第10話:飛鶏と胡椒

地図マップ】の助けもあって倒れている人物が居る事が分かったが、あまりに濃い霧で視認が出来ない状態が続いていた。

 一刻も早く助け出さなければ、もし霧に何らかの悪い効果がありでもしたら、取り返しのつかない事になってしまう。


「なんとか助け出す方法はありませんか!」

「そんな事言われても、オレもこんな状況は初めてなんだ!」

「そんなっ……!」

「落ち着けシラカミサマ! 村の連中から聞いた事があるんだが、此れは恐らく【クシャミ花】が出す花粉だ! 大量に吸い込むとクシャミが止まらなくなるらしい!」

「……なんて迷惑な花なんですか……」


 霧の正体がまさかの花粉であるだけでなく、その効果がクシャミを促す物だとは、なんとも奇妙な話である。

 しかし、この時ある可能性に気が付き、【地図マップ】をもう一度確認する。


「なんてこった……皆さん大変です!」

「どうしたんじゃもん!」

「あの【クシャミ花】が……私が探していた植物のようです……」

「「「「えええええぇぇぇぇ!!!」」」」

「難儀……」

「こんな霧出すやつをどうやって採取するって言うんだ!」

「さすがに無理なんじゃ……」

「流石に此れは想定していませんでした……」


 倒れている人が居る事がすっぽりと頭から抜け、途方に暮れる一同。

 確かに必要な物だし、其れの採取が出来れば待望の肉にありつけるわけだが、如何せん物が物なだけに困惑を隠せずに居る。

 その時、クシャミ花があるらしい方から強烈な風が吹き付けてきた。


 花粉だけでなく、激しい砂埃が襲い、まともに目を開ける事ができず腕で目と口をガードしてなんとか凌ぐ。

 あまりの風の強さにスバンが吹っ飛びそうになったが、ラリゴが咄嗟に掴んで事なきを得た。


「いったいなんなんだ……!」


 リカルが苦しいながらも必至に視線を向けると、瞬間花粉の霧が一気に晴れ、風がブワッと通り過ぎて止んだ。

 ようやくまともに息ができるようになったのも束の間、大量のクシャミ花の真上に、純白の羽をまとった、巨大な鶏のような猛獣が一羽、羽ばたいていた。


「あいつは【フロウ・コッコ】だ! 風魔法を得意とするやっかいな奴だ!」


 其の猛獣を知っていたリカルは、そう叫ぶと剣を抜き、フロウ・コッコに切っ先を向ける。

 臨戦態勢に入ったリカルに続き、ラリゴ、スバン、ミミカも戦闘準備を整え、リカルの周りへと集まっていく。


「最優先事項は人命救助! 避難させた後に撃破に移る!」

「応! じゃもん!」

「はい! 詠唱始めます!」

「まずは牽制。……疾っ!」


 スバンは魔法の詠唱を始め、ミミカは牽制のためにわざと弓を外すように撃っていく。

 元々標的にされていたが、足元に居る要救助者を完全に視界から外させる為だ。

 ラリゴはスバンを守るように前に出て、リカルは距離的に上空への攻撃が難しいので、なんとか近付けないかと機会を伺っている。


 そしてフランツは、腰を抜かして座り込んでしまっていた。

 村の門番をしていても、基本猛獣に出くわす事は無いし、仮に何か出たとしても、小さい動物くらいで危険はまず無い。

 自分よりも遥かに大きく、強烈な殺意を全身に受けて臆してしまったのだ。


 綴文はそのような事はなかったが、状況が状況だけに大人しくしていたが、ある事だけがずっと気になっていた。


「…………ニワトリが空飛んじゃってるよ……」


 そんな呟きが誰かの耳に届く事は無く、未だに激しい戦闘が繰り広げられている。 


「くそう! 隙が見つからない!」

「遠すぎて攻撃は無理じゃもん! せめて魔法を当てられれば……!」


 嘲笑うように上空を飛び回るフロウ・コッコに苦言が漏れる。

 やはり、現状ではどうも戦い辛いようで、スバンの魔法攻撃も尽く躱されている。

 そんな時、一つの球体が全員の前に飛び出してきた。


「セルゥ!」


 綴文の獣魔であるセルゥが、倒れている人に向かって一直線に飛び出したのだ。

 それを見たリカル達は、一瞬新しい猛獣が現れたのかと思ったが、綴文の叫びで敵ではないと瞬時に理解する。


 飛び出したセルゥは地面に着地するともの凄いスピードで飛び出し、だんだんと姿が薄くなっていく。

 セルゥが持つ【透明化】【気配遮断】【隠密行動】が効果を発揮し、その存在に気付いていないフロウ・コッコは、相変わらず綴文達を挑発するようにグルグルと旋回している。

 ものの一、二秒で辿り着くと、巨大化で体を膨らませ、倒れた人を体に取り込み、顔の部分を空気が入るように球体状に空ける。

 再び綴文の元へ戻ると、取り込んだ人をペッと吐き出し、それを確認した綴文はリカル達の方を見て頷いてみせた。


「スバンは魔法でミミカを援護! ミミカは牽制から攻撃に切り替えろ! ラリゴは落ちてきた所をオレと一緒に叩け!」

「任せるんじゃもん!」

「まずは旋回を止めます! 赤き使いに導かれ、炎の道を歩み行く、向かうは猛き火の野原、業火に焼かれる死出の旅! <炎獄弾ヴォルカニクショット>!」


 スバンの頭上に火の塊が現れ、詠唱していく毎に徐々に大きさを増していく。

 初級魔法しか使えないと言っていたスバンは、なんとか一つだけでも中級魔法を覚えられないかと日々鍛錬を繰り返してきた結果、ついに火炎魔法の中級魔法を行使する事に成功したのだ。

 飛び出した炎獄弾は猛烈な速度でフロウ・コッコにヒットし、致命傷とまでは行かずとも、ひとまず旋回を止める事には成功した。


「精密射撃に切り替え、誤差修正、目標頭部、疾っ!」


 直後、ミミカが放った矢が左目に命中し、続けて放たれたスバンの初級火炎魔法が両翼を直撃、バランスを崩したフロウ・コッコは地面へと墜落していく。

 その瞬間を見逃さなかったリカルとラリゴは地面を蹴り、ラリゴは前方上方向、リカルはそのまま直進していく。


 ラリゴは落下してくるフロウ・コッコの腹に拳をめり込ませ、落下速度が急激に上がって地面へと高速落下。

 そこに、まるでタイミングが分かっていたかのようにリカルが現れ、斬撃一閃、頭部が綺麗に切断されて命の灯火が掻き消えたのであった。

 頭と胴体は地面を滑り、近くの木に衝突して完全に動きが停止した。


「すごい……」


 綴文はその一言を発するのが精一杯だった。

 あまりに強く、あまりに速い決着に感動すら覚えた。

 フランツは唇と固く結び、両の手を強く握りしめていた。


「リカル、さすがじゃもん」

「ラリゴもな。ミミカとスバンもありがとう、よくやってくれた」

「楽勝、負ける方が難しい」

「頑張りましたー♪」

「シラカミサマ、その……セルゥ殿だったかな? そのスライムはいったい?」

「あ……あぁ、この子ですか」


 戦いの余韻に浸るというか、呆けていた綴文は話しかけられた時に咄嗟に反応ができず、少し変な感じになってしまった。

 そして、特に隠す事は無いので、村の中に突然現れ、敵対する様子がなかっただけでなく、仲間になりたそうにこちらを見ていたので仲間にした事を簡単に伝えた。


「悪いスライムではないので、安心して下さい」

「なるほど、テイムという言葉は初めて聞きましたが、猛獣を仲間にできるとは……さすがシラカミサマですね」

「ははは、そんなそんな……」


 そんなやり取りをしていると、救助者の様態を確認していたスバンが報告にやってきた。


「セルゥ様が救助された方ですが、どうやらエルフの女性みたいです。怪我をした様子もありませんし、息もしていますが、意識が無いので……一旦連れて帰った方が良いかもしれないです」

「分かった、道中目を覚ましたら話を聞く事にして、プルミ村へ連れて行く事にしよう。シラカミサマは、目的のクシャミ花の採取をしましょうか」

「そういえばそうでしたね。戦いがあまりに凄すぎて、すっかり忘れていました」

「オレも手伝いますので、行きましょうか」

「はい、お願いします」


 救助者の事はスバンとミミカに任せ、リカルと綴文はクシャミ花の採取に向かう。

 ラリゴはフランツの事が気になり、一緒に話をしている様子。


 綴文はクシャミ花に近付き、鑑定眼を使って改めて確認を行う。


――


 ・スプラッシュペッパー

 情報:とても栄養価が高く、好物とする【鳥の猛獣】から実を守る為に、トゲトゲした細かい花粉を噴射するようになった。

 一輪に五十粒、最も多い場合で二百粒程の実を付け、花が枯れると実が落ち、その一部が再び花を咲かせる。


――


「花其の物は必要無く、花の中の実が必要な部分になります。ですが、いちいち取り出す作業は面倒なので、花ごと刈り取って持ち帰る事にしましょう」

「こんな大きな花をですか?」

「私はあらゆる物を収納できる魔法があるので、どれだけ大きくても、どれだけ量があっても大丈夫なんですよ」


 そう言ってフロウ・コッコの近くに駆け寄り、右手で体、左手で頭に触れると瞬間的に其の場から消え去り、リカルの近くに戻って再び出して見せると、引き攣った顔で納得してくれた。

 それからの作業はとても簡単で、リカルが花を付け根辺りから切り落とし、綴文がそれを回収していく単調なお仕事。

 最終的に約二百輪程刈り取り、またここで群生してくれる事を願って、少量は残しておく事にした。


 スプラッシュペッパーとフロウ・コッコの回収作業を終えたリカルと綴文が皆の元に戻ると、ラリゴがエルフを背負い、ミミカ、スバン、フランツが移動の準備を完了させていた。

 ちらりとフランツの方を見ると、どこか落ち込んだ様子だったが、多少は持ち直してくれたようで、うっすらとだが笑顔を見せている。

 まだ心配だったが、あまり深く突っ込むのも良くないかもと思い、今はそっとしておく事にした。


「では、もう太陽も傾き始めているので、早めに移動しましょうか。できれば暗くなる前に村に着きたいのですが……」

「少し厳しいが、速度を上げればなんとかなるかもしれないな……エルフに負担がかからない程度に急ぐ事になるが、皆もうひと頑張り頼む」

「大丈夫じゃもん」

「私もです!」

「平気」

「あぁ……大丈夫だ」


 全員の返事を聞くと、リカルは綴文に頷き、急いで森を抜け、そのまま村へと帰っていくのだった。



――Side フランツ


 村を出る時、シラカミサマの役に立てるなら何だってできると思っていた。

 実際、村の中では実力がある方だし、ルーティやエルネには敵わずとも、村を襲う脅威くらい退けられる腕を持っている自信があった。

 しかし、現実はそう簡単にいかないようで、いざという時に腰を抜かし、何もできずにただ見ている事しか出来なかった。


「もう敵は倒したじゃもん。どこも怪我してないじゃもん?」

「あ……あぁ……」

「……それなら良かったじゃもん」

「……」


 それ以上言葉が出てこなかった。

 何も出来なかった、助ける事もできなかった、力になんてなれなかった。

 なんでもできる気で居た自分が、とても恥ずかしく思えて堪らなかった。


「……次があるじゃもん」

「……えっ……」

「命を落とさなかったじゃもん、なら次があるじゃもん。後悔する事があったなら、次頑張れば良いんじゃもん」

「次……頑張れば……」

「そうじゃもん。生きてるって事は、まだチャンスがあるって事じゃもん。生きてるって事は、まだ何かできるって事じゃもん」

「こんなに……情けなくてもか……? 腰抜かして……何も出来なかった俺でもか……?」

「当たり前じゃもん。ワシも初めて大きな猛獣と対峙した時は何も出来なかったじゃもん。怖くて、殺されるかと思って、漏らしながら這うように逃げてしまったんじゃもん。……でも今こうして戦えてるんじゃもん。ワシは、もう一度立ち上がれたんじゃもん……」

「……そう……だったのか……」


 そのまま地面を見つめるフランツを見て、ラリゴは立ち上がり、スバンとミミカが居る方へ歩いていく。

 ここからはフランツ次第、誰かにどうこう言われても、立ち直るのは本人次第。

 それをよく知っているラリゴは、それ以上何も言わずに見守る事にした。


 フランツは一生懸命考えた。

 今までの事、これからの事。

 当然そんなに簡単に答えが出るわけもなかったが、一つだけ分かった事があった。


「これで立ち上がれなかったら……男じゃないよな……」


 心が震えた気がした。

 体に力が戻ってきた気がした。

 まだ恐怖心はあるが、前を見れる気がした。


 それだけで十分だった。

 そして、フランツは立ち上がる。

 ぎこちない笑顔になりながらも、次来るその時の為に。

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