに肩を掴まれて何か話をしたかと思うと、顔を真っ赤にしてルーティの隣で大人しくなった。

 何があったのか分からないが、どうせ後で話する事になるだろうと思い、スプラッシュペッパーの方に意識を戻す。


「<物操:停止> <送風ブラスト:乾燥> <熱操:加熱>」


 風の渦がシュルンと消え、落下するはずの実が空中でピタリと静止する。

 直後、実に向かって乾燥した風が吹き始め、空中で円を描くようにぐるぐると循環し始める。

 そして、右手を左方向にシュッと振ると、砂漠で吹く熱風のような、カラッとした熱い風へと変化する。

 離れた場所で見ている面々から驚愕の声が漏れ始めた。


「なんなんだ……これは……」

「あたし、シラカミサマみたいに魔法使える自信……ない……」

「この方の魔法……とても綺麗……」


 それを横目に見て、ルーティ一家は誇らしい気持ちになっていた。

 初めて見た時は驚愕びっくりしたが、今では自慢したい友人(娘)になっている。


「ふう……今はまだ緑色ですが、これが黒くシワシワになるまで乾燥させます」

「おお、そうかい! エルネ、みんなに水でも持ってきてやってくれ」

「は〜い♪ ちょっと待っててね〜♪」


 ポワポワ笑顔で店に入っていき、エルネを追うようにエルティも手伝いに付いて行く。


「さて、エルフの嬢ちゃん。少し話しをしようじゃないか」

「……え! あ……はい」


 ガツンテとエルヴィンは事情をよく知らないので、少し離れた位置で聞き耳を立てている。

 そこにエルネとエルティが戻ってきて、キンキンに冷えた水を全員に配っていった。


「それで? なんで【セリカの森】で倒れてたんだい?」

「実は、プルミという村への移動中に森を通ったのですが……森に果物もなく空腹で……」

「なるほどね、そうだったのかい。ちなみに、今居る此の村が【プルミ村】だが、目的は達成出来たって事だ」

「此処が……あの、【白き御使い様】は此方にいらっしゃるでしょうか!」

「白き御使い……それって……」


 その言葉の解答を示すように綴文に視線を向ける。

 その視線を追うように顔を向けると、逆に何故気が付かなかったのか、白い髪をした赤眼の少女が。

 すると、段々と顔がパァッと明るくなっていき、同時に気付けなかった恥ずかしさから顔が赤くなっていった。


「なんだい、気が付いてなかったのかい?」

「あまりに魔法がすごかったもので……お姿まではちゃんと見えていませんでした……」


 大きく深呼吸をして、胡椒の乾燥を続ける綴文に向かって頭を下げる。


「私はフォレストエルフの里【シルフォード】から参りました、フィル・ファルル・フェールフォルと申します。我が里の巫女に創造神様から神託があり、そのお言葉に導かれて【白き御使い様】を探しておりました」

「ファルルさんの里に神託ですか。それで何故私を?」

「降りたお言葉は【プルミの村に降りし白き御使いを探し出し、里で手厚く饗すように】との事でして……創造神様のお言葉に従って、里長の娘たる私が遣わされたのです」

「私を饗せって……創造神さまの目的がよく分からない……おっと、ちょっと失礼」


 話しながらも実の変化を気にしていた綴文は、一旦離脱して作業に戻る。


「<水流ウォーターフロウ:球> <熱操:強>」


 風が瞬間的に止むと、乾燥した実を受け止めるように大きな水球が出現。

 熱操の効果で一気に水温が上がり、ボコボコと沸騰して煮沸消毒していく。


「よし……! <物操:停止> <送風ブラスト:乾燥> <熱操:加熱>」


 先程と同じ乾燥を行う為に唱えると、水がパンッと弾けるが、実は停止の効果で散らばる事もなく、発生した乾燥した熱風に乗って再び循環し始める。


「あとはしっかり乾燥させれば、砕く前の【胡椒】の完成です」

「おー! お疲れさん、相変わらず綺麗な魔法使うなあ!」

「ありがとうございます。思ったより時間がかかってしまいました」

「魔法でやるのは初めてだったのかい?」

「まあそうですね。さっきの乾燥より短めで大丈夫なので、まだ様子見てますね」

「あいよ、その間に話し聞いとくからな」


 たまに実を取って様子を見ながら、ガツンテとエルヴィンを呼んで軽く話しをする。

 この小さな実を砕くと、良い香りがして、肉との相性もとても良いと聞くと、かなり興味を持ったらしく「早く資料を見せてくれ」とせっつかれる事に。

 そうこうしている内に頃合いになったようで、ついに求める【胡椒】が完成したのだった。


 フォレストエルフのファルルの事は……まだ話しをしているようだが、まあゆっくり考えて方向性を決めれば良いかなと思っている。

 それよりも(この村にエルフが食べられる物があるのかな?)と心配になるのであった。



――スキル【魔法創造クレエマジー】を習得しました



「え? 魔法なんて作ってないんだけど……なんで?」





――あとがき――


黒胡椒の作り方(※あくまで一例です

①緑の胡椒の実を一粒ずつ取っていく

②広い場所に実を広げて、1日から2日ほど天日干しで乾燥させる

③乾燥したら煮沸して消毒し、更に3日ほど乾燥させる

※この時の乾燥が不十分だと、保存中にカビが生えます

※紫外線にあて過ぎると風味が損なわれるので、乾燥させすぎもNG


白胡椒は、完熟した赤い実を使い、皮を取って天日干しします。

あとはゴリゴリ削ってお召し上がりください。

作中では熱風による乾燥を行っていますが、太陽光を操作する魔法を持っていないので、ファンタジー的ご都合主義で良しとしました。

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