第7話:ついにこの節がきたね
扉を潜ると、丁度夜の仕込みを始めるところだったようで、腹所からエルティが顔を出して呼んでいる。
どうしたんだろうと行ってみると、手伝ってほしいとの事だった。
「構わないんですけど、一応お客さんなんですよね、私って」
「悪いとは思ってるさ。でもエルティも他にやる事があってね……新しい仕込みを含めると、どうしても人手が足りなくて」
「うーん……そういうことなら、しょうがない……かな?」
疑問顔で首を捻るが、料理を広める手伝いをしてもらってる以上、出来る事はやろうと思っているので素直に手伝う事に。
「あっそうだルーティさん、なんかスライムをテイムしちゃったんですけど、部屋代ってどうなりますか?」
「スライムを……テイムってなんだい?」
「あー……猛獣を手懐けて仲間にする事ですかね?」
「なんで疑問系なんだい……まぁいいや、肝心のスライムは何処にいるんだい」
「此処です」
そう言って左肩を指差すと、ちっちゃいスライムがポインポインと「ここだよー」と言わんばかりに弾む。
それを見たルーティは一瞬目を見開いて驚いたようだが、その愛らしさに一気に顔が緩む。
「なんだいこの可愛い生物は……見た目はスライムのようだが、こんなちびっこいのは見た事がないよ」
「このスライムは小さくなる事が出来るみたいで、本来の大きさは……これくらいです」
綴文の言っている事を理解したのか、肩から床に飛び降り、【縮小化】を解除する。
すると、ぷにょんっと元の大きさに戻り、ぷるんと一度だけ揺れる。
「はっはー、ツヅミの言うことを聞いてるし、かなり賢いようだね」
ルーティが見た事があるのはもう少し大きかったらしいが、大きさどうこうよりも賢さの方に関心が移ってしまったようだ。
その後、快く受け入れてもらえ、部屋代はそのままで良いと言ってもらえた。
「流石に子供くらいの大きさだったら貰ってたけどな」との事だ。
そして、綴文が肉を切り、ルーティが溶液に漬ける、という分担作業をしながら話をしていると、以下の情報を得る事ができた。
・過去に猛獣を手懐けたという話は聞いたことがない
・御伽噺や神話に出てきた気がするが、よく覚えてない
・犬や猫を飼う習慣は無く、野良に餌をあげる人は居る
・犬派と猫派の言い争いは、酒が入ると五月蝿くて厄介
・牛や羊を飼育する事は無く、皮や羊毛は猛獣から獲る……これは説明書通りだ
「それだと、素材の安定供給は難しいんじゃないですか?」
「森なんかだけじゃなくダンジョンがあるからね。素材類はそこで手に入るし、困る事は無いさ」
「上手いこと出来てるんですね、私の故郷にはダンジョンが無かったので知りませんでした」
「交易が盛んだったのかね? 危険が無いんならそれが一番さ」
少し寂しそうな顔をしたような気がしたが、石の器を取りに後ろを向いてしまったので、実際どうだったかは定かではない。
直ぐに隣に戻ってきたのでチラリと窺ってみたが、そういう雰囲気は無かった。
そんなこんなしていると、木の下で作業をしながら思いついた事があったのを思い出した。
「そういえば、さっき良いこと思いついたんですよ」
「良い事かい?」
「混雑を回避する為に、引換券を作った方が良いかなと。翌節の昼にお披露目して、噂が広まれば夜大変な事になると思うんです。」
「上手く噂が広まれば、そういう事もあるだろうけど……この村の人数なんてたかが知れてるし、どう足掻こうと全員此処に食べに来るんだ。わざわざ作る必要なんて無いんじゃないかい?」
ルーティの言う事は最もだった。
実際のところ、村には民家が十二戸しかなく、村長宅や店と住居が一緒になっている建物を合わせても十七戸。
人口もたったの三十二人、わざわざ引換券を作る意味は無いとしか思えないだろう。
「最初は半分だけ【美味しい肉】にしようと提案したのはルーティさんですよ?」
「…………そうだったね」
これは間違いなく、完全に忘れていたな。
改めて【最初は半分、徐々に全部に切り替えていく】という話をして、整理券も作る方向で話が纏まった。
程なくして仕込みが終わったので、翌節分はクーラーボックスもどき改め【保冷箱】に収納した。
お客さんが来るまでまだ時間があったので、エルティを呼んで一緒に整理券作りをした。
隣の机で休憩しているルーティと配布方法について話をしながらだったが、四十個程の木札を作って終了した。
配布方法は次の通り。
・朝の食事時に【昼札】と【夜札】の希望する方を受け取ってもらう
・昼と夜の食事時に肉と交換する
・夜の食事時に【朝札】を早い者順で配布する
・朝の食事時に肉と交換する
【朝札】を配布する際に問題が起きそうだが、そこは譲り合いの精神を発揮してもらう事を願うしかないだろうと思っている。
もし実際に問題が発生したら、「なんとかするから安心しとけ」と頼もしい言葉をいただいた。
【美味しい肉】への完全移行は、ルーティが言った通り人口は少ないので、四日後に完了できる予定だ。
実は酒の量に限りがあり、行商人が来るタイミングが三日後だった為、徐々に移行する事を持ちかけたと、後から聞かされた。
――
その後食事をするお客さんが続々訪れ、綴文は食事を済ませて自分の部屋に戻っていった。
何かする事があるわけでも無く、直ぐにベッドに入り、スライムと戯れている内に眠りについていた。
――スライムは【セルゥ】と名付けされました
おっ、こんな事までアナウンスしてくれるんだね。
――
転生して三日目、ユゥンの詠一章三節 前一ノ頁後、もうすぐで二ノ頁になろうという頃に目が覚めた。
セルゥを抱きながら寝ていたようで、ヒンヤリして寝覚めは最高だった。
起きてすぐやることもなく、軽く服を整えて一階に下りると、丁度朝の用意をしているところだったようだ。
「あ、シラカミサマー♪ 今準備してるのでー♪」
「おはようございます、ちょっと早く目が覚めちゃいまして」
「もうすぐ準備終わるのでー、席に座って待っててくださーい♪」
「わかった、ありがとう」
毎日毎日忙しくて大変だろうに、今日も今日とてエルティの笑顔は太陽のように眩しい。
つられて笑顔になり、とても良い気分で一番隅っこの椅子に座った。
カウンターに入っていくエルティを見ていると、カウンターに引換券が置かれているのが見えた。
どうやら、渡すタイミングは会計時のようだ。
なんだかんだ待っていると、パラパラと席が埋まり始め、気が付けば満席になっていた。
朝の【いつもの肉】も食べ終え、引換券獲得第一号として【昼札】を貰った。
………………
ドタバタとしながらも走り抜き、ちょっとした問題は起こったものの、完全移行の日を無事迎える事ができた。
転生して六日目、ユゥンの詠一章六節 前二ノ頁前、若干眠い目を擦りながら伸びをし、よしっと気合を入れて部屋を出た。
「おっ、起きてきたね。ついにこの節がきたね」
「おはようございます、ルーティさん。仕込み用の酒はかなり多めに仕入れましたし、肉の用意も完璧、用意した量も余裕を持って多めにしましたから、大丈夫だと思いますよ」
「そうだね。流石にあんなことになるとは思わなかったし……まぁ今後も課題っちゃ課題か」
「ですね……」
実は、あの後二つの問題が発生していた。
一つ目は、【美味しい肉】に切り替えた日の夜に、【朝札】の量が少ないとちょっとした暴動になり、数人の怪我人が出た。
ルーティが出て来て沈静化したが、熱気はなかなか治まらず、全員を落ち着かせるのにかなり苦労した。
最終的に、早い者順ではなく抽選となり、若干名不満だったようだが、ほぼ満場一致で解決した。
二つ目は、食事する客が増えた事だった。
切り替えた翌日、薬草採取の依頼があったようで、冒険者が村を訪れたのだ。
パーティは一組、剣士と魔法使いと弓使いの三人組で、剣士を中心としたハーレムパーティだ。
態度が悪かったわけでも問題を起こしたわけでもなく、とても良い人達だったのだが、夜の食事の時に豹変した。
【いつもの肉】を食べていた冒険者達の隣の席に座った村人が、謎の木札を渡して見慣れない肉を食べて始めたのだ。
そして、口々に「うまい!」「幸せー!」なんて言ってるものだから、興味を持つなと言う方が無理な話だろう。
カウンターでエルネとエルティを捕まえてちょっとした騒ぎになった。
急激に暑くなるこの時期は、ダンジョン産の物以外の採取依頼が減る事も少なくない為、油断していたのが災いしたようだ。
村の外での評判が落ちるのは大問題である事と、いずれやる事なら良い機会だという事で、他の村人達を説得して、特別に【朝札】を渡す事で解決した。
当然、街に達成報告をする際に宣伝するのを交換条件として、だ。
ちなみに、綴文が一番肝を冷やしたのは、ルーティが拳で冒険者を黙らせようとした時だったりする。
あの時のルーティの形相は忘れられない……。
何はともあれ、料理と呼んで良いか微妙な所ではあるものの、切って焼いただけの肉から、しっかり血抜きをして岩塩で味付けをした【美味しい肉】に切り替える事ができた。
とは言え、まだこれは完成形ではない。
一般的に肉を焼く時に【塩だけ】という事は……まあ無くはないけど、あまりないと思う。
塩だけじゃないなら何が必要なのか? そう、それは【胡椒】だ。
この先も料理をする時に必要だし、早目に手元に置いて安心感を得たいのもある。
【塩胡椒】、この言葉に安心感を覚えるのは、変ではないだろう。
……ないよね?
というわけで、ルーティと悪巧みの時間である。
「ルーティさん、朝の食事が始まる前に軽く相談したい事があるんですが」
「なんだい? 悪い顔して、良からぬ相談じゃないだろうね?」
「もし、もしですよ?」
「おう」
「もし【美味しい肉】が未完成で、更に美味しくなるって言ったら……どうしますか」
「その顔はそういう事かい……挑戦するに決まってるだろう?」
そう答えると、綴文に呼応するかのようにルーティも悪い顔になる。
それをカウンターから見ていたエルネは溜め息を吐いたが、こういう時の綴文が【良い事】を考えていると思っているエルネは、別段止めようとかはしないのだった。
「じゃあ、昼の仕込みが終わったら其の話をしようじゃないか」
「分かりました、ではまた後ほど」
話をする約束をとりつけ、安定供給できるようになった【美味しい肉】を食べ、セルゥを連れて何時もの木の下へと移動した。
昼を食べに一旦戻るが、それより早目に戻れば大丈夫だろう。
何時もの場所に腰かけて木に寄りかかり、
「料理魔法に料理に関係無いのあるし、分けられないかなぁ」
目的は単純で、【なんか気持ち悪いから分離したい】だ。
【前進】と【嫉妬】から貰ったスキルなので、大事にしたい気持ちはあるが、どうにも落ち着かない。
せめて【料理魔法】としてスキルが残る程度に、分離を試みようと思い至った。
セルゥのスキルを弄っている時は自動的に統合されていったのだが、意図的にそれができないかという事だ。
真っ先に思い浮かんだのは、
タブレットの基本機能だし、何も変化が無くとも、使い道を見いだせるかもしれない。
「機能が全く同じなら……【
横向きのタブレットの画面上では、右半分に
この状態で
基本タブの【種族】【性別】【年齢】【職業】に三角マーク(▽)が付いている。
また、スキルタブの方は【身体強化】【能力強化】【魔眼】【タブレット】【ギフト】以外に、○の中にマイナスが書かれたバッジのようなマークが付いている。
此れを見て、綴文は確信を得た。
「アプリとフォルダみたいだ。自由に入れ替えられるならありがたい」
そして、徐ろに【木材加工】をロングタップしてみると、プルプル揺れたかと思うと指に追従するようになった。
この状態で
「良かった、思ったより簡単にできた。これなら、仲間内でのスキルの交換なんかも簡単にできるね……まさか誰とでもって事はないよね……?」
流石に他人のスキルを勝手に取るのは憚れるので、試すのはそういう機会を得た時だけにしておく。
スキルという存在を知らないとはいえ、努力して習得した人達から勝手に取るのはちょっとね、良心がね。
スキルの付け外しや移動、入れ替えが容易だと分かってからの行動はとても早かった。
時間ギリギリまで弄り倒した成果はこんな感じだ。
――
<基本タブ>
七節ななふし 綴文つづみ
人族 女 十八歳 Lv1
職業:料理人
称号:異世界人、神の御使い、食の探求者、食材に愛されし者、幸運の女神、スキルメーカーNEW
体力:10
魔力:計測不能
攻撃:10
防御:10
素早:10
運:MAX+限界突破
装備:村娘の上服、村娘の下服、村娘の上着、木の靴
適正属性:
下位:火、水、木、地、風
上位:氷、光、闇
特殊:癒、毒、重、死
未属:無、結
<スキルタブ>
【身体強化】Lv☆
【能力強化】
――閲覧権限が与えられていません――
【魔法】
火炎術:
水氷術:
温冷術:熱操、冷操
風嵐術:
土木術:
光聖術:殺菌Lv☆、消臭Lv☆、消毒Lv☆、光操Lv☆
闇邪術:解呪Lv☆、隷属Lv☆、催眠Lv☆、催淫Lv☆、五感遮断Lv☆、闇操Lv☆、魂操Lv☆
無重術:物操Lv☆、重操Lv☆
毒癒術:回復Lv☆、異常解除Lv☆、蘇生Lv☆、
【結界術】
物理防御結界Lv☆、魔力防御結界Lv☆、封印結界Lv☆、防音結界Lv☆、防臭結界Lv☆
【技術】
木工Lv☆(木材加工の名称変化)、石工Lv☆(石材加工の名称変化)、研磨Lv☆
【獣魔術】
捕獲Lv☆、命令Lv☆、意思疎通Lv☆、獣魔言語Lv☆
【料理魔法】Lv☆
包丁術:筒斬、輪斬、半月斬、銀杏斬、色紙斬、短冊斬、細斬、千斬、櫛斬、拍子木斬、角斬、賽ノ目斬、微塵斬、乱斬、薄斬、笹掻、削斬、筋斬
調理術:皮剥、種抜、桂剥、擦下、面取、鱗剥、内蔵抜、骨抜、筋取、潰砕、叩伸、満混、揉込、盛付
調味術:絶対計量、絶対味覚
【記憶鮮明】
五感記憶強化Lv☆
記憶強化:瞬間記憶Lv☆、空間記憶Lv☆
記憶操作:記憶整理Lv☆、記憶引出Lv☆、瞬間引出Lv☆
記憶出力:記憶保管Lv☆、記憶印刷Lv☆、記憶投影Lv☆、記憶共有Lv☆
記憶読取Lv☆
【概念書換】
概念想像Lv☆
概念操作:概念連結Lv☆、概念切断Lv☆、概念融合Lv☆、概念解体Lv☆、概念施錠Lv☆、概念解錠Lv☆、概念複製Lv☆
【魔眼】
鑑定眼Lv☆、賢者ノ瞳Lv☆
【タブレット】Lv☆
ギフト:【限界突破】
――
結果、料理魔法から切り離したら自然と【魔法】に分類され、一部は専用の分類に自動的に分けられた。
統合や名称に変化があったが、ちょっとスッキリしたように見える。
なんだかんだ分かった事は、
・ステータス単体だとスキルの出し入れが可能
・概念書換と同時起動すると、出し入れに加えて分類間の移動や入れ替えが可能
・その際に統合や名称に変化が起こる場合がある
・セルゥでも同じ事ができた……流石に元に戻したが
魔法として新たに習得した為か、セルゥと同じように【適正属性】が追記されており、そこもなんか大変な事になってる。
☆Tips 魔法属性
全部で二十種類の属性が存在している。
下位属性:
上位属性:
特殊属性:
未分類の属性:
未分類の属性は、近年発見、又は認識された属性の為、魔法師の間でまだ分類がされていない属性がそれに該当している。
☆
結果に満足できたし、セルゥとまったりした時間を過ごせたしで、大満足。
時間を見ると、そろそろ白々亭に戻る頃合いになっていたので、セルゥと一緒にゆっくり戻るのだった。
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